第24話 指名依頼

「もうヤバすぎ。あーしのご主人様は勇者だし、同僚のメイドさんは元王女とか意味分かんないから」


 朝起きて、一緒に朝食のパンを食べていたシルハはまだ昨日の衝撃から抜け出せていないらしい。

 ブツブツと、ヤバいヤバいとヤバいを連呼し続けている。


「これじゃーただの一般人のあーしが浮いちゃうじゃん」

「いや、五百年続く拳闘士の家系はただの一般人とは言えないと思うよ?」


 そして僕こそが一般人だ。


 うっかり死んで異世界に召喚されてしまったが、僕は正真正銘生まれも育ちも素質も全てが平均以下と、一般人としての素養を完璧に満たしている。


 言語チートと防御チートとあと時魔法が一般人らしさの足を引っ張っているが、僕ほど一般人として生き、一般人として死んでいくのに相応しい男はいない。


「にしても、テーブルとイスくらいは早く買った方が良いかもしれないわね」

「うん、確かに。僕もそう思う」


 僕達はいつも通りリビングで朝食を摂っているのだが、昨日の騒動のせいでそこにはテーブルもイスもない。


 そのせいで今僕達は床に直接腰を下ろしているし、パンを載せたお皿も床に直置じかおきしている。


 ガラスの嵌まっていない窓からは風がビュービューと吹き込んでくるし、破壊された床下ではネズミがチューチューと駆けていく。


 これでは野外で食べているのと何も変わらない。


「そうだねー。早くお金稼いで色々買わないと。でもちょうどいい依頼あるかなー? あーしのランクだと、適正ランクが低すぎる依頼は受けられない決まりになってんだよね」

「へぇー、そうなのね。まぁ安心しなさいよ。きっとアオがパパっと稼いでくれるから」


 恐らく冒険者協会の顔とも言えるRランカー達の格を守るためにそういうルールになっているのだろう。

 新人向けの依頼にRランカーが群がってたらちょっとドン引きだもんね。


 しかし、困ったな。

 僕はシルハの稼ぎでこれから食べて行こうと思っていたのだが、どうも簡単にはいかないらしい。


 そしてリルリア。

 なんだいその謎の信頼は。

 僕がこれまでに一度でも自発的に働いたことがあったか?

 ないだろ。

 つまり僕はそういう人間なのだ。


 過剰な……いや、無駄な期待は今すぐに捨ててもらいたい。


「なんかご主人様がくっだらない事を考えている顔をしているわ……」

「うん。これは新参者のあーしにも分かる。きっとあー君、女の子のパンツ見てーなーとかそんな事思ってるよ?」

「そんな事は思ってないよ! やめてくれる!? 僕の心情を勝手に代弁するの」


 確かに日頃ならば、前を歩いている女の子のスカートめくれないかなとか考えているけど、今はそんな思考してなかったよ!


 そして何故か昨日の夜から、シルハの僕の呼び方があー君呼びに変わった。

 仲良くなった証なのか、それともなにか心境の変化でもあったのか。


 僕には想像も付かないが、一つだけ僕に言えるのはあー君って元のアオよりも文字数増えてるけど言いにくくない?という事だけである。


「全く、男って本当にバカなんだから。まぁ良いわ。もう少ししたら冒険者協会に行くから、アオもちゃんと準備しておきなさいよ?」


 リルリアはそう言い残し、出掛ける準備をするため自室へと戻って行く。


 うぅ、僕は一ミリも働きたくないというのに、部下(?)のメイドさんが僕を働かせようとしてくるよぉ。


 これは上司虐待と言っても過言では無いかもしれない。

 労基署! 労基署はどこだ!?


