牧場公園の夕陽
くさぶえ 舞子
短編、エッセイ、完結
これはまだ、私が免許とりたての、20代前半のお話。とある牧場公園へ行きたくなり、友人を誘って車で、いくことになった。
最初、友人、由比ちゃん(仮名)は、中々その牧場公園に一緒に行こうとしなかった。何度誘っても嫌がっていた。少し、気難しいところがあった。
そして、何度か、色々な所へドライブするうちに、やっと、承諾してくれた。実は、家から6キロ位なのに、私は、親に連れて行ってもらえなかったのだ。一緒に行ってもらえることになったので、とても、嬉しくてしかたなかった。さすがに、大人一人で遊楽的な牧場公園に行くことには気が引けた。車で雑談をしながら、いざ、牧場公園へ着いた。
小学校の遠足の日だったのか、子供がとても多かった。普段、2人とも、市内に電車に乗って通勤していたので、適度に勾配のついた牧場公園がちょっとした運動になって良かった。昼御飯は済ませてからの待ち合わせだったので歩きながらの雑談がとても、楽しかった。
「ピンポンパンポーン♪13時30分から、乳搾り体験を行います。予約制ではありませんので、直接、牛舎横、乳搾り体験場まで、お越しください。ピンポンパンポーン♪」
時計をみると、13時前頃だった。
「!」
2人は顔を見合わせた。
「これ、行こーよ!、ここから近いから絶対、間に合うよ!」
もう、私は、初めて牛に触れる、乳搾りに参加出来るかもしれない興奮でいっぱいだった。
「いやだ。」
と、由比ちゃんに、アッサリ、断られた。
「うそぉーー!ここまで来ておいて?タイミングよく、イベントに出くわしたのに?」
私はまさか断られるとは思っていなかったのでショックだった。
「牛、触るの嫌なん?」
と、聞いた。
「別に、そういう訳じゃないから。」
と、由比ちゃんは、少し、怒ったように顔をうつむき目線を落とした。
しばらく、押し問答した末、
「じゃあ、私は、その場にいくだけだから!他人のふりするからね!」
と、そこまで言われた。ま、いっか、と乳搾り場所まで一緒に歩いた。時計を見ると、13時10分。
「わぁー!もう、並んでる!」
っと、焦った。すると、由比ちゃんが
「子供ばっかりだけどね。」
と、冷たく返された。私は、その20人位の子供が並んだ列の最後尾に着いた。すると、由比ちゃんは、カニ歩きで一歩、二歩と、その列から離れ、そっぽ向き始めた。あ、本当に、他人のふり決めこむんだね…と、思った。そんなことお構いなしに私は、自分の来る番が楽しみで、1人で、はしゃいで、時々、遠くに行った由比ちゃんに大声で話しかけていた。
____13時20分。開始、10分前、最後尾だった私の後ろに同じ20代位の女性が何人か並びだした。
「!」
驚いた顔をしていたのは、由比ちゃんだった。そして、どんどん同じ年頃の女性が並んでいった。
すると、由比ちゃんは、再びカニ歩きで、ささっと、私の前に入り込んだ。
「ん?子供っぽいんじゃなかったっけ?」
と、私は、意地悪く言った。
「もう、子供だけじゃないし!」
と、どうやら参加する気になったらしい。どういう心変りなんだか、と、思わず苦笑してしまった。しかし、このあと、私は、由比ちゃんに前を譲ったことを少し後悔することになる。
____13時25分。牧場公園のスタッフの人から案内があった。
「牛さんのお乳は、みんなの血液と同じです。ちゃんと、手を洗って、丁寧に扱うこ とと、これからは、牛乳を大事に飲むことを約束してください。」
「はーい」
みんなで、返事をした。
「それでは乳搾り始めます!」
さっきまで、知らんぷりしていた由比ちゃんはワクワクしているのを少し隠しながらも、
「せっかく、来たけんね。」
と、言い訳をしていた。そうこうしているうちに、みるみる小学生の列は消えていった。
そして、由比ちゃんの番になった。由比ちゃんはスタッフさんの搾りかたの説明をしっかり聞いて、こくり、と、頷いた。
ジャーーッ、
ジャーーッジャーーッ!
ジャーーッ!ジャーーッ!
