第25話 ゼノン教授
「よく来てくれたね、若き冒険者君。そしてその仲間達よ。ボクの名前はゼノン。この大学で教鞭をとっている者だ」
受付嬢に言われた通り、ロージ大学というロージ国内で最難関の大学にやって来た僕達。
まさか日本の大学に進学することなく、異世界の大学に来てしまうとは思わなかった。
ロージ大学はビルなどが建っていないこの世界では珍しい五階建ての建物群で構成されている。
建物は全部で十棟。
それぞれが一号館から十号館と呼ばれ、教室やら実験室やらと大学として必要な施設、設備は凡そ全てがこの敷地内に揃っている。
国の最高学府という事もあり、国からもかなりの税金が投入されているらしい。
まさにここは世界最先端をゆく場所と言えるだろう。
そして依頼場所として指定された四号館の最上階。
同じ階層の全ての部屋の壁をくり抜いた、四号館五階唯一の部屋であるゼノン研究室に入るとゼノン教授が笑顔で僕らを迎え入れてくれた。
手ずからお茶を淹れてくれて、お手製のクッキーまで振る舞ってくれる歓迎っぷりには仕事大嫌いマンな僕も思わず笑顔になってしまう。
「……にしても小さいな」
「何言ってんのよアオ!」
横に座っているリルリアが思いっきり肘打ちをかましてくる。
おっと、つい思ったことが口に出てしまった。
僕らの対面のソファーに座ったゼノン教授は、とにかく小さい。
ていうか幼い。
推定年齢十才くらいのその体は、教授という肩書がとても似合っていなかった。
「ち、小さい……ねぇ」
どうやらゼノン教授は、自身の小さい身体にコンプレックスを抱いているらしく、湯呑みを抱えている手がぷるぷると震えている。
うんうん、分かるよ。
僕も身長が小さい事が若干コンプレックスなんだ。
するとリルリアは焦ったように僕の頭をペシペシと叩きながら平謝り。
「す、すいませーん。この人ったらたまに頭がおかしくなっちゃうんです。あのゼノン教授にそんな言葉を吐くだなんて、また頭のネジをどっかに落としちゃったのかしら。オホホホホ」
酷い言い様だな。
本当に小さいんだから仕方ないじゃないか。
ていうか本当にこの人がゼノン教授?
教授の娘や孫と紹介された方がまだ真実味がある。
腰まで伸びた長い髪から、女の子という事は推察できるが、髪が短ければ性別すらも判別不可能だったかもしれない。
「ま、まぁボクは大人だからね。まだ成人してもいないような子供の言葉なんて笑って流してあげるよ」
そうして誰が聞いても分かるくらい無理矢理に笑顔を作り、アハ、アハハハハと空笑い。
「え? 君大人だったの? 僕はてっきり飛び級かなにかした天才小学生かと……」
その言葉を吐いた瞬間、横から右ストレートが僕の左頬に飛んできた。
「あ、アンタはもうちょっと考えてものを喋れない訳……?」
リルリアがゼノン教授に聞こえないよう、ボソッと僕に文句を告げる。
済まない。
ニート志望だからあまり人付き合いは得意じゃないんだ。
そして僕と双璧を為す、もう一人の考えてものを喋れない人間であるシルハは、この部屋に入ってから一言も言葉を発していない。
なんでも、非礼をする可能性が非常に高いからそうしているんだそうだ。
……もしや自分の性格を自覚して口を閉じてる分シルハの方が僕よりもマシ?
「アハハ。こ、子供かぁ。冗談キツイなぁ、全く。まぁこれくらいの非礼も僕なら笑って見過ご…………せ、ないやっぱ無理! ぶっ殺してやるッ!!」
どうやらついにゼノン教授の堪忍袋の緒が切れたらしい。
ゼノン教授はソファーから立ち上がり、僕へ向かって魔法を発動する。
僕の右頬には炎の槍。
左頬には氷の剣。
そして本人が細長い剣を僕の目元に突き付けた。
凄い、無詠唱の魔法だ。
それに複数属性。
無詠唱はただでさえ魔法の制御の難易度が数段跳ね上がるというのに、それを複数属性同時に行って見せるとは。
日頃黒魔法の制御に四苦八苦しているリルリアを見ているから、その凄さが僕にも充分理解できる。
そして剣は一体どこから取り出したのだろう。
あまりにも素早すぎたこの展開に、僕の目が追い付かなかった。
「謝罪するんだ。ボクを侮辱したことを」
ヤバい、これはガチギレだ。
ただの一般庶民で平和と調和を愛する僕も、たまーにこうして人をブチギレさせてしまう事がある。
恐らくは、思ったことが口に出てしまうこの悪癖が原因なんだと思うが、そういった時の対処法は一つ。
全力で謝罪するのだ。
謝って謝って謝り倒す。
そして相手に、もういいよと言わせるくらい呆れさせる。
きっとこの方法は全世界共通。異世界でも通用するに違いない。
という事で、今回もいつも通りの作戦で行こう。
「ごめん。悪気はなかったんだ。本当に申し訳ない。僕は昔から余計な事をいう癖があってね。マジすまん。二度とこんな真似はしないと誓うよ。そーりー。許してくれたらすごく嬉しい。懺悔――」
しかし僕の謝罪の言葉は、怒りで我を忘れてしまったゼノン教授には届かなかったらしい。
ゼノン教授は僕の無限謝罪を
「問答無用! 死ねぇいッ!!」
ちょっと!
謝罪を求めたのはそっちじゃん……!
まさか謝罪しろと言っておいて、聞く耳を持ってくれないとは。
どれだけ頭に血が上ってんだよ、このおこちゃま教授。
死ねいという言葉と同時に空中で静止していた魔法が放たれる。
僕の眉間には剣の突き攻撃。
カンッ
しかし僕はチート持ち。
こんな全方位からの攻撃でもビクともしない。
……いや、心臓はかなりびくっってなったけど。
ていうかこの教授、本気で僕を殺しにかかってなかった?
チートがなければ即死だったよ?
そんな攻撃を受けたのにも関わらず、相変わらず無傷過ぎる僕をしらーとした目で見つめるリルリアとシルハ。
そしてゼノン教授はと言うと。
小さい目を思いっきりかっぴらいて、とんでもなく驚愕していた。
ヤバい。
既にチートを打ち明けているリルリアとシルハはともかく、ゼノン教授にチートがバレるのはマズい。
こんな凄い大学で教授をやっているほどの人物だ。
チートの存在を知ったらきっと僕を使って人体実験し始めるに違いない。
そして絶対に死なないのを良い事に、水責めをしたり、食事を抜いたり、暗室に一ヵ月閉じ込めたりとやりたい放題するんだ多分。
うぅ、絶対にそんなのは嫌だ。
僕は少し遅いかもしれないが、剣を突き刺された眉間を両手で押さえ、ゼノン教授に恨みがましい視線を向けながら言う。
「…………い、痛ったー!」
そしてそれを見た三人はまるで打ち合わせでもしたかのように、声を揃えて僕にツッコミを入れた。
「「「いやもう手遅れだよッ!!」」」
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