2-15

 バージルが二人を呼び出したのは翌日の夕方だった。


 昨日の今日でマリアの機嫌は最高に悪い。呼び出しに応じる気はなかったのにバージルは許してくれなかった。マリアの中ではバージルも父と同じ裏切り者だった。憎い敵を見る目でバージルを睨んでいる。


 バージルは動揺一つ見せず鷹揚に構えている。マリアを一目見ていったセリフが最悪だ。

「マリアの機嫌が麗しくて何よりだ」

「貴方は!傷ついているわたくしに向かって」

 マリアは瞬時に赤くなってバージルに掴みかかる勢いで立ち上がった。

「元気そうで良かったと言ったんだ」


 怒りはとても健全な精神の発露だ。怒れるうちはマリアは大丈夫だとバージルは本気で思っている。

 マリアの肩をそっと抑える人物がいる。随分と疲れた顔をしたケントだ。ケントはバージルを睥睨した。


「バージル、マリアをからかうのも程々に」

「いや、本当に元気かどうか確かめていただけだ。今からする話は楽しい話ではないからな」


 着席を促してバージルは二人の顔色を伺う。あまりいいとは言えない。恐らく昨日は寝付けなかったのだろう。マリアに至っては泣き腫らし赤くなった目が痛々しい。


 二人にとっては人生で一番辛い出来事だっただろう。裏切られて打ちのめされて世界がひっくり返った日であった事もわかっている。それでも、壊れずにこの場にいるのだ。それはきっと彼らを支える人間の存在が大きい。

 

 マリアはバージルの視線が不快だったのか顔を背けた。幼い仕草に苦笑が浮かぶ。

 王族は時に私情を抑えねばならない。非道を求められる時がある。常に国は動いており、民の命を背負っている。バージルは努めて冷静に切り出した。


「もう少し落ち着いてからにしてやりたかったが、お前達も無関係ではいられないから、早めに話しておくべきだろう」


 これは逃れられない運命だ。この国が聖女と守護者の存在の元で成り立っている以上は異を唱える事は許されない。

 どこか不安気な表情で訝しむ二人に向かって感情を排して告げる。


「聖女が誕生した。十五歳の少女だ」

「十五!?」


 驚きの数字だ。神子であったアリサは別として、今までの聖女の選定は精々が五歳までだった。これは幼少の頃の方が神に与えられる力を柔軟に受け止められるからではないかと考えられている。


「十五歳での選定は異例だ。そして彼女の力は今までのどの聖女よりも不安定だ。本来なら少しずつ力に馴染んでいくのだろうが彼女には時間がない。神力が彼女の中で暴れている。このままでは聖女の肉体にも負担がかかり過ぎる。そこで、一刻も早い王族との婚姻が望ましい」

 一旦言葉を切り、二人の様子を伺う。


「婚姻………」

 小さく呟いたケントが次第に顔色を無くして行く。一方事情を飲み込めていないのがマリアだ。

「お兄様?どうなさったの?お顔の色が………」

 マリアがケントの顔を心配気に伺う。ケントもマリアに憂いに満ちた眼差しを向けた。

「お兄様?」

 どうしてそんな顔をするのか、わからないマリアの思考を遮ったのはバージルだ。

「ケントが察している通りだ。今現在聖女と年齢的に釣り合う能力を持つ王族は3名だ」

 バージルが言えば、ケントが張り詰めた声で答える。

「私と、ローズベルト、リュウザル」

 マリアが驚きの声を上げ、二人を忙しなく見る。今挙げた3名の中に不適切な者が2人もいたからだ。マリアは立ち上がってバージルに向かって抗議した。

「お兄様は既婚者ではありませんか!お義姉様は妊娠が判明したばかりですよ、お子が生まれるんです!それにローズベルトはわたくしの婚約者です!リュウザルが聖女のお相手になるべきです!」


 そうでなければおかしい。既婚者や婚約者を持つ者を聖女に宛がうなんて常識から外れている。マリアは自分の主張が真っ当だと思っている。だが、バージルは顔を振った。

「マリア、それ程単純ではない。守護者の能力があれば誰でもいいわけではない。相性があるんだ。俺達が守護者を選ぶ事は出来ない。聖女の守護者は唯一無二だ。替わりは存在しない。既婚者だとか恋人がいようが関係ない。そのように運命づけられている」