「は?」
私は、さっきまでの小学生とお乳の出かたが違って驚いた。当の本人は
「あはは!スゴーイ!楽しぃーー!」
牛のお乳が金物のバケツにどんどん入っていく。
「牛の乳搾りしたことあるん?」
と、思わず聞いた。
「無いよーー!あはは!」
ジャーーッ!
メチャクチャ楽しそうである。ま、これで、嫌々ながらも連れて来てしまった負い目も消えた。
そして、いよいよ!私の番が来た。
「!?あ、あれ?」
牛のお乳が出ない……
「何か、コツあるん?全然出ないんだけど。」
と、由比ちゃんに聞いてみる
「無いよー。スタッフさんのいう通りにしただけー。」
チューッ、チョン…、ピチョン……
スタッフさんも覗きこんで牛のお乳を触ってみる。
「あー、さっきので出尽くしたみたいね」
ガーーン!せっかく、待ったのに!
由比ちゃん、楽しみ過ぎだろぉぉ!
さっきのスタッフさんの案内の言葉が頭をよぎった。牛さんの血液か……ならもう、私はいいか。触れて、ちょっと出たし。と、牛舎を後にした。しばらく、放牧されている柵越しの牛をみたり、羊や、切り立った山に登った山羊を見ながら散策していた。
「あぁ~ああやって、山に登れるから山羊なんだね。」
と、私は、呟いたが、由比ちゃんのテンションは、上がったまんまだった。普段、頭も良くて、大人しいひとなのに、すっかり牧場公園を楽しんでいた。
「ピンポンパンポーン♪15時30分より、乗馬体験が行われます。予約制ではありませんので、直接お越しください。ピンポンパンポーン♪」
「!」
また、2人は顔を見合わせた。すると、由比ちゃんは、今度は自分から
「行こう!ここから、ちょっと距離あるけし、時間もないけん、走ろ!」
と、乗馬体験場まで小走りで行った。ギリギリ、間に合った。
「ハァ、ハァ、ハァ!」
危うく、定員オーバーになるところだった。なので、私は、最後尾に並んだ。先程の小学生たちはもう、いなかった。乗馬場に着くと、ロバみたいな馬が何頭かいた。でも、馬は馬みたいだ。由比ちゃんに、
「馬、乗ったことある?私、ないっちゃけど。」
と、聞いてみた。
「私も無いよ。だから、楽しみ!」
と、言っている間に由比ちゃんの番になった。
スタッフさんが、
「小さいけど、落馬しないように気をつけてね~」
パッカ、パッカ、パッカ!
元気よくスタートして、柵の中を一周して帰ってきた。
「上手いやん。馬乗るの~!」
と、私は、少しからかうように言った。
「あはは!楽しいね」
由比ちゃんが降りて、私の番の白い馬が来た。明らかにテンション低い。
って言うか、もう、目、つぶってるやん!大丈夫なん?内心そう思った。
スタッフさんが、
「小さいけど、落馬しないように気をつけてね~、今日は、これで最後だから~」
と、言った。
ポク、ポク、ポク。ぐーぐー。立ち止まる馬。
「寝とーやん!」
と、大声で由比ちゃんに向かって言った。
「あははははは!」
もう、由比ちゃんは、おかしくて仕方ないらしい。
ポク、ポク、ポク。ぐーぐー。ポク、ポク、ポク。
のろのろと、一周いや、じっくり堪能出来た。
「はい、おしまい!」
と、スタッフさん。
「ありがとうございました。」
と、お礼をいう頃には、夕陽が眩しかった。
車で、由比ちゃんを家まで送るため、エンジンをかけて、牧場公園の木の看板を通り越した辺りで、由比ちゃんは語りだした。
「私ね、ここの牧場公園、来るの嫌がってたの、何年か前の父親の配属先だったからなんよ、もう、毎日、毎日、あの、スタッフさんが着てたツナギが家に干してあるのが、疎ましくて仕方なかったんよ。でも、父親は、こんなに楽しい所で働いていたんだね。」
と、夕陽を背に車を運転しながら聞いて少し泣きそうになった。今日、ここに来て、本当に良かったと思えた。
牧場公園の夕陽 くさぶえ 舞子 @naru3hakuji
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