第22話 怪盗の正体
「ママ!?」
シルハのその発言で、リビングの中の空気が凍る。
まま?
一体どういう意味だろう?
魔魔? 儘? 馬馬?
「久しぶりねシルハちゃん。ママ、会いたかったわー! そして強くなったわね。流石は我が愛しの娘! ママ、誇らしい!!」
そのまんまシルハの母親って意味か!!
怪盗ラビット……もといシルハママはぶかぶかのローブを脱ぎ捨て、シルハに駆け寄る。
そしてハグ。
「ママ、ちょっと恥ずいんだけど……!」
「何言ってんのよー。親子の感動の再会よ? 恥ずかしい所なんて一つもないわー」
僕とリルリアは状況に付いて行けず、ポツンと取り残されている。
怪盗ラビットの正体はシルハのママだったのか……!
どうりで敵の気配に敏感なシルハが寝ている最中に接近されても気付けなかった訳である。
だって敵じゃないんだもの。
「うりうりー。あら? また身長伸びた? きっとパパに似たのねー。でもまだまだ可愛い! 流石私の子!」
「もう、そういうの良いから! てかママが怪盗ラビットだったの? 五才の時にあーしのうさちゃんを盗んだのもママ?」
「そうよー」
シルハのママは愛娘のぬいぐるみを盗んだ事をあっさりと認めた。
そしてその訳を話す。
「でもね。これはシルハちゃんに意地悪したくてそうしたんじゃないの。シルハちゃんに敵を作って、そいつをぶっ殺してやる~!っていう気持ちを持たせたかったの。そのおかげでこんなにも強くなれたでしょ?」
ええ?
そんな理由で騒動を引き起こしたのかよ。
どうやらシルハのママはかなりぶっ飛んだ思考の持ち主らしい。
「そ、そんな! あーしはうさちゃんがいなくなって凄い寂しかったのに」
「ごめんねー? でもほら、うちって代々続く拳闘士の家系でしょ? 強さに嫉妬して碌でも無い事を企む人も多いのよ。だからシルハちゃんが弱いままだと、ママ安心できなかったの」
なにそのヤバそうな家系!
どうりでシルハもそのママもバカみたいに強い訳だよ!
「でもだったらなんで今更予告状なんて出してきたの? あーしはもう十分強いよ?」
「ううん。冒険者協会で名を挙げても、それが世界で通用する強さを持っているかはまた別。協会に加入していない強者も一杯いるからね。だからママはシルハちゃんが一人でやっていけるか最終チェックにやって来たの」
「……それパパも知ってんの?」
「……秘密かな♪」
「やっぱり~! パパなら絶対こんな迷惑掛ける真似止めてくれるもん!」
僕はそうして仲良さそうに会話するシルハ親子から視線を外し、リビングの悲惨な状況を確認する。
窓、全壊。床、穴だらけ。壁、穴だらけ。テーブルとイス、消滅。明かり、消失。
どこをどう見ても酷い有り様だ。
まるでここだけ戦争でも起きたかのよう。
僕はシルハとシルハママの二人の間に割って入り、そして言った。
「二人共、正座」
~~~~~~
「ちょっとシルハちゃん。なんでこの子怒ってるの? ママ怖いわ」
「うーん、なんでだろ? あーしもちょっと分かんない」
僕のあまりの剣幕に驚き、おずおずと正座をするシルハ親子。
しかし何故自分達が正座させられているかまるで理解していないようだ。
「シルハ、そしてシルハのお母さん。辺りを見回して何か思う事はない?」
「あら、お
いや何の話!?
僕シルハ"の"お母さんって言ったよね?
そしてどうやらシルハと結婚するには、恐らく圧倒的強者であろう父を倒す必要があるようだ。
シルハはそんな逸材な結婚相手を見つけ出せるのかな?
「もうママったら。誰もそんな話してないっしょ? ……にしても辺りを見回してか。うーーん、リフォームでもする?」
「しないよ! まだ買ったばかりだよ、この家!」
ただでさえお金が無いというのに、リフォームなんてしている余裕はない。
てかこの惨状を見て感じる事がそれ!?
お母さんはともかく、君は気付こうよ。
このいつもとはまるっきり景色の異なるリビングの異常さにさ!
いつもと明らかに様子が違うだろ!
