第3話

「ユハニ、学園に行くのに、あたしの名前も出したって本当?」


 広場の大木の下は、孤児院の子たちが内緒話をする時に使う場所。だから誰かが使っている時には誰も寄ってこない。

 孤児院の子であるユハニもそれは知っているだろうに、周りをしきりに見回してから、覚悟したようにうなづいた。


「……うん」

「どうして?」

「……」


 ああ、ユハニはなんて不器用なんだろう。

 先生に質問する時は、ポンポンとすぐに言葉が出るのに、普段はこうして考え込んでから言葉にする。

 イライラするから、あたしはよく、こうだよねー、なんて横から口を出していた。

 思えばこれも迷惑だよね。そう、本来あたしとユハニは相性が悪い。


 そんな事を考えているうちに、ユハニが口を開いた。


「おんじん……だから」

「え?」


 もじもじと目を逸らしたまま、ボソボソとユハニが喋る。


「エルダはぼくを助けてくれた。恩人。だから、学園はエルダが行ったほうがいい」

「……」

「でも、ぼくが、って言われた。ならせめて、一緒じゃないと、って」

「……恩人、ってあたしなにかした覚えないんだけど?」


 これにはユハニは何も言わない。

 黙って……何か考え込んでいるというよりは、本当に口をつぐんでいる感じ。

 ホント、あたし何かした?


「あんたを学園に、って言ったのはあたしの方なんだけど?」

「……え? なんで?」


 ユハニは本当にキョトン、という音がしそうな顔をした。

 その顔があまりにも面白くて、あたしは気が抜けた。ふ、と笑いが漏れてさっきまでのもだもだとした気持ちが霧散した。


「あんた、勉強好きでしょ。学園に行った方がたくさん勉強できるわ」


 あたしはユハニを説得してみることにした。


「あたし、勉強はそこまで好きなわけじゃないのよ。ま、嫌いでもないけど? 学園に行ってまでやりたいとは思わないわ」


 そう、勉強は前世苦手だったから。苦手だったものを少し頑張ったら、違う何かがわかるんじゃないかと思ったから。


「でもエルダ、君の方がずっと優秀だ」

「成績は変わらないと、先生は言ってたわよ」


 ちがう、ちがうとユハニが首を振る。


「ぼくはこの通り、口下手で愛想なしだ。孤児院の中でだって友達ができたのは最近なんだよ。学園に行ったところで……」

「あら。ならやっぱり、ユハニが学園に行かなきゃダメよ」

「へ……?」


 ふふふ、と声に出して、あたしは指を一本立ててみせる。


「いーい? ユハニ。あんたは口下手だし、ぶきっちょだし引っ込み思案でしょ。つまり、勉強以外は大したことないのよ、あんた」

「ぇ……そんな」


 ユハニはあたしに貶められてショックそうだった。でも、あたしにはこれがユハニに必要だと思った。彼には、学園での高度な勉強が必要だ。


「つまり、もーっと勉強を磨かなきゃならないの。そうじゃなきゃ将来マトモな仕事が出来ないわよ? いつまでも子供じゃいられないんだから」


 ごくり、と動くユハニののどに、あたしは立てた指を突きつける。


「勉強ができるチャンスがここにあるの。活かさなきゃダメ。あたしは行っても行かなくても平気よ。器用な自信はあるの。職業なんて選び放題だわ」


 突き立てていた指を、手を開いて自分の胸に当てる。背を反らせて顎を引いて、けれども上から目線になるように。酷く偉そうで自信ありげなイジワルな表情をしてみせる。

 前世のあたしが見下す相手にしていた格好だ。


 将来の職業が選び放題なんて嘘だ。そんな自信はない。

 でも、この不器用なユハニよりは色んなことが出来るはずだ。今のままでも。前世のあたしじゃとても出来なかった、前世のあたしが見下していた職業だって、とても立派で凄いものだと、今のあたしは知っているから。


「だから行くならあんたが行くべき。あたしはいいのよ」


 笑って見せれば、ユハニのほほが赤らんだ。


 決めた? 決まったかしら?


 じゃあね、とあたしは立ち去った。

 これで話はおしまい。そうなるはずだった。


 だから親には相談していなかったのに。


「お前、『学園』に推薦してもらえるらしいじゃないか! なんで相談しなかったんだ!」


 親にそう言われて戸惑った。

 慌てて先生のところに行けば、なんで親に言ってないんだと苦情を言われた。


「ユハニはやっぱり二人で行くと言ってたぞ」


 話は終わりだったはずなのに。


 あたしは『学園』に行くことが決まっていた。




 ✼••┈┈••✼••┈┈••✼




『学園』は、正確には『国立第一臣民育成学園』と言う。

 国の優秀な人材を育てるための場所だ。そのように作られた。

 故に貴族に限らず、優秀な人材が集められて四年間を勉学に励む。老若男女も関係ない。国によって作られた『臣民育成学園』は第四まであって第一以外は平民が多い。

 けれども第一ではほとんどを13~18の貴族子息が占める。ほとんどの貴族がタウンハウスを持つ、王都近郊にあるからだ。そしてレベルもほかの三つより高い。

 だから単に『学園』と呼ばれるのは第一だけ。他は『臣民学園』と番号とを使って呼ばれている。


「当たり前よね。貴族と平民じゃ基礎が違うもの」


『学園』に通うまでの予備学習のために、あたしとユハニは図書館に来ている。孤児院の本では全然足りないからだ。


 くすくすと笑う先生が、ほらこっち、と言って他に同年代の子供が並んでいる場所に誘う。

 他の孤児院で推薦を受けた子達らしい。私たちと同じように予備学習が必要なのだ。


「あたしたちがしていた勉強は、貴族ならもっと早く終わっているものなのよ。だからあたしたちは貴族の子供たちが何年もかけてする勉強を、今から無理やり詰め込まなきゃならないのよ。無茶苦茶よねぇ」


