第4話

「何なのあなた」


 そう、睨まれたのは入学して何ヶ月も経ってから。

 学園の図書室、放課後すぐに今日の復習の為に席を取ったばかりの所だった。


 ふわふわのストロベリーブロンドを揺らし、円くぱっちりとした蜂蜜色の甘いタレ目をした女の子。外見だけなら愛らしい、庇護欲を誘うような少女だ。

 それが、あたしをキツく睨みつけている。

 ……なんで?


「……図書室の席は自由のはずですが」

「そんなことは言ってないわ!」


 金切り声が図書室に響き、多くの人がこちらを見た。『図書室ではお静かに』という張り紙が向かいに見える。


「私に御用でしたら、場所を移しましょうか」

「逃げるの?」


 どこが逃げるように聞こえるのだろう。

 あたしは少し考えて、こう聞き直した。


「私に御用ですか?」

「そうよ」

「では、ここでは他の方の迷惑になりますので、場所を移してお話しましょう」

「……わかったわよ」


 しのんだ、忍びきれていない笑い声が聞こえる。

 それはそうだ。同じ内容を分けて伝えただけ。なのに全く違う反応をすれば、喜劇のように見えるだろう。

 けれどそれは、彼女の逆鱗に触れる。


「何よ! 誰?! 今笑ったの!!」


 ほらね。

 ややこしい事は面倒くさい。突っかかりに行こうとする彼女を止める。


「あの、私も時間がある訳ではありませんの。お早めにお願いしますわ」

「っ! ……もう!」


 ああ、本当にややこしい。

 どうして『あの有名な』彼女があたしに絡みに来たのか。

 ゆっくり聞かせてもらおうじゃないか。



 そう、この子は学園の有名人。……悪い意味の。




「それで……私に何か?」


 中庭の片隅。少し人目をしのぐことが出来るここは、よく内緒話をしたい人に使われる場所のひとつ。学園の中で、人目につきたくない、けれど何かあった時には人を呼びたい、そういう時に使える場所。


 ここに呼ばれた時は警戒されているということなので、大声をあげる人はいない。

 ……はずだったのだけど。


「何か、じゃないわよ! あんたのせいで、私が目立たないのよ!」

「……は?」


 普通に大声を上げられた。びっくり。

 そして内容はわけがわからない。さらにびっくり。


 呆然としていると、さらに大声で喚く彼女。


「平民出身の男爵令嬢! 貴族の血を引きながらも、平民育ちであるからこその天真爛漫さ! それ故に高位貴族の令息の皆さんの目に付いて、気が引かれるの。そういうものなの! なのにあんたは!」

「……」


……?

えっ、そんなことで目に付くわけないじゃん。何言ってんのこの人。


「完全に平民のクセに成績はトップクラス! 孤児院に世話になるぐらいのくせに、マナーは完璧! なのに調子に乗る訳でもなし、高位貴族に擦り寄るでもなし! おかげで私が目立たないじゃないの! わきまえなさい!!」

「……?」


褒められてる? でも後ろについてる理由がわからん。どういうこと?


「ちょっと聞いてるの?!」

「……申し訳ありません。私の頭ではとても理解することが出来ず」

「なんでわかんないのよ!」


 理不尽な。

 彼女の中では通じているらしい理論なのだが、当然のように私には分からない。

 分からないけど分かることがある。


 この子は前世の私と同じ。

 周囲がまるで見えていない。


 彼女が有名なのも、あからさまに高位貴族の子息に擦り寄ったり、クラスメイトに対して根も葉もない疑いをかけたり、そういうことが多いと警戒されているから。


 どちらかだけなら、まぁある事なのだが、どちらも頻繁で、どちらも顰蹙を買うとは思っていなさそうというのはなかなかに珍しく、まぁ、様子を見られている。そしてそれを平民までもが知っている。彼女はそういう『有名人』だ。


 そんな彼女に目をつけられるとはどういうことか。

 心当たりは全くない。今聞いた主張もよく分からない。なんであたし?


 アレか。同属の匂いを嗅ぎ取ったのか。


「私としましては、目立つことは避け、皆様のお目汚しにならぬよう、自らの将来のために努力をしております。そして、私のようなものは私だけではございません」

「そんなの……」

「なぜ、私なのでしょう?」


 分からないなら尋ねる。これ基本ね。

 ユハニの実践から見ても分かる通り、効果は抜群なのよ。なんにも知らない顔をして、好奇心いっぱいに尋ねるのがポイントよ。


「なぜ、って」

「はい」

「……」


 考え込む彼女の顔色が赤くなっていく。


「とっ、とにかく、これ以上目立たないでちょうだい!」


 彼女は去っていった。


 だから目立ってるつもりないんだってば。えっ、どこで目立ってるんだろ、不安になってきた。

 よく分からない突撃に、首を傾げながら、それでも情報を求めて友の居場所へ。




「変な目のつけられ方は迷惑よね」


 共に予備学習を受けた彼女・ドッティは、様々な噂に詳しい。隣にいる、幼なじみだという貴族令嬢、テレサ・セーデルバリさんと共に、噂を広めたり広めなかったりする役目をしているからだ。依頼はもっと上の貴族たち。


 これをあたしが知っているのは彼女が使っていた「エルダー・ユハニノート」をこのテレサさんにも貸していたから。製作者のあたしに2人とも感謝してくれている。貴族の復習にも効果アリとか、ユハニノートすごい。


「エルダだけが目をつけられたのは、たしかに変よ。ドッティだって、ヘルガだって、ユハニだって条件は合ってるわ」

「ユハニは男の子だから省かれるんじゃないの?」

「えっ、ユハニって男の子なの?」

「男子の制服じゃないの」

「えっ、エルダも男の子なの?」

「確かに男子の制服だけど、これは女子の制服が手に入らなかったからなの」


 ユハニは、女の子みたいにかわいい顔をして、女の子みたいに華奢だけど、れっきとした男の子だ。気にしてるかどうかは知らないけど、まぁ、あんまり言われたくないだろうな。


 学園の制服は高いから、平民は方々手を尽くして手に入れたお下がりを着る。ただ、生憎ちょうど良い女子の制服が全部他の、孤児院の子に行ってしまっていた。

 代わりにあったのが小柄な男子用の制服。

 古着屋の処分品らしいが、これが新古品。サイズを間違って作られたものらしい。喜んで譲り受けた。孤児院の子から物を剥ぎ取るのは嫌だもん。


「えっ、大変だったのね」

「逆に奇跡でしょ?」

「もしかして、これが目立ってるんじゃない?」

「えっ、男装が?」

「女の子なのに男の子の制服なんて、めったに居ないでしょ」

「まぁ、そっか……」


 目立っていた理由がわかった。けれども、それで彼女に絡まれる理由になるだろうか。なるんだろうな。不可思議理論のイキモノだから。前世の経験が私にそれを教える。


「仕方ないか……まぁ、最悪なことにはならないように気をつけるわ」

「私に出来ることがあればやるからね」

「私だって。……まぁ、そんなに出来ることは多くないけど」


 たかが成り上がりの男爵令嬢とはいえ、貴族と平民の差は大きい。ドッティみたいに貴族にツテのある商人の娘という訳でもない。吹けば飛ぶような立場だ。どうしようか。



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