第14話

 その後、メリーの髪を梳かし終えてしばらくは課題に没頭していた。

 気付けば窓の外は暗くなってきており、夜飯を考えなきゃならない時間になっていた。

 ふとメリーの様子を見ると、今はパソコンではなくテレビの方に目を向けている。


「イルミネーションか」

「うん、すっごくきれいだね」


 画面の中では、様々な形を模した光の集まりがキラキラと輝いていた。

 日が落ちた夕闇の中で、様々に瞬いている。


「お兄ちゃんは見たことある?」

「子供の頃に何度かあるな。ただ、最近じゃまったく見ないよ。店とかの電飾の飾り付けぐらいかな」

「そうなんだ。私もいつか見てみたいなぁ」


 確かにこういうのは女の子が好きそうだ。

 ましてメリーはあんまり娯楽施設に行ったことはないみたいだし余計だろう。

 ただの電気の集まりなのに、なんで綺麗って感じるんだろうな。


 ……電気の集まりねぇ。


「なぁ、そろそろ夜飯食いに行くから、出かける準備しろよ」

「え? 今日はお外でご飯食べるの?」

「まぁせっかくだしな。といっても、金欠だから高いところには連れていけないぞ。ただの駅前の洋食屋だ」

「うん!」


 そう返事をすると、上機嫌で部屋着から着替えようとするので、俺は居間から出た。

 メリーは俺と一緒に買い物に行く時以外は部屋にこもりっぱなしだし、外出出来るだけでも嬉しいのかも知れない。

 着替え終えたの察して扉を開けると、俺もいつもより厚めに着込む。

 メリーにも俺の上着をさらに羽織らせた。


「もうちょっと着とけ。大きいかも知れないけど、温かくしとかないとな」

「えー、私全然平気だよ? これじゃ暑くなっちゃうんじゃないの?」

「いいから。お前も風邪治ったばっかりだろ」


 有無を云わさず上着の前を止める。

 メリーが着膨れてモコモコとした生き物になった。これだけ厚着すれば大丈夫か。


 自転車の後ろにメリーを乗せて、駅前の洋食屋へと向かう。

 店の前に着いて中に入ると、カウンターだけしかないただの飯屋なので、当然店内にはカップルや家族連れなんてものはいなかった。

 店員もおらず、店主が一人で店内を切り盛りしている。

 ただ、寡黙なこの人の腕は確かで、値段のわりに味はしっかりとしたものだ。

 バイトの給料日には必ず寄るので、おすすめも分かる。


 注文をすると、キッチンがカウンターの目の前にあるので、メリーは調理をする様子に釘付けだった。

 料理の方も、少し大きいかと心配したハンバーグセットをペロリと平らげていた。


 二人とも食べ終えて店を出ようと店主に会計を頼むと、金額は一人分だった。

 不思議に思い訊ねようとしたら、カウンターの脇に『クリスマス割引中』というポップカードが立っていて合点がいった。

 そういうイベント事なんかまるで興味がなさそうなのに意外だ。

 意図せず得をしてしまったので、いつもより少し丁寧に大きめな声で「ご馳走様」と告げて外に出る。

 閉まる扉の隙間から、鐘の音と共に一言だけ「まいど」という声が聞こえた。



「おなかいっぱーい!!」


 店の外に出ると、メリーが満足げに手を広げて声を上げた。

 料理の熱でこもった店内から出ると、冬の清涼な冷たい空気が気持ちよく感じる。


「うまかったか?」

「うん、おいしかった! あんなに大きいハンバーグ食べたの初めて!!」


 気を使ってのことではなく、本当に口に合ったんだろう。

 ご機嫌な様子でお腹をさすって満腹をジェスチャーして見せる。


「さてと、それじゃ行くか。ちゃんと上着の前閉めろよ」

「うん。でもちょっと暑いんだもん」

「どうせこれから寒くなるって」


 そう言って俺は自転車を漕ぎ始めた。

 すると、数分もしないうちに、メリーが声をかけてくる。


「あれ? お兄ちゃーん、家ってこっちじゃないよー?」

「ちょっと寄るところがあるからいいんだよ」

「どこ行くのー?」

「大したとこじゃねーよ」


 俺はメリーが落ちない程度に、やや前傾姿勢でペダルに力を入れる。

 速度が増すにつれて、冷たい風が頬を刺す。

 メリーは俺が風よけになってるとは思うが大丈夫だろうか。

 途中坂も多く、風邪が治りかけの身体にはかなり堪えた。

 ただ、それでも進み続け、それからたっぷり30分以上自転車を漕いだ。


「着いたぞ。あー、疲れたー」

「ここどこなの?」


 長い坂を上がったところにスペースがあり、その入口で自転車から下りる。

 かなりの時間自転車をこぎ続けていたので、冬だというのに少し汗が滲むほどだった。


「お前さっき、イルミネーションが見たいって言ってただろ?」


 そう言いながら、小さな広場の中を進んでいく。

