短編学園ラブコメ ~女子力男子力対決~

猫野ミケ

第1話

「はい、やってまいりました! 第三回女子力男子力対決。実況と解説は私放送部の山中と、逃した男は数知れず、彼氏いない歴27年、数学教師の神無月先生です」


「殺すぞ」


「ルールは至ってシンプル。持ち前の女子力男子力を駆使し、相手をときめかせた方の勝ちというなんでもありバーリトゥード形式です」


「なんだよ男子力って」


「それでは選手の紹介です。まず青コーナー、二年B組出席番号3番、馬鹿とハサミは使いよう! 厨二心を残した自称サッカー部の餓えた狂犬、長船房雄おさふねふさお選手です! 先生、長船選手のコンディションはどうでしょうか」


「一限から四限まで寝てたらしいからな、体力は万全だろう」


「続いて赤コーナー、二年B組の恋愛脳筆頭! 自分のことは棚に上げ、耳の年増化が止まらない! 出席番号11番、仲町愛花なかまちまなか選手! 何やら余裕ありげな表情ですね、先生」


「仲町は自分が恋愛知識豊富だと思い込んでるからな。この試合も駆け引きで自分に分があると勘違いしてるんだろう」


「身の程をわきえて恋愛に臆病な先生とは一味違うということですね!」


「お前、あとでちょっと職員室来い」


「えー、なお、両選手はお互いが気になっているのは明らかですが、周りが茶化しすぎて素直になれないという中学生のような恋愛模様を繰り広げております」


「昭和か」


「先生が全盛期の古き良き時代ですね。いかがでしょう、先生もやはり学生時代はあのような甘酸っぱい経験がおありでしょうか」


「私は平成生まれだ」


「経験については触れないんですね?」


「私お前に何かしたっけ?」


 天神高校二年B組でお馴染みの茶番が始まったのは、HRも終わり部活動の時間に差し掛かろうという時刻だった。

 クラスの中央で二人の男女が向かい合い、腕を組みながらお互いを睨みつけている。

 二人を中心に野次馬と化したクラスメイトが輪になり、勝手に実況を始めた山中と担任の神無月が机を二つ繋げて腰を下ろしていた。


「試合に至るまでの経緯ですが、HR終了間際、長船選手が『そんなんだからお前彼氏できねーんだよ』と苦言を呈したことから口論となったようです。よく見る光景ですね」


「もう少しHRを真面目に受けてほしいんだけどな」


「今回で三回目ということもあり、すっかり二人も慣れた様子です。現在の戦績は共に一勝一敗と実力が伯仲しているように見えますが、その辺りはどうでしょうか?」


「駆け引きと戦略で勝負する仲町、勢いと力技で押し切ろうとする長船、過去の対戦を見ても噛み合わないのは明白だな」


「その冷静な分析力を是非とも自身の恋愛に生かしてほしいですね! さぁ、それでは試合開始です」


「……」


 担任の神無月が半ば死んだ目で、山中が持ち込んだゴングを鳴らす。何とも力の抜けた響きだった。

 その音を聞くなり、向かい合っていた仲町が即座に自身の脇に置いてあった通学カバンを取り出した。


「先手は仲町選手のようです。アグレッシブなその姿勢が素晴らしいですね」


「自信だけはあるからな」



房雄ふさお、実は今日お菓子作ってきたんだ』


『え!?』



「おーっとこれはベタだ! 仲町選手の手作りお菓子作戦! 突発的に起こったはずのこの試合ですが、なんと前日から用意周到に準備を行っていたぁ! もしかしてHR間際の口論すら仲町選手の計算だったのでしょうか?」


「長船は馬鹿だからな。軽い挑発にも簡単に乗るし誘導もしやすいだろう。……しかし、まずいな」


「何がですか神無月先生?」


「お前も知っているかも知れないが、仲町は――」


『ゴフッ!!』


「これはどうしたことか長船選手、右手を口に当ててむせ込みます!」


『えっ! もしかして、美味しくなかった……?』


「仲町は料理が下手だ」


「お約束ぅうう!! これは両選手とも苦しい。女子力の低さを露呈してしまった仲町選手と、直接攻撃を受けた長船……、ん? これは……?」


「どうした?」


「あ、いや、違う! よく見て下さい! 仲町選手が長船選手の苦しんでいる様子を見てほくそ笑んでいる! これは相手の技を受け切らなければならない試合のルールを逆手に取った仲町選手の罠だ!」


「ハニートラップ、いや単純にダーティープレイか。やるな」


「しかしこれでは女子力を見せることは出来ないわけですし、仲町選手にとっても悪手なのでは?」


「いや、仲町の狙いは自分の女子力を見せることではない」


「と、言いますと?」


「差し出された手作り料理を食い切れなくて何が男子力だ。つまり仲町は長船にギブアップさせることによって、自分の女子力加点で勝つのではなく、相手の男子力減点で試合を制そうとしている」