 普通、メイドさんならもっとご主人様の気持ちを推し量って行動するものではないだろうか。

 リルリアには僕の代わりにお金を稼いでくるとか、それくらいの気概を見せてもらいたい。


「あー君? ど、どうしても女の子のパンツが見たいなら、その……あーしが見せてあげても……いややっぱ無理!」


 そしてシルハは無理無理無理と顔を真っ赤にして二階へ走り去って行った。


 初心だなぁ。

 パンツ一つでここまで恥ずかしがれる年上ギャルお姉さんと言うのは希少だ。そして尊い。


 そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに……。



~~~~~~



「ようこそおいでくださいました。九位様。そしてそのお連れの方々」


 冒険者協会にやって来た僕達は、好奇の視線を浴びながら受付へ直行した。

 そしてパーティーの申請を行う。


「この三人でパーティーを組みたいんだけど」


 シルハのその言葉で協会中がざわつく。


「九位がパーティーだって!?」「あのソロで有名だった!?」「メンバーは前に支部長を倒したB級のガキか」「あの可愛い方のガキは誰だ?」「ちくしょう、B級のガキはうちが狙ってたのに」


 パーティーのシステムを僕はあまり知らないが、どうやらシルハがパーティーを組むというのはかなりの大事件らしい。

 多くの冒険者が信じられんと口を揃えて言っている。


「申し訳ございません。そちらのお嬢様は冒険者として登録されていませんので、三人でのパーティーは難しいです」

「まぁそうよね。分かりきっていたことだわ。じゃあアタシを除いたこの二人だけで申請するわ」

「はい、かしこまりました。それではこちらの書類に記入をお願いします」


 受付嬢はそう言って、シルハに一枚の紙を手渡す。

 どうやら名前やら住所やら使う武器やらと沢山記入しなくてはいけないらしい。


 僕はシルハがそれを書いている内に受付嬢に訊ねる。


「パーティーを組むメリットってなんなの?」


 協会に行ったらまずパーティーを組もうという話にはなったが、その利点というものを僕は知らない。

 普通に依頼をこなす時だけ連名で受注するとかじゃダメなんだろうか?


「そうですね、まず一つがパーティー推奨の依頼を受注できるようになることです。連携、相互の信頼、使用する武器や技の知識。そういった点から、ソロが大人数いるよりも少数のパーティーの方が依頼を完璧にこなせるものなのです。協会が発注する依頼の凡そ七割がパーティー推奨の依頼ということもあり、冒険者のほとんどの人はパーティーを組んでいるんですよ?」


 なるほど。

 そりゃ皆パーティーを組みたがる訳だ。


 逆にシルハはそうしたパーティーとして享受できる利益を完全に放棄して、ソロで九位にまでなったというのだからその化け物振りがより際立つ。


「それにパーティーに加入すると、素材の売却手数料も十パーセントから八パーセントに下がるんです。統計上、パーティーを組んでいない冒険者よりもパーティーを組んでいる冒険者の方が生存率が高いということで、冒険者協会としてもパーティーに入っている冒険者を優遇しているんです」


 ……生存率が高い?

 日常生活では聞かないようなフレーズが飛び出たな。


 もしかして冒険者って普通に死んじゃうの?

 それも統計が取れるレベルで。


 ……やはり僕はすぐにでも冒険者を引退するべきなのかもしれない。

 いくらチートのおかげで死ぬ事は無いとは言え、そんなリスクのある職場なんて僕には無理だ。


 ヤバい、すぐさまこの受付嬢に辞表を叩きつけてやりたい。


「はい、ありがとうございます。これでお二人はパーティーとして認められました。リーダーがアオさんとなっていますが、本当によろしんですか?」

「うん。あーしはリーダーって柄じゃ無いし」


 僕もリーダーって柄じゃないよ!?


 なにを勝手にリーダーにしてくれてるんだ、このギャルは。

 ランクから考えて君がリーダーをやるべきだろうに。


「おい、九位を差し置いてリーダーとかやっぱアイツすげぇんだな」「こりゃうちの支部からA級が誕生するのも時間の問題だ」「それだけ九位に認められてるって事か」「まだ若いのに凄いな。将来が楽しみだ」


 そしてB級の僕がリーダーを務めると知って、協会中が再びざわつく。


 やめて。

 僕に過剰な期待をしないで!

 僕はお金さえあれば今すぐにでも辞表を叩きつけたいと思ってる、冒険者の風上にも置けない軟弱者なんだよ!?


「それで、なんかいい感じの依頼ある~? あーし的には報酬が高い依頼を引き受けたいんだけど」

「そうですね、少々お待ちください。今調べてまいります」


 受付嬢はそう言い残し別の部屋に行ってしまった。


「リルリアもいい加減、冒険者として登録すればいいのに。なんで登録しないの?」


 この前はメイドの仕事しかしないからとか言っていたが、どうせ一緒に依頼を遂行するのだ。

 登録しちゃった方が色々と楽だと思うんだけど。


 そんな僕の疑問に、リルリアは小さな声で答える。


「バッカねぇ。冒険者として登録されたら、協会に名前、髪色、身長とか色々な情報がデータとして残るのよ? 名前は偽名を使えばいいにしても、アタシの身体的特徴からここにレクリアの追手が差し向けられないとも限らないわ。そんなリスクを冒してまで登録するメリットが無いでしょ?」


 確かにそうだね。

 ていうか冒険者として登録するだけで、そんな情報を取られてるとか初耳だよ?

 絶対それ王族だけが知ってる極秘情報とかでしょ。


 その話が真実だとすると、もしや僕の身長が百六十八センチしかない事とかも既にバレてしまっているんだろうか?

 だとしたら凄く嫌だ!


 まだ成長期は終わっていないから僕は未来に希望を抱けているが、成人してもこの身長だったら僕は持てる限り全ての力を行使して冒険者協会で暴れてしまうかもしれない。


 そして僕の身長という恥ずかしいデータを完全消滅させるのだ。

 このままでは未来まで僕の身長の低さが記録として残ってしまうのだからもうこうする他ない。


 そうして自身のコンプレックスである低身長について悶々と考えていたら、受付嬢が帰って来た。

 手には大量の紙の束。


「お待たせいたしました。一応めぼしいものはこの辺ですが、それよりも優先して受けて欲しい依頼がございます」


 受付嬢は一番上に置いてあった紙を僕達に見えるように差し出し、そして言った。


「アオさんに指名依頼が来ております。場所はロージ大学のゼノン研究室。仲間がいるようなら是非その方も、との事でしたので皆さんでお願いします」

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