 あたしのボヤキを、ユハニは目を丸くして聞いていた。


「エルダはなんでそんなことを知ってるの?」

「予備学習なんてものがどうしてあるのか、考えれば分かるじゃないの」


 あたしが誤魔化すと、やっぱりエルダの方が頭がいい、とユハニは俯いた。


「嘘よ。聞きかじりに決まってるじゃない。やっぱりユハニは騙されやすいわね!」


 くすくす笑ってやれば、ユハニはますます顔を赤らめて俯いた。

 ああ、ダメね。あたしはやっぱり最低だわ。


 そんなあたしたちを、先生や他の子たちがどんな顔で見ていたのかは分からない。


 でも、他の孤児院の子たちはあたしとユハニを親友同士と認識したようで、誰も「孤児院の学校にいた時はあまり言葉を交わしたことがなかった」と言っても信じなかった。



 予備学習はあたしたちの先生が引き続き指導してくれて、だからユハニは以前の調子で質問した。

 他の子は目を丸くして、しかも以前より学ぶことがずっと多いとわかっているから酷くイライラしていた。

 だからあたしは以前と違うことを言った。


「ユハニ、ちょっとあたしのお願い事を聞いてくれる?」


 平民の子供はそこまで暇では無い。『学園』に行くからと、いろんなお手伝いを免除されているけれど、全部そうである訳では無い。推薦を受ければそのまま行けると思っている親さえいる。『推薦を受けた』ということだけで満足する親も。


 とにかく少ない時間で詰め込むには『ユハニ式』はそぐわない。


 ユハニは少しでも分からないところがあるとすぐに質問してしまう。その度に授業が止まってしまうので、あたしは授業の区切りに纏めて質問するよう、それまでノートに全部質問したいことを書き込むように頼んだ。


 何せ学習量が多すぎる。授業スピードも早すぎて次々新しいことが出てくるから、質問もとんでもない数になっていた。

『学園』の始まる時期は決まっているので、あたしたちはみんなそれまでに全部詰め込まなくてはならない。なのに止められては予定がグングン遅れてしまう。


 質問時間は限られていて、ユハニは疑問を全部消化することが出来なかった。

 それに対して酷くイライラしていたので、あたしは授業が終わったあと、ユハニの疑問に付き合う時間を作った。


「感じた疑問と考察を纏めたノートを作りましょう。それでそれを先生に提出するのよ」


 合っていればそれをそのまま学習できるし、間違っているところは教えて貰える。

 同じ孤児院の先生に対してだからこそできることだ。

 そうやってあたしたち二人は変則的な『ユハニ式』を続けた。当然ながらあたしたち二人の成績は他の子たちより高くなった。


「ズルしてるんじゃないの?」


 そう言ってくる子もいたけれど、


「あら、あたしたち二人が授業の後も残って勉強してるの知らなかった?」


 と返すと、残ることができる子は残るようになった。

 ユハニの疑問に対する意見が増えて、ノートの中の正答率も増えたし、逆に面白い考察も増えた。


 残った子の成績が上がるので、残れない子がズルイと言う。すると、「ノートを用意したら、考察を書き写す」という取引をする事になった。


 残れない子も分からなかったところを調べることが出来る。書き写す側も再度の復習の他、見落としていたところを見つけることがあったりする。

 Win-Winなので、誰も嫌がらない。全員の理解度が上がるので、全体の成績がさらに上がった。


 先生はホクホクである。


「実を言うと少し面倒だったんですがね」


 なんて言いながらノートを返してくれる。

 ユハニのノートはこれで十冊目。複数の考察で分かりにくくなっているところもあるので、あたしは更にまとめ直したものを作っている。

『エルダー・ユハニノート』なんて呼ばれて、そのまま書き写したものより人気がある。そしてやっぱりユハニよりもあたしの方が成績がいい。


「あたしは『学園』での面倒を減らしたいだけよ」


 平民組が馬鹿にされる理由をひとつ潰そうと、それだけの事だ。学習の遅れの為に、高い成績の平民は少ない。もちろんいない訳では無いが、滅多に居ない。そのため、そういう平民は目立つのだ。


「数は力なのよね。成績のいい子が複数いるだけでリスクは減らせるのよ」

「小賢しいことですねぇ」


 そんなことを言いながら、先生はすごく嬉しそうだった。元貴族だけど、貴族嫌いなのかも。


「そのままのエルダさんでいてくださいね」

「もちろん」


 あたしは、そのまま成績優秀者として『学園』に入学することになる。

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