「ともすればあの毒々しい色のクッキーは」


「下手なのもあるが、おそらくわざとだ」


「これは酷い! 仲町選手、勝つためならば手段を選ばない! 試合に勝ったとしても果たしてそれは恋する乙女としてどうなんだ! 場内からも主に男子生徒からブーイングの声が漏れます」


 それらの取り巻きがまるで見えていないかのように、机を挟んだ二人は攻防を続ける。

 長船がむせ込みながら次のクッキーに手を伸ばす。


「腹を括ったかのように次々トラップクッキーを口の中に放り込む長船選手。このあとのサッカー部の練習が心配になります」


「大したもんだな、二枚目からは表情にも出さなくなりつつある」


「さぁ、そしてついに完食だぁ!」



『ごちそうさん。次はもっとうまく作れよ』


『え……?』



「長船選手が言葉とは裏腹に何故か少し嬉しそうですが、これはいったい?」


「馬鹿だからな。おそらくクッキーが仲町の罠だったと気付いてない。本当に自分のために作ってくれたと思っているんだろう」


「おっと、そのことを仲町選手も気付いたみたいですね。バツが悪そうに顔を赤らめています」


「仲町からすれば激マズクッキーを、罠と分からず自分のために頑張って完食してくれたわけだからな。複雑な気分だろう」


「偶然決まったカウンターに図らずとも長船選手優勢だぁ! 場内からはそんな雄姿を称え、割れんばかりの拍手が送られています」


「仲町の作られた女子力と違って、長船は天然だからタチが悪い」


「さぁ、このまま勝負が決まってしまうのか? 長船選手のターンですがどう出るんでしょう」


 長船は顎に手をやり考え込むように俯くと、机を回り込んで仲町のすぐ側まで移動する。

 まだ顔の赤みが引かない仲町が、精一杯の抵抗とばかりにその顔を睨み上げた。

 すると、何もしていないのに長船がフッと顔を背けた。


「……? 先生、いったい何が起きたんでしょうか?」


「あれだな、仲町のことを凝視出来なくなったんだろう」


「なにか原因が?」


「仲町は幼い顔立ちをしてるからな。睨んでいても迫力がないどころか小動物の威嚇を連想させる。それがあの近距離で、赤面、身長差、上目遣いの三コンボだ」


「つまり?」


「有効打だ。強がって目を背けなかったのも強い。野生動物の争いと同じで、先に視線を外した長船が不利だな。あの様子だと、クソ可愛い……! とか思ったんだろう。死ねばいいのに」


「先生、私情が漏れてます」


 なんとか峠を越えたのか、向き直った長船が再び目を合わせる。

 今度は決して目を逸らさないと言わんばかりににじり寄り、仲町がその圧力に背を反るほど圧される。

 そして、顔が近付いたことにより動揺した仲町がバランスを崩した。


『きゃっ!!』


『危ねっ』


 倒れかけた彼女へ咄嗟に長船が手を伸ばしその腰を支えた。

 片手で抱きかかえるような形になり、なおのこと二人の顔が近付く。


「これは行けません長船選手。圧力をかけすぎてあわや仲町選手を倒してしまうところでした。ですが、見ようによっては良い雰囲気に見えませんか?」


「男子力とは無関係だろう。むしろ減点だ」


 未だ長船の腕に支えられている仲町が、下から精一杯に威嚇する。

 しかし、その姿勢から長船は閃きを得た。


『な、なによ!?』


『大人しくしろよ。って、お前軽いな』


『え、えぇ!? ちょ、ちょっと、何してんのよあんた!?』


 先程の姿勢から流れるような動きで持ち上げられ、仲町がうろたえる。

 サッカー部で鍛えた長船からすれば、その小柄な体を持ち上げるのは至極簡単なことだった。


「なんと流れもへったくれもなくお姫様抱っこ!! こ、これはシンプルかつ強烈な一手だ! しかし急に女の子を持ち上げるというのは、いったいどうなんでしょうか先生!? いくらあの二人の関係でも逆効果なのでは?」


「……」


「先生?」


「……」


「まんざらでもなさそうだー! さすが27歳喪女、憧れのシチュエーションに弱い! 高校生の青春の1ページに釘付けだぁ!!」


「あ、いや、その……」


「ガチ照れだーー!! 神無月先生もつい食い入るように羨望の眼差しを向けた長船選手のお姫様抱っこ。これは勝負が決まったか!?」


 勝ち誇ったように長船がニヤリと笑う。

 それが悔しかったのか、抱き抱えられ戸惑っていた仲町が、意を決したかのように長船の顔を睨み付けた。

 そして、そのまま目をつぶり、あごを僅かに上げる。

 その動きを見て、はやし立てていたギャラリーの声もピタリと止まった。

 教室の空気が謎の緊張感に包まれる。

 そんな中、実況の二人の声だけが響く。


「な、仲町、それは背水の陣にもほどがあるぞ……」


「なんと、ここでまさかのキス顔です……! いくら負けず嫌いだからと言ってもこれは見ている方が恥ずかしい!! 正視に耐えないのか、はたまた気を使ってか、ギャラリーもそっと視線を外していく! いったい我々は何を見せられているんでしょうか!!」


