第2話
初めて出会ったのは、私が8歳の時だった。
学校の帰り路の途中、道の畔に、キンおばさんという50歳ぐらいのおばさんが住む家があった。私は、キンおばさんの家に寄り道すると、キンおばさんが「今日はね。こんなものを見せるよ。」と言って、妙なものを毎回見せてくれるのが楽しみだったのだ。竹籤で組まれた籠のような服もその妙なものの一つだった。
大人になって知ったのだが、彼女は工業大学の教授だったため、妙なものをよく開発していたらしい。それを毎回小学生だった私に見せていたのだと、
その時見せてくれた服は、私と同じくらいの大きさの人形のようなものだった。さらに彼女が、その妙な人形を持ち上げて私に近づいてくる様は、かなり不気味だったのを今でも覚えている。
私は、恐る恐るその人形に近づいて表面を見ると、竹籤を用いて左右、斜め、横に、交互に編んであると分かった。竹籤が組まれたことで出来た小さい穴が規則正しく空いており、一つの六角形のタイルの周りに六つの小さな三角形のタイルが敷き詰められ、それらの三角形には別の六角形のタイルが敷き詰められたかに見える。
「これ何なの?」と私が聞くと、キン婆さんはにっこり笑って「これを着るとね。爽ちゃんの大好きなお化けや妖怪を見ることが出来るんだよ。」と説明し始めた。爽ちゃんと呼ばれていたのは、自分の名前が爽介だからだ。
「昔はね、籠っていうのはね。魔除けとして使われていたの。一つ目小僧って爽ちゃん、知ってるよね?」
「うん、知ってるよ。」
「一つ目小僧なんかは、この籠がだいっきらいなの。なんでなのって言うと、沢山の縫い目が籠についているからなの。一つ目小僧は目が一つしかないから、沢山ある籠にびっくりして逃げちゃうの。これはそのことと服を掛け合わせてみたものなの。」
「そうなんだ。」
「あとね、キツネの穴とか股のぞきとかって知ってる?昔の人がお化けを見るために、手の指や足を使って覗き穴を作るものなの。そういうのって、いくらやってもお化けが見えないってことがよくあるのよ。古臭い方法じゃダメなのね。でもこの籠を点けるだけで、いつでもお化けの存在を見ることが出来るの。」
その時の私には、キン婆さんの説明をきちんと理解しておらず、お化けがいつでも見ることが出来るのだなということしか考えていなかった。
キツネの穴とは、狐の影絵を思い出してくれると分かりやすい。左右の小指と薬指で耳を表し、人差し指、中指、親指で狐の目を表しているものだ。森に迷った時に、キツネの穴を用いて、辺りを見回すと道に迷わせた張本人である狐の姿が見えるというものだ。一方、股のぞきとは、海に現れる幽霊船や物の怪を見分けるための方法で、自身の股の間から逆さまにものを見るというものだ。
この時、それぞれの穴の形に注目すると、キツネの穴の場合、人差し指の第一関節、第二関節、第三関節で三点、親指で末節骨、基節骨で二点、そして人差し指と親指が重なる先端部で一点、つまり歪な六角形を作っていることになる。また、股のぞきの場合、股座(またぐら)で一点、左右の膝で二点、両足の踵と床が接するところで二点、歪な五角形を作っていることになる。この時点で、微かな粒子が、五角形・六角形化け物を見るためのレンズの役割をした穴が出来ているということになるのだ。
ただ、これだけで妖怪や化け物を見るのは困難である。なぜなら、他にも時間帯や周りの環境といった外的要因や人間の恐怖心などの感情といった内的要因によっても左右されるからだ。そこでこの服の役割だ。
竹籤内を通る粒子で外的要因、服による脳神経への作用で内的要因の役割をそれぞれ補ってくれる。この二つの要因から見間違いや思い込みで現れる不気味な像をより鮮明に生み出せるのだ。幻覚脳の世界を直に触れるようなものだ。
本当は、前者の外的要因だけであったら、娯楽用品として、全世界に普及することも容易だったのだ。しかし、後者の内的要因が原因で、娯楽としての服が惨劇を生む服とレッテルを張られてしまったのだ。
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