第21話 怪盗ラビット襲撃②

 シルハは怪盗にノールックで拳を受け止められ、少し動揺する。


 だが流石は九位。

 そこで行動を止めたりせず、そのまま反対の拳で追撃を行う。


 シュン


 怪盗は、それでも尚シルハの方に視線は向けない。

 視線を僕達から離さないまま、今度は顔を右に逸らし紙一重で後ろから来たシルハのパンチを避けて見せる。


「リルリア! 魔法で援護を……!」

「む、無理よ! シルハがあんなに近くに居るんだもの。怪我させちゃうかもしれないわ!」


 勝負の行方はシルハに託された。

 僕達ではあんな高レベルの戦いには付いて行けない。


 目の前では、シルハと怪盗が一進一退の攻防を繰り広げている。


 ドラゴンともいい勝負をしたシルハと伯仲した実力を持ってるとか本当に何者だよ、この怪盗!


 こうして戦っている間も、怪盗はチラチラと僕達の方へ視線を向ける。

 どうやらリルリアの黒魔法をかなり警戒しているようだ。


 そしてこんな超人バトルが繰り広げられているリビングはというと、当然その内装は無茶苦茶になっていた。


 窓ガラスは割れ、中央に置いてあったテーブルとイスは粉々に。

 インテリアとして飾ってあった意味不明な絵画はビリビリに切り裂かれている。


 ……家の外でやってくれないかな?


 ただでさえ金欠だというのに、こんな事になるとは。


 僕は作戦の立案段階で言うべきだったのだ。

 戦うなら家の外でやってねと。


 今更ながらに後悔の念にさいなまれる。

 しかしそんな僕の気持ちなどお構いなしに、二人の戦いはより激しくなっていく。


 遂には僕のハナクソな動体視力じゃ、二人の攻撃を捉えられなくなった。

 拳と拳がぶつかる音、そしてその衝撃波。

 僕に認知できるのはただそれだけ。


 恐らく世界最高峰の戦いが今目の前で行われているというのに、僕はまるで興奮していなかった。

 というか人知を超えすぎているこの戦いにドン引きしていた。


 異世界人やべー。


 どうすれば人間がこんな超スピードで戦えるんだよ。

 シルハと怪盗が全く別の生き物に思えてくる。


 良かった、僕冒険者として成り上がりたいだなんて思わないで。

 こんな化け物たちと競争すると思うと、考えるだけで背筋が凍る。


 やはり僕の天職はニート。

 二人の戦いを見て、僕はそれを再確認した。


 もしかしたら、ここで僕が付け焼刃の時魔法を行使すれば、シルハは簡単に怪盗を撃破できるかもしれない。


 だが僕はリルリアとシルハ以外にその魔法の存在を教える気など毛頭なかった。

 どこかの国に拉致されるかもという話だったし、怖すぎてそんな魔法使う気になれない。


 それにシルハは元々一人でこの怪盗と決着を付ける事を望んでいた。

 ここで僕が手助けをして勝っても、きっとシルハは心の底から満足することなど出来ないだろう。


 二人の攻防は続く。


 戦いが始まってどれくらいの時間が経ったのか。

 十分? ニ十分? 

 いやもしかしたら五分も経っていないかも知れない。

 時間の感覚も忘れてしまうような、そんな緊迫した雰囲気がリビング中に流れている。


 するとここで怪盗は急に僕らの方へ体を向き直し、駆ける。

 一気に僕達との間合いを詰めて来た。


 それを見た僕は咄嗟に身構える。

 シルハも驚いたように僕達の方へ救援に向かう。


 その隙を、怪盗は逃さなかった。

 怪盗は僕達ではなく、シルハに蹴りを繰り出す。


 フェイントだったのか――!?


 シルハに僕のチートを秘密にしていたのが仇になった。

 シルハは僕達の身を案じて、怪盗への警戒が少し薄れていたのだ。


 そのままシルハは怪盗の蹴りをもろに受け、頭から壁に激突。


「くっ」


 すぐに態勢を整えようとするも、軽い脳震盪を起こしているらしくなかなか思うように立ち上がれない。


 それを易々と見逃す怪盗ではない。

 とどめとばかりに、怪盗は思いっきり右腕を引き、全力でシルハのみぞおち目掛けて拳を放つ。


「シルハッ!」


 リルリアがシルハの心配をする。


 が………………大丈夫。


 だって、僕がその盾になっているのだから。


 僕はシルハが壁に打ち付けられたのを見て、自然と体が動いていた。

 自身よりも遥か格上の怪盗とシルハの間に体を滑り込ませ、シルハの身体を抱き寄せる。


 ズドォォオオオオオオォン 


 危なかった。

 そして、怖かった。


 僕のチートはドラゴンでも破れないのだ。

 人間程度に敗れる訳が無い。

 そう頭の中で自分に言い聞かせ、バクバクとうるさいくらいに高鳴る心臓をなんとか落ち着かせる。


「ア……オ……?」


 チキンな僕が自身を身を挺して庇ったのが驚きだったのだろう。

 シルハは僕を見て目を大きく見開く。


「僕達は友達だからね。友達がピンチなら、こうして駆け付けてみせるよ」


 もう二度とやらないがな!


 僕のなけなしの正義心と友情魂が咄嗟にこの行動を僕に引き起こさせたが、僕の理性は言っている。


 こんな化け物同士の戦いに割って入るとか死にてぇのか!と。


 そんな訳が無い。

 僕は死にたくないし、戦いたくもない。

 ただ、ニートになりたい。それだけなのだ。


「あ、あんがと……」


 僕はそんな内心を必死に隠し、シルハにほほ笑んで見せる。


 シルハも戦闘中とは言え、抱かれた姿勢でいるのが恥ずかしいのだろう。

 庇った僕に少し顔を赤らめながら礼を言う。


 正直な所、こんな危険な真似をしたことはかなり後悔しているが、現実に行動を起こしてしまったのだ。

 ならばそれを少しでも利用してシルハの好感度を稼ごうじゃないか。

 そしていつまでもうちに下宿してもらい、下宿代を稼ぎ続けるのだ!


 そんな僕の欲望に染まった笑顔とシルハの恥ずかしそうな笑顔が交差する。


 だがまだ戦闘は終わっていない。

 僕はすぐに気持ちを切り替えリルリアに指示を飛ばす。


「今だ、リルリア!」


 先程まではシルハが近くにいて魔法が撃てなかったが、今はシルハを僕が守っている。

 これなら多少魔法の制御に失敗しても、シルハにダメージはいかない。


 リルリアは待ってましたとばかりにすぐさま魔法を行使。

 恐らく僕がシルハを助けに行ったのを見て、いつでも撃てるよう準備していたのだろう。


「バンッ!」


 怪盗は焦ったように再び跳躍。

 先程と同様、魔法を軽々と回避する。


 だがその隙を見逃す僕達ではない。

 軽い脳震盪から回復したシルハは、宙に浮いた怪盗へ再び拳を繰り出す。


 拳の周囲に風魔法をまとわせ、殺傷力を最大まで上げるシルハの奥義だ。


 シルハは魔力がそこまで多くない。

 だから魔法を使ったらそこで勝負を決めなければいけないが、果たして――!?


 怪盗はまたしても顔を僅かに横に