 他の生徒が視線を外し、或いは教室から出て行く者すらいる中、神無月だけは二人の行動を見届けるように凝視していた。


「神無月先生、ガン見しすぎです。いい歳してなに高校生のキスシーンにドギマギしてんですか。歳とか年齢とか考えて下さいよ恥ずかしい」


「お前喧嘩売ってるならそろそろ買うぞ」


 そう山中と神無月が話してる間にも、二人は微動だにしなかった。

 仲町を抱き抱えたまま、その顔を見て完全に石化している長船。

 長船の腕の中で、緊張と動悸で顔を真っ赤に染めながらもギュッと目をつぶる仲町。

 やがて1分経ち2分経ち、そのまま5分もする頃には、ギャラリーも先ほどの気まずいような空気から一転、呆れ果て緩んだものとなった。


「先生、二人共動きませんね」


「あぁ、おそらくもう駄目だろう。タオルを投げてやれ」


「いや、俺はセコンドとかじゃないんで」


「仕方ないな。じゃあ私が」


 そこで神無月が、ゴングを三回鳴らし終了の合図を送った。

 二人もその音に気付いたのか、ぎこちない動きで互いに離れる。

 何とも間抜けな終わり方だった。


「えー、というわけで第三回女子力男子力対決は引き分けで幕を閉じました。実況は私放送部山中と」


「解説の神無月でお送りしました」


 二人がそう締めると、野次馬の輪もばらけていった。

 各々が口々に、「今回もアホらしかったなー」だの、「さっさと付き合っちゃえばいいのに」だの言い残しながら教室から掃けていく。


 教室の中央には未だ赤面したままの長船と仲町が取り残されていた。

 自身の頭や胸を抱え、二人とも固まっている。

 それを尻目に、山中と神無月が机や小道具を片付け始めた。



「しかし、なんかんだで先生もノリノリでしたね」


「お前らに付き合ってやってるだけだ」


「またまたー。あ、神無月先生、そのゴングわりと重」


「え?」


 山中が注意する間もなくゴングを運ぼうとした神無月が、思いのほか重かったせいか手を滑らせた。

 そしてそれは足の甲へと落下し、床に転がって盛大な音を鳴らす。


「――痛ぅっ!!」


 神無月らしからぬ甲高い声だった。

 悶絶するかのようにうずくまり、涙目になって痛みに耐える。


「勘弁して下さいよ先生。あなた見た目と違ってわりとドジっ娘なんですから」


「う、うるさい! お前がこんなもの持ってくるのが悪いんだ!」


「分かりました、俺が悪かったですよ。それで、大丈夫なんですか? ちょっと足見せて下さい」


「大丈夫だから放っておいてくれ! あとは私が片付けておくから、さっさとお前も部活に行け!」


「なに言ってんすか、立ち上がれそうもないくせに」


 そう言いながら、山中が神無月の横にそっとかがみ込む。

 切れ長の目に涙をにじませながら、神無月が疑問を顔に浮かべた。

 しかし次の瞬間、その表情は驚愕と朱色に染まった。


「よいしょっと!」


「ふあ!?」

 

 お姫様抱っこだった。

 長身ながら細身の神無月が軽々持ち上げられ、すっぽりと山中の腕の中に収まってしまう。


「ちょ、ちょっと待て! な、なにをしている!?」


「なにって、保健室連れて行くんですよ。一人じゃ歩けないでしょ?」


「だだだ大丈夫だから! 下ろして!!」


「馬鹿言わないでくださいよ。多分それ、下手したらヒビとか入ってるんじゃないですか? 先生が見せてくれないんだからしょうがないでしょ」


「わ、分かった! 分かったから!! ちゃんと見せるから下ろして!!」


「いや、どのみち先生歩けないじゃないですか。保健室行ってから見せてもらいますよ」


「待って! 本当待って!! せめて肩貸すとかそれぐらいで」


「はいはい、子供みたいなワガママ言ってないでさっさと行きますよ」


 湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしながら、神無月がジタバタと腕の中で暴れ回る。

 しかし、山中はそれを意にも返さずがっちりと抱き抱え、廊下へとスタスタ歩いていってしまった。

 教室から出る際、室内へ一言だけ残して。


「悪い長船、部活行く前にゴングとか片付けといてくれ」


 

 すっかり人もいなくなった教室内で、声をかけられた長船と仲町だけがその一部始終を見届けていた。

 先ほど勝負を引き分けた二人が、納得のいかないように呟く。


「今回もあいつの一人勝ちだったな……」


「そうね……」


 引き分けたはずの二人は、何故か深い敗北感に包まれていた。

 長船は転がっているゴングを拾うと、三回鳴らして山中の勝利を称えた。

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