第五回 太史慈と孫策、一騎討ちにて邂逅を果たす

 太史慈たいしじ劉繇りゅうようとは同郷であった。この時代において地元同士の結びつきはとても強い。北海から故郷へ戻った太史慈は長江を渡り、曲阿きょくあにて劉繇と面会した。

 ただ、太史慈には元々劉繇に仕えるつもりはなく、すぐに立ち去るつもりだった。だが、このタイミングで孫策が兵を起こし、劉繇の軍勢を打ち崩し始める。義侠心に駆られた太史慈は、なし崩し的に劉繇の陣営に入ることになった。


「太史慈を大将軍に任命し、軍権を委ねるべきだ」

 そんな声が多数上がった。しかし、劉繇は太史慈を重用したりはしない。

子義しぎ殿を使ったりすれば、許子将きょししょう殿から笑われはしないだろうか」

 劉繇はそう言って、太史慈には偵察の任務だけを与えた。


 大将軍への推薦がありながら、偵察とは大分落差がある。


 許子将とは許劭きょしょうのことである。

 許劭は人物批評家として名高く、彼に称賛されたものは出世し、批判されたものは没落するといわれていた。若いころの曹操そうそうと出会い、「治世の能臣、乱世の奸雄」と評したのも許劭である。


 その許劭は太史慈を評価しなかったのだろう。許劭は清流派の儒家であり、上奏文を破り捨てることで名を上げた太史慈は忌むべき存在だったのかもしれない。あるいは、儒家の総元締めともいえる孔融に厚遇されながらも、袖にしたことをよく思っていなかったのかもしれない。

 とにかく、許劭は太史慈に批判的な態度を取り、劉繇はその影響力を恐れ、太史慈を冷遇するのである。


 とはいえ、劉繇がただ大勢に流されるだけの、目の曇った人物かというとそうでもない。

 劉繇の配下に笮融さくゆうという人物がいる。彼は中国史における最初に名前の出てくる仏教徒であるが、評判がいいとは到底言えない。略奪、横領、横流しなどを平気で行い、好き勝手に人を殺すし、裏切りも平然と行う。そうして得た金品を用いて壮麗な仏閣を築いていた。

 笮融は悪辣な人間ではあったが、彼の下には仏教徒が集まる。まだ仏教が伝来して間もない時代だ。マイノリティである仏教徒にとって笮融は希望に見えたに違いない。彼の下には狂信的な信者が集まり、狂信者は死をも恐れぬ強兵となる。

 そして、そんな笮融を劉繇は重用した。外聞よりも実利を選ぶ。劉繇にはその素養があった。


 一方、太史慈はただ己の肉体があるのみである。その武名は轟いているとはいえ、元来が文官であり、軍勢を率いた経験は戦わずして勝利した北海の戦いのみだった。そんな太史慈を大将軍に任命するなど、むしろその有名さに目が眩んでいるといえる。

 太史慈は、知恵が巡り、機転が利き、大胆であるというだけで、将たる器があるかは未知数なのだ。後世の人間としては彼に賭けてほしかったと思うものの、当時いまを生きる劉繇にはできない判断だったのだろう。


 そんな太史慈であったが、腐ることはなく、真面目に任務に当たった。そして、運命の時がやって来た。

 敵情視察に出向いた太史慈がたまたま孫策に出くわすのである。この時、孫策に従うのは僅か騎兵十三人であったが、その誰もが黄蓋こうがい韓当かんとうといった天下に名の知られる剛の者であった。

 それに対し、太史慈側は太史慈と供の騎兵が一人だけだ。


 古代、中世の戦において、一騎討ちは華である。しかし、それは物語で語られる誇張に過ぎない。

 実際に一騎打ちで片が付くのなら大軍を率いる意味などないに等しいだろう。それは偶発的に発生する不測の事態であり、名のあるもの同士が嬉々として命の奪い合いをするなど狂気の沙汰でしかない。

 だが、この時、その狂気の沙汰が起こった。


 太史慈は目の前にいるのが孫策であると気づくと、何のためらいもなく進み出て、戦いを挑んだ。太史慈も太史慈であるが、それ以上に孫策も孫策である。

 自身が一勢力の長であるにも関わらず、逃げるどころか、その戦いを堂々と迎え入れ、互いに正面から打ち合った。


 一体、どれだけ打ち合ったのだろうか。孫策は太史慈の乗っていた馬の首を斬り払い、背負っていた手戟トマホークを奪い取る。一方、太史慈は孫策の兜を奪った。

 背中の武器を奪うということは首を斬ることができたということであり、兜を奪うということはやはり首を斬ることができたということだ。


 両者、互角の攻防と言えたが、この時、両軍の兵たちがこの状況に気づき、なだれ込んでくる。戦いは流れ、二人は左右に分かれることになった。

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