第2話 『悪魔』で『天使』な『取り立て屋』①
――彼女は『悪魔』だと名乗った。『天使』と呟いた僕に、暖かなタンポポのような笑みを携えて。
とても眩しい朝日に起こされた。
今日はさぞかし良い天気なのだろうと、少し恨めしげに目を開き、でも、それは日の光ではなく。
「アナタの負債を回収しようと思います」
……見慣れた自室。彼女は唐突に、呆ける僕へとそう告げた。
頭上で浮かぶ琥珀色のリングに白い翼。
清楚な絹のローブを翻し、思わずひれ伏してしまうほどの後光を撒き散らしながら、彼女は僕の枕元に正座し、頭を垂れてくる。
通った鼻筋に、桃色の唇。
流れるような金髪は神光に輝き、僕を射抜くあの両の瞳はパッチリと。その虹色の揺らめきに、まるで吸い込まれてしまいそうで。
そんな見るもの全てを虜にせんばかりの美貌を前にして、はっきりと、少女がこの世のものではないと悟った。
それほどまでに、彼女は単純に、美しすぎた。
おいそれと、言葉に出来るものではない。当てはまるものがないほどに、ただただ、目の前の『悪魔さん』は綺麗だったのだ。
その姿に、つい今し方目を覚ましたばかりなんだ。普段なら、僕の目覚めを促した、あのはた迷惑な後光について文句の一つでも思いつくものだけど、――我が脳ミソは、そのあまりの神々しさを処理できなかったのだろう。
まさにフリーズしたコンピューターか。僕はただあんぐりと口を開けたまま。
「コホン」
そんな、場の空気を仕切りなおすような咳払いがひとつ。同時に、後光が弱まるのを感じ、不意に彼女が大きく息をつく。
うろたえる僕の前で、ゆっくりと目を瞑り、
「……あらためまして」
しずしずと、今度は三つ指をつき頭を下げた。
僕自身、礼節の『れ』の字もわかっちゃいないのだけど、彼女のそれが見事な所作であることを感覚的に理解したのだろう。
つられるように掛け布団を跳ね上げて、遅ればせながらも不格好な、それでいて、土下座のような形で、まるで這いつくばったカエルよろしく頭を下げた。
もちろん、僕に頭を下げる理由なんて無い。だけど、気がつくと敷き布団に顔をこすりつけていた。
「……さて」
静寂の時間は数秒か。
衣擦れの音がしたと思うと、続けて涼やかな声がした。
恐る恐る顔を上げた先、――お澄まし顔が、まさにこの世のモノとは思えない。反則的な造形美なのだからまたもや目を見張る。
そして、陸に上がった金魚のように口をパクつかせることしかできない僕に、その『悪魔さん』は、もう一度さっきの言葉を告げた。
「アナタの負債を回収します」
……まただ。
また彼女は言った。僕から『負債』を回収すると、そう言った。
その言葉に、僕の平静さも、ほんの僅かばかりだけど、こちらの世界に戻ってくる。
負債。――言葉通りに受け取るならば、おそらくは借金のことだろう。
だが、それは間違いではないだろうか?
こんな美少女を前にして、カッカと熱を上げ続けるおめでたいドタマでは、言われていることのてっぺんからつま先まで、何が何やらわからない。
困ったことに、どれだけ頭を働かせても僕には一切身に覚えがないのだから。
そもそも、僕はまだ高校に入ったばかりの若造だし、しかも、こんな浮世離れした美女が、わざわざ足を向けるのだ。なおのこと、そんな大袈裟に回収されるほどの借金なんて、どうやっても心当たりがない。
お間違いではないですか? そう問いかけようともしたが、僕の目を真摯に貫く彼女の瞳からは、嘲りやブラフは感じない。
僕は、足を正しく正座に組み替えて恐る恐る尋ねてみた。
もちろん人違いでないのなら、「負債とはなんですか?」これかしかない。
と、その時少女は笑った。下卑た笑みでなく、一瞬だが、僅かに口元を緩め微笑んだように僕には見えた。
「いささか言葉足らずでしたね」
すみませんと一言おいて、姿勢を正して少女は語る。
「アナタは前世で負債を抱えました。正確には一つ前の転生体の時です。規則上、事細かな経緯や理由をお答えすることは出来ませんし、私も存じ上げません。端的に、その時の返済期限が今のアナタに来たのです。不躾ですが、あしからず」
歌うように軽やかに、僕ならよほどの練習を積まないと、こうまで流暢に言葉が出てこないだろう。
もしかすると、彼女も練習してきたのかもしれない。もしそうなら、僕の為に申し訳なく思う。だから、
「……」
けっして、背中までかかる綺麗な髪に見とれていたわけではないし、ぷるぷるの唇にときめいていたわけでもない。
ちゃんと、話は聞いていたつもり。そう、つもりではいたのだけど、……弱ったな。
……だから、どういうことなんだ?
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