前世にて、なにやら借りがあるようで。

コカ

第1話 いまではないいつか、ここではないどこかで。







 いまではないいつか、ここではないどこかで、ある若者が、神様にお願いをしました。


『どうか、アイツを幸せにしてください』


 銃声や怒号が鳴り響く中。ふいに胸へと強烈な熱を感じた次の瞬間、目の前にその御方は立っていたのです。

 不思議と、辺りは静寂に包まれ、聞こえてくるのはお互いの声のみ。


 ――何か、願いはありますか?


 呆ける彼に、そう、神が優しく微笑むものだから、


『どうか、アイツを幸せにしてください』


 若者は震える手で汚れたパンを差し出しながら、どうかお願いしますと頭を下げました。


『お願いします。大切な人なのです』


 とても対価となるモノではありませんでしたが、それでもそれが、今、若者が差し出せる全てでした。

 その酷く痛んだパンを目の前に、神は、言います。


 ――それだけでは、足りません。……同じだけの、アナタの幸せをいただくことになります。


 若者は、必死に問いかけました。


『それで、アイツは幸せになりますか』


 ――はい。


『あの病も、きれいに治りますか』


 ――はい。


『暖かな家で暮らして、きれいな服を着て、腹いっぱい旨いものを食えますか』


 ――はい。


『好きなやつがいるみたいなんです』


 ――そうですか。


『……そいつと幸せに、一生幸せに暮らせますか』


 ――はい。……お互いが、そう望むのであれば。


 その神の言葉に、――ふいに戻った辺りの喧噪の最中、――地面に横たわりながらも薄れゆく意識の中で、若者は安堵しました。


『……なら、良かった』








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る