「そんな、そんな事………」


 聖女と守護者の関係はマリアとて知っている。それでも、こんな非常識が許されるとは思っていなかった。祝福された運命にそんな理不尽な事が起るわけがない。


「事実だ。祝福だとされるのは歴代の聖女もその相手も必ずお互いに強く惹かれ合い愛し合うからだ。そして真に聖女を支える事が出来るのは守護者だけだ。守護者を欠けば聖女はその資格をいずれ失う。」

「選ばれてしまえば」

「既婚者であろうと、婚約者がいようと拒めない。お互いを愛さずにはいられない。運命とはそういうものだ」

 絶句するマリアをしり目に、バージルは淡々と告げた。

「ケント、お前を含めた3名は聖女と面会してもらう。そのつもりで」


 あまりに無情だ。ケントが返事をする前にマリアが遮った。ケントの前に出てその口を無理やり塞いだ。

「返事をしないで!お願い、だってダメだわ、こんな………」

「何故だ?」

 ぎこちない動きでマリアがバージルを振り返る。片眉をあげ、口許を皮肉気に歪めてバージルはマリアを見ていた。マリアは咄嗟に言葉が出て来ない。意味もなく喉が鳴った。


 バージルは悪魔のようだと思った。マリアにこんな意地悪ではなかった。怒っているのだろうか。マリアが昨日酷い事を言ったから。


 その先を恐れるマリアに対してバージルは容赦がなかった。

「ルーファスも同じだろう。そして守護者になった」

「!!」

 マリアもケントも息を飲んだ。


 マリアは目の前が崩れるような気がした。ケントの口を塞いでいた手が力を失って落ちる。昨日自分が言った言葉が頭の中を駆け廻った。

 マリアは絶対にルーファスを許さないと決めていた。ルーファスと元聖女の幸せを絶対に許さないと。


 バージルの温度を感じさせない銀色の瞳がマリアを射抜く。


「この国が建国されて数千年以上が経ったな。聖女と守護者の献身で生きながらえて来た国だ。アリサとルーファスは二十年か。国の歴史をみれば瞬きのような時間だが、そこには多くの者の命と幸福があった。その国をお前達は滅ぼす覚悟があるのか?」


 二人は凍り付いたように微動だにせず、言葉を返す事が出来なかった。





「脅し過ぎたな………」

 真っ青な二人を見送って独り言を呟く。別に二人を諫めるつもりはなかったのだが、幸福に育った人間は時に狭い価値観で物事を判断する。多角的視野に欠けるのだ。それが悪いとは言わないが王族として宜しくない。少し考える角度を与えてやりたかった。やり過ぎた感は否めないが。


 実のところ、ケントとマリアの婚約者が選ばれる可能性は低いと考えている。根拠らしい根拠は二人がアリサの子供だからだ。

 神子だったアリサの祝福は強力だった。その祝福の塊である二人が不幸を背負うとは思えない。


「それにしても、この短期間で聖女が3人」

 最近は異例づくめだ。

 

 聖女と守護者のシステムは明確には解明出来ていないが、ミズリの聖女の力の喪失と異界からのアリサ召喚、十五歳の聖女誕生から考察出来る事はある。


 聖女の器を持つ者は限られている、もしくは、神力に耐えうる器を持つ者は限られている。聖女の器を持つ者が仮に複数存在するならば、神はただ一人の聖女だけに神力を灌ぐ意味は何なのか。

 器を持つ者と器を修復出来る者の両方の存在が不可欠なのではないか。こちらの世界に器を持つ者がいても対になる守護者が存在しなければ器はいずれ壊れるのだからシステムは破綻する。だからこその異界からのアリサの召喚があった。ミズリの器が壊れる時点でこちらの世界に器を持つ者がいなかった、いたとしても守護者となるべき者がいなかったと考えられる。

 器を持つ者すべてに対となる守護者が存在するわけではないという事なのだろう。


 十五歳の聖女誕生はミズリの器の喪失とアリサの召喚という異例の事態から生まれた歪のように思われる。

 

 いずれにせよ、バージルの憶測の域を出ない。大事なのは、国が恙無く存続する事なのだ。


「聖女と守護者か‥‥‥」

 神が定めた運命。奇跡と祝福と言われている。

 バージルは顎に手を当てて考え込む。



 運命は、果たして幸いか禍か。



 答えの出ない問いだ。人や立場や環境によって捉え方は変わる。歴代の聖女や守護者にとっては幸福でしかなかったのだろう。

 ルーファスが異質だと捉えた方がいいのか。祝福を与える人間を間違えたと考えれば、神は案外間抜けなのかもしれない。


 

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