第4話 『悪魔』で『天使』な『取り立て屋』③







「……どこまでお話ししましたっけ? 」


 その細い指を真っ白な頬にあて、はてさてと考え込む様にまたもやドキリと胸が鳴る。

 本当に、美しい人だ。

 正直なところ、取り立てに来たのが、この美人さんで良かったとも思う。

 もし目が覚めたあの時、枕元にいたのがこの子でなくて、屈強なオッサンだったなら。たとえどんなに心根の優しいオッサンだったとしても、僕は腰を抜かした上で、幼女のような悲鳴を上げていたことだろう。


 とは、言えど。

 とは言えどだ。


 やっぱり本音としては、こんな意味不明な話をする何処の誰かもわからないような御方は、出来ればすぐさま出て行って欲しいというところ。

 だから、


「えっと、悪魔さんが、部屋を間違えたという話で――」


「――なぜアナタが負債を返すのか? という所まででしたね」


「あ、はい。……ソウデス」


 ……一刻も早く出て行って欲しい、そんな焦りからくる浅慮な一言だった。


 心底、無駄な嘘をついてしまった。

 ウソつきは地獄に落ちるというのが事実なら、僕は死後、閻魔様の前で泣きながら今日のこのウソを後悔するだろう。

 そこまで狙って僕をハメたのならば、この人は本当に『悪魔』なのかもしれない。


 彼女は自信満々に人差し指を立てると、これまた自信満々に、当然ですよ。と言葉を続けた。


「……なぜって。もちろん、責務があるからですよ。なにせ、借りたのはアナタですから」


 またもや後光がギラギラと射しはじめた。何に連動しているのだろう、彼女のテンションか? 


「確かに、他人が作った負債を全て肩代わりするとなると、いろいろ文句もあるでしょうが、今回は違います。なんせこの度のコレは、れっきとしたアナタ自身の負債なのですから」


 仕方ないですよね♡ なんて、バチリと悩殺ウインク。


 でも、そう可愛く言われても、――前世の僕が作った借金の返済を、現世の僕に迫られても困る。

 というか、先代の僕は今の僕からすれば、もちろんその時の記憶なんて残ってはいないし、こんなヒトだったんだよ、って記録も残っていない。

 そんなヒトもナリもわからない自分なんて、もはや他人ではないのだろうか。

 まだ、いついつに親が作った借金だとか、どこどこで騙された末の借金だとか。そういうことなら納得……とはいかないけれど、それにしても、今の状況よりはマシだ。

 それなのに、彼女は僕の気持ちなどお構いなしに、前世でうんぬんかんぬん。だから、返すべきだうんぬんかんぬん。

 饒舌によくわからない話を自信満々に語られて、挙げ句の果てには、当然のようなしたり顔。


 その顔が、普段温厚な僕だけど、――ほんのちょっぴり癇に障ったらしい。


 ちなみに寝起きがあまり良くないという点も、感情に悪影響を及ぼしたのかもしれないね。

 まったく、いやはや、……なんだそりゃ。いよいよ嫌な感情が、腹の奥底で顔を出す。


 もはやここまでくれば、これは一種の冤罪だろう。詐欺と言ってもいい。


 可愛いは正義。偉いヒトは言いました。

 でも、正義の反対はまた別の正義だと、他の偉いヒトが言っていた気がする。

 だからきっと、――朝一でこんな目にあっているのだ。――ちょっとムカッ腹が立った僕に賛同してくれる、そんな紳士淑女が、雀の涙ほどだろうけどいるはずだ。


 ふっ、と短く一息、気合いを入れる。相も変わらず目眩のするほど美しい人だけど、仕方ないよね。

 とりあえず、ウダウダやっていても埒があかないからさ。この面倒な御方には、この家から出て行ってもらおう。後のことはそれから落ち着いて考えよう。


 さてと。それならどうしてくれようか。


 ほんのちょびっとではあるけれど、腹が決まったのだから、行動あるのみ。

 口の上手いヒトならば、理路整然と彼女を論破しにかかるだろうけど、僕にそこまでの才覚は無い。

 だからといって、力技もイヤだ。

 例えば、さっき出会ったばかりの少女を、無理矢理部屋の外へと放り出す。中にはそんな剛の者もいるだろうけどさ。目の前の彼女は驚くほど可憐で美しいわけで、そんな少女を強引に追い出すだなんて、そこまで僕の心臓に毛は生えていない。

 それならば、どうするか。

 まぁ、どうするもこうするも、今思いつく手といえば、もはや一つしかない。


 いわゆる、罪状認否における黙秘権の行使である。


 一方的な債権の取り立てに、こちらは不平不満だらけなわけだから、言い訳の一つも聞いてくれないとなれば、こうなりゃダンマリを決め込んで当然。

 もはや、時間なんてどうでも良い。どちらが先にしびれを切らすかの持久戦の開幕である。

 ムスくれた僕と、そんなこちらの顔を眺め、なにが楽しいのか華のように微笑む彼女。

 その笑みに、いよいよ完璧に腹が決まった。こうなったらとことんである。

 

 彼女が折れて諦めるまで、この戦いが終わることはないだろう。







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