「あ! ママ、分かっちゃったわシルハちゃん。きっとこの子うちの流派に弟子入りしたいのよ! 多分ママとシルハちゃんの強さに憧れちゃったのね」
「あ~、そう言う事」
「んな訳ないだろッ! 何で弟子入りを望んでるやつが、師匠に正座させるんだよ! 普通逆だろッ!!」
はぁはぁはぁ。
ダメだこの二人。
強さと引き換えに常識というものを完全に失っている。
人の家で破壊の限りを尽くしておいて、弟子入りしたいの?とか人としてどうかと思うよ?
もう謝罪の言葉を求めるのは諦めよう。
せめて修繕費くらいは請求しないと……。
そう思っていたら、リルリアがお盆を持ってやって来た。
「粗茶です」
このタイミングで!?
いやいやいや、いらないよこの二人にお茶は。
完全に招かれざる敵だもの。
特にシルハのママなんてうちに来て何をした?
リビングを破壊しただけだよ!?
おもてなしをする要素ゼロだ。
多分この人が家に来たら、奥ゆかしい京都人でも帰れってハッキリ口にすると思う。
珍しくメイドらしい仕事をしたのは評価に値するが、もう少し状況を考えて欲しかった。
「あら、お茶菓子はないの?」ズズー
「はぁ~、やっぱ熱いお茶は落ち着くね~」ズズズ
二人は既に正座を崩し、胡坐をかいて完全にリラックスモードだ。
僕に怒られていた事なんて、もう記憶の彼方に消し去ってしまったらしい。
だから僕は二人にハッキリと言う。
「あの、リビングの弁償代を――――」
「おっと、そろそろ帰らなきゃいけない時間だわ。サラバ、愛しの娘よ。そしてその友人達」
そう言って玄関に向かうシルハママを、シルハは腕を掴み止める。
「ちょっとママ!? ママが逃げちゃったら誰がお金払うのさ!」
「ごめんねー? ママ、お金持ってきてないの。……そうだ! 母親権限でシルハちゃんを君にあげるわ! どう? これで満足でしょー?」
「酷い! あーしを売るの!?」
いやシルハをもらっても扱いに困るのだが。
――……いやまてよ?
シルハを使えばバンバンお金を稼げるんじゃないか?
シルハは冒険者協会の第九位だ。
きっと稼ぎの額もかなりのものだろう。
その内の何パーセントかだけでも僕の手元に入るようになれば、僕は即ニートになれる――!?
「シルハのお母さん。契約成立です」
僕とシルハママは笑顔で握手を交わす。
「ちょっと! あーしの意思は!?」
シルハが何か騒いでいる気がするが無視。
「でもシルハちゃん、まんざらでもないでしょ? さっきこの子に庇ってもらってかなりときめいた顔をしてたし」
「はぁ!? し、してないからそんなの!」
「分かるわよ、シルハちゃん。ずっと強者として生きて来たのに、いざという時守ってくれる男の子。キュンとしちゃうわよね~。ママもそうしてパパに惚れたの。うーん、これも遺伝かしら?」
「ちょっ、ちが、違うから! 違うんだからねッ!!」
シルハが僕に焦ったように僕に向かって違うと連呼するが、その真っ赤な顔を見れば真相は容易に推測できる。
僕は別に鈍感なタイプではないし、女の子の機微にも聡い方だ。
たとえばリルリアが僕を男として、憎からず思っているのにも当然気が付いている。
しかし、今はそんなことよりもシルハが僕のものになるのかどうかが重要。
それによって、僕の夢であるニートが十歩も百歩も近付く。
「シルハ、僕のものになれ!」
「な、何言ってんのさ……! ほら、お金ならあーしが払ってあげるから」
「お金なんていらない。僕は、シルハ……君が欲しいんだ!」
そう、シルハが僕のものになれば、そのお金も自然と僕のものとなるのだから!
「ッ!? そ、そそそそんなぁ……」
「ちょっとこの子、意外とぐいぐい来るわね。ママも一緒にドキドキしてきちゃった」
僕は自分が比較的顔の整っている方だという事を自覚している。
そしてこれまでの反応から見て、シルハは僕のルックスを好意的に捉えているというのも把握済みだ。
だから僕はシルハに顔を近付け、耳元で囁く。
「シルハ、君が欲しい」
そして僕をニートに導いてくれ。
やれることは全てやった。
あとはシルハの反応を待つばかり。
さて、シルハの返答は――――?
シルハは顔を真っ赤にして、下を向きながらボソッと言った。
「………………うん……」
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