 すると、端に近付くにつれ視界が一気に開け、街を見下ろすように一望出来た。

 展望台だ。


「わぁ……」


 展望台の手すりに駆け寄って、メリーがその夜景に声を漏らす。

 別に観光スポットになるような大したものじゃない。

 ただ、多分、この街で一番綺麗な風景を見れるのはここだった。

 それをメリーに見せてやりたかった。


「イルミネーションなんて小洒落たもの、この街にはないからな。ただ、光の集まりって意味じゃこれで代わりにならないかと思ってさ」

「……」


 ぽけーっとした様子でメリーは街を眺め続けている。

 その横顔に訊ねてみた。


「がっかりしたか?」

「……ううん。すごくきれいだよ。ありがとう、お兄ちゃん」

「そっか」


 俺はすぐ近くのベンチに腰を下ろして、メリーにも手招きする。

 懐から、途中自販機で買ったコンポタを二つ取り出して片方を渡した。

 フタを開けると、メリーの持ってる缶に小さく合わせる。


「ちょっと早いけど、メリークリスマスってやつだな」

「うん! メリークリスマス!!」

「そういえば、お前の名前と同じだな」


 そう言われて、持っていた缶を落としそうになりながらメリーが俺の方に顔を向けた。


「そ、そう! 私メリーさん! メリーさんなの!!」

「ははは、知ってるよ。そんなに慌てて言うことか?」

「うん……」


 いつもの口癖を言うチャンスだとでも思ったのか、やたらに力が込もっていた。

 こいつはなんだってそんな変な口癖を口にするようになったんだか。


 そのまま二人で並んでコンポタをすする。 

 メリーは先ほどから無言で街の風景を見ていた。その表情からは、何を考えているのか分からない。

 喜んでくれてたらいんだけど。


「……お兄ちゃん」

「ん?」

「そういえば、メリークリスマスって言うけど、メリーってどういう意味なの?」

「あー、確か楽しいとか陽気とか、素敵なって意味だったと思う。まぁ、お前に似合ってると思うよ」

「えっ!! わ、私、お兄ちゃんにとってステキなの!?」

「そういう意味じゃねぇよ! ……ただ、なんだその、一緒にいて楽しいとは思うよ」

「うん! 私もお兄ちゃんといると楽しい! お兄ちゃんもメリーってことだね!!」


 そう言いながら、モコモコとしたメリーが楽しそうにはしゃぐ。

 俺が陽気メリーって、おいおい、死ぬほど似合わないだろ。

 バイト先でも言われたけど、わりと冷めたようなところがあるみたいだし、こんな俺に素直に懐いたり甘えてくるのはメリーぐらいのものだと思う。


 呆れながらもまんざらでもない気持ちで顔を上げると、展望台の時計は十時を指していた。

 そろそろ小さい子供は寝る時間か。

 サンタも本格的に動き始める頃かなと、冗談交じりに考える。……サンタ?


「……あ」

「どうしたの?」

「いや、そういえば、昼間言ったサンタの話、あれな、人に言っちゃダメだぞ」

「え? なんで?」

「一般的には知られてないし、本来なら内緒だからだよ。いるかいないか分からないぐらいがいいって言っただろ。今はネットで情報が広がりやすいし、あんな具体的な内容が色んな人に知られたらサンタにとって良くないんだ。サンタに迷惑かけたくないだろ?」

「う、うん!」

「だったら誰にも話しちゃダメだぞ。それと、もしクリスマスに本物のサンタっぽいのがいたら、見て見ぬふりするんだ。サンタが死んじゃうからな」

「そ、そっか。そうだよね! 私、気を付ける!!」


 これで一先ず大丈夫か。すっかり本当のことを言うのを忘れていた。

 全部嘘でしたとは言えないし、かと言って鵜呑みにさせたまま他人に話して恥をかかせるのも申し訳ない。

 応急処置的な対処ではあるが、こいつもいずれ大人になったら自然と気付くことだろう。


「じゃあ、誰にも言わないから、サンタさんの話もっと教えて?」


 メリーがそう目を輝かせながら昼間の続きをねだってきた。

 俺は笑いが溢れそうになるのを我慢しながら、メリーがしてくる質問に答え続けた。


「……でな、サンタ選抜試験ってのがあって、それに受かると今度は養成所に入るんだけど」

「試験って、誰が合格とか決めるの?」

「そりゃサンタ協会の人事連とか、スポンサーのオモチャメーカーとか、日本だと厚生労働省の役人とか色々だよ」

「へー。じゃあさ……」


 その日はしばらく、二人で光る街並みを見下ろしながら、馬鹿みたいな作り話をメリーに話して聞かせた。

 メリーはそれを、楽しそうにいつまでも聞いていた。

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