第26話 新たな住人

「そもそも、ゼノン教授はエルフだから、見た目通りの年齢じゃ無いのよ?」

「え? そうだったの? 凄い、僕エルフなんて初めて見たよ!」


 一旦落ち着いて話を聞いてみると、ゼノン教授は見た目は子供みたいだが、その中身は立派な大人であるらしい。


 世界でも有数の賢者として知られ、複数属性の魔法に、一流の剣術と何でもできる凄い人物なんだとか。


 本も数多く出版されており、少しでも学のあるものなら一度はその名を聞いたことがあるというのだから驚く。


 そんな凄い人がこんな見た目小学生のロリっだなんて……。


 それにしてもまさか本物のエルフに会えるだなんて感激だ。

 初めて異世界に来てよかったと実感しているかも。


 よく見るとゼノン教授の耳は確かに尖がっており、いわゆるエルフ耳になっている。

 ヤバい、ちょっと触ってみていいかな!?


「エルフを初めて見た? 君、どれだけ田舎者なの?」

「ははは。そうなんですよ。ちょっとこの人、遠い田舎から出て来たばかりなんです」


 そう言って僕の頭をバンバン叩いて笑って誤魔化すリルリア。

 田舎っていうか、異世界から来たんだけど……。


 まぁそれを言ってしまったら、それこそこの教授は僕を人体実験しかねない。

 秘密を守るためなら、田舎者扱いを受けるくらいは甘んじて受け入れようじゃないか。


「それはそうと、君がさっきボクの攻撃を防いだあの技なんだけど――」


 僕はリルリアの言葉にうんうんと頷きながら、何か言っているゼノン教授の方へと手を伸ばす。

 そしてそのエルフ耳に触れた。


「「「!?」」」


 凄い!

 人間の耳よりもちょっと温かい。

 そしてふわふわだ。


 僕は教授の耳を撫でたり、揉んだり、引っ張ったりして弄ぶ。


「ちょっとアオ! なにやってるの、いきなり!」


 隣りに座っているリルリアと、そのまた隣りに座っているシルハが二人して僕の腕を引く。

 あぁ、僕のエルフ耳が。


「アンタ、自分が何してんのか分かってんの!?」

「ちょーそれ! あー君、今のはかなり不味いよ!?」


 なにって、エルフ耳をもふもふしただけだが?

 まぁ確かに本人の許可なく触ったのはいけない事だったかもしれないが、そこまで非難されることか?


 ほら、触られた当の本人もそこまで気にはしていな――

 ヤバい、ちょっぴり涙目だ!


 そんなに耳を触られたのが嫌だったの!?

 小学生の見た目でそんな表情をされると罪悪感が凄い。


「うぅ……。ぼ、ボクの初めて、奪われちゃったよ」

「人聞きの悪い事言わないでくれる!?」


 耳を触っただけでまるで大犯罪でも犯したかのような言い様だ。

 耳を触られたのが初めてな訳でもあるまいし、もう少し言い方というものを考えてもらいたい。


 ゼノン教授は頬を少し赤らめ、耳を触りながら恥ずかしそうに言った。


「責任……とってよね?」


 なんの責任!?


「アオ、覚悟を決めなさい」

「あー君。ファイト!」


 僕はもう意味が分からなかった。

 なんで耳を触っただけでここまで言われなくちゃいけないんだよ。

 そして覚悟って一体どんな覚悟?

 まさかお詫びの印に人体実験をされる覚悟じゃないだろうな。


 するとそこで、リルリアが小声で僕にこの意味不明な状況の答えを教えてくれた。


「エルフの耳を触るってのは、生涯を共にすると誓ったパートナーにしか許されない事なのよ? ……もしかしてアンタ、知らなかったの?」


 知る訳ないだろ、そんな事!


 僕はこの世界の住人でもなければ、積極的にこの世界の情報を掻き集めているわけでも無い。

 言うなればその知識レベルは赤ちゃんと同じだ。

 そんな僕がエルフの不思議知識を知っている方がおかしい。


 僕はリルリアからもたらされた衝撃の情報を聞き、背中に冷汗が流れるのを感じる。

 そしてリルリアに視線を向け勿論知らなかったと首肯。

 それを見たリルリアは、何してんのよぉと思いっきり頭を抱えてしまった。


 いや、そんなに大事な耳ならもっと耳当てをするなりして大切に隠しておいてよ……。



~~~~~~



「ふぅ、やっと帰って来れたー!」


 あの後、恥ずかしがって僕の顔を見れなくなったゼノン教授は、依頼はまた今度お願いするからと言って自宅に帰ってしまった。


 僕も知らなかった事とは言え、少し悪い事をしたなと反省。


 そしてお金も用事も無い僕達はロージ大学を出た後、どこかへ寄り道なんてしたりせずまっすぐに家に帰宅した。


「やっとって、まだお昼よ?」

「そうそう。このままじゃ晩御飯を買うお金も無いし、また午後は仕事を探しに冒険者協会行くかんね?」


 嘘だろ?


 ちくしょう、あのロリエルフめ。

 あいつがちゃんと依頼料をくれていたら、今頃僕は優雅にお昼寝の時間を楽しめたというのに。


 そう思っていたら、二階から声。


「なに、君達お金無いの? もう、仕方ないな。じゃあボクが晩御飯くらいなら奢ってあげようじゃないか」


 そう言って、トコトコと階段を降りて来たのは、まさかのゼノン教授だった。

 え? 君自宅に帰ったんじゃなかったの!?


「な、何故アナタがここに居るのですか、ゼノン教授」


 リルリアも驚いたようにゼノン教授に問い掛ける。


「何故って……そりゃボクも今日からここに住むことに決めたからだよ。ここ、下宿人を募集してるんだってね。冒険者協会で聞いたよ? これからよろしく!」


 何でもない事のようにそう言うゼノン教授。

 下宿って……そりゃお金を払ってくれるなら僕は大歓迎だが、わざわざ家を持っている人が下宿する意味ってあるの?


 それに、僕達は大学を出た後真っ直ぐに家へ帰って来た。

 どうしてこの人が僕らよりも早く着いているのだろう?


「あぁ、君達の疑問は分かるよ? まず、ボクのこれまで住んでいた家だが、さっき引き払って来た。別に住む場所に拘りなんてないからね。そして何故ボクが君達を先回りできたのか。それはこの魔法のおかげだ」


 ゼノン教授はパチンと指を鳴らす。

 するとその瞬間、階段近くに居たゼノン教授が僕の目の前に現れた。


 瞬間移動!?


 ゼノン教授は驚く僕の頬に手を当て愛おしそうに撫でまわす。

 そしてグイっと僕の頭を自身に引き寄せ――


 チュ


 ――そのまま頬に口付けをした。


「あ! ちょっと! アタシもまだしてないのにッ!!」

「そ、そそそれは、ハレンチだとあーし思うの!」


 二人がそれを見て、騒ぐ。

 しかしキスをした当の本人は知らん顔。


 ……女の子にキスをされたのは初めてだ。

 僕は少し嬉しい気持ちになって、ニヤニヤが止まらない。


「ちょっと、なにニヤついてんのよ!」

「成人もしてないのに、キスなんてダメでしょ!」


 その様子を見た二人が再び騒ぐ。


 いやシルハ、キスに年齢は関係なくない?

 前から薄々感じていたが、シルハは純真すぎる。


 そんな僕らの様子をニコニコと眺めていたゼノン教授は僕に向き直り、そして言った。


「という事で、これからよろしくね? ダーリン」


「「「ダーリン!?」」」


 こうして僕達の家に、また新たな住人が加わった。

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