第6話

 夜飯は予定通りテカ弁にした。

 値段が安い割にボリュームとカロリーがあることで、何かと重宝している。

 俺はからあげ弁当を、メリーはのり弁を、それぞれ買って帰った。

 もっと高いのでも構わないと促したのだが、ちくわの磯辺揚げが食べたかったらしい。


 家に帰ると、メリーは何事もなかったかのように弁当をパクつき、俺はというと煮え切らない感情のまま、もそもそと唐揚げを食い進めていた。

 メリー自身は、あまり先ほどの話題に触れられたくないのか、わざとらしいほど普通に振る舞っている。

 そして、弁当を食い終えると、箸を揃えご馳走様と手を合わせた。

 昨日のようにがっついてはおらず、比較的上品に食べられている気がする。


「多少行儀が良くなったんじゃないか?」


 その光景を見て、思わず俺も普通に声をかけてしまう。


「私メリーさん、いま成長の真っただ中にいるの!」


 えっへんとメリーが胸を張る。

 いや、この場合張っているのは胸じゃなくて腹か。


「いや、そんな成長ってほどのことじゃないんだがな」

「えー」


 分かりやすくぶすくれて見せる。

 ……この無邪気な少女に、会うことのなかった数年間、何が起きたというんだ。

 考えても考えても答えは出なくて、それでも気にせずにはいられなくて。

 ただ、メリーに合わせるよう普通に振る舞うことしか出来ない自分が歯痒かった。


 弁当を食べ終えると、俺は風呂に入り、寝る支度を整えた。

 メリーは風呂に入る際、昨日の蜘蛛が余程恐ろしかったのか、俺に風呂の扉の前での警護を命じた。

 おそらく侵入経路はドアだけではないと思うのだが、面倒なのでその事実は伝えないことにした。


 風呂から出ると、メリーは買っておいたスウェットに袖を通し、当たり前のように俺へと頭を差し出してきた。

 断る理由もないので、昨日と同じように髪を拭いてやる。

 ドライヤーなんて上等なものはないから、やや強めにしっかりとタオルドライを心がけた。


「お兄ちゃん、今日はちゃんと梳かしてね」

「あぁ」

「ふへへ」


 昨日も寝てるうちに梳かしたんだと告げようと思ったが、ぶすくれるのが目に見えたのでやめておいた。

 何よりなんだか気恥ずかしい。


「私メリーさん、いまお兄ちゃんのお膝の上にいるの」


 髪を梳かされながら目を瞑ったメリーが呟く。

 その声の調子からごきげんであることが伺えた。


「俺は重くて仕方ないがな。というかその報告必要か?」

「うん!」


 ついつい悪態をついてしまうが、小柄なメリーがそんなに重いはずもなく、これであれば長時間あぐらの上を占拠する実家の猫とさほど変わらないように思えた。


「お兄ちゃんはさ、今大学生なんだっけ?」

「あぁ、ちょうど明日から冬休みだけどな」

「大学って楽しい?」

「うーん、人によるんじゃないか。俺はそこそこだよ」

「大丈夫? 一人ぼっちになったりしてない?」

「まぁ、わりと人当たりは良くしてるつもりだし、というかなんでお前にそんなこと言われなきゃならないんだよ」

「えーと、最近の若者は居場所がないって言うらしいじゃない? だから心配になって」

「なんでそんな社会問題は知ってるんだよ。余計なお世話だ。それに……」

「なに?」



 ――居場所がないのはお前じゃないのか?



「……」

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「いや、それにバイトが忙しくてそれどころじゃないんだよ」


 不意に頭に浮かんだセリフから目を背け耳を塞いだ。

 背筋が寒くなるほど、無神経な言葉だと思った。

 ただ、公園でメリーが言っていた言葉が、どうしようもなく脳裏に焼きついていた。


「バイト? え、お兄ちゃん仕事してるの!?」

「仕事ってほど大したもんじゃないけど、仕送りだけじゃ厳しいから」

「なんのお仕事してるの!?」

「飲食店だよ。今日ゲームセンターに行っただろ? あの近く」

「へー!! どんなところ?」

「別に何てこたないファミレスだよ。ただ、レストランって言いながら和食とかも普通に出てくるけどな」

「ファミレス? えと、お食事屋さんってこと?」

「カテゴリーがかなりデカいが、まぁ大体あってる」

「ふーん、楽しそうだね」

「普通だよ。それで、明日俺はそのバイトだから、お前は大人しく留守番してろよ」

「……はーい」

「じゃあそろそろ寝るか」


 梳かし終えた頭にポンと手を乗せると、ベッドに入るように促した。

 しかし、メリーがモソモソと毛布にくるまると、横になりながら何か言いたげにこちらを見てくる。


「どうした?」

「お兄ちゃん、またコタツで寝るの?」

「あぁ」

「でも、その、寒いよ」

「いや、別に大丈夫だよ。たまにテレビ見ながら寝ちまうし」

「えっと、でも、私、小さいよ?」

「……? 知ってるけど?」

「だから、あの、ベッド余るし、その」

「……」

「お兄ちゃんも、ベッドで寝ないのかな、と思って」

「……うーん」


 まぁ、一緒に寝るぐらいなら構わない気もする。

 まだ小学生の親戚の子なわけだし、意識する方が逆におかしい話だ。

 メリーの言う通り、このままじゃ風邪をひいてもおかしくない。

 俺はコタツのスイッチを切ると、メリーがくるまっている毛布に手をかけた。


「ふぇっ!?」

「あ?」

「い、いいい一緒に寝るの!?」

「お前がそう言ったんじゃねぇのかよ……」


 顔を真っ赤にしたメリーが動揺を全面に押し出してくる。

 こいつは俺にどうしろと言うんだ。


「そ、そうですね! そうそう、さ、寒たいですもんね!!」

「寒たいってお前……」


 少し故障気味になっているメリーをよそに、毛布へと俺も潜り込む。

 メリーが「ひゃっ!」と声を上げていたが、いちいち構っていたら一向に寝ることが出来そうにないので無視することにした。

 しかし、いかにメリーが小さいとはいえ、流石にシングルベッドに二人は狭いようだ。思っていた以上に距離が近い。


「わわわ私メリーさん、い、いまどういう状況にいるの!?」

「知らねーよ。電気消すぞ」

「消すの!?」


 枕元に置いてあった照明のリモコンをオフにする。

 別にちんちくりんのメリーに対して何も思うところはないが、ここまで意識されると、こちらも若干照れ臭くなってくるというものだ。


 しかし、電気を消すと一転して、メリーはまったく話さなくなった。

 そして、驚くべきことに、というか恐ろしいことに、なんと五分後には寝息が聞こえ始めた。


「こいつ……」


 それこそ電気を消した直後は、身体が触れているところから強張っていることが伝わってきたけれども、徐々に緊張が解けて、寝息を立て、さらには寝返りまで打ち始めた。


「お前、パニクってたんじゃねぇのかよ」


 起こさないよう、極々小さな声で問いかける。

 当然返答を求めてない問い掛けだけど。

 寝返りを打ってすぐ目の前にきたメリーの寝顔を眺める。


「疲れたんだな」


 あれだけキャーキャー言いながら遊んだわけだし、それに、メリー自身のことを聞いたせいで気丈に振る舞わせてしまった。隠させてしまった。

 スヤスヤと眠るあどけない寝顔に、複雑な感情を抱きながらもう一言だけ呟いた。


「おやすみ」


 俺も普通に振る舞うよう意識していたことで精神的に疲れていたのか、驚くほどあっという間に意識は途切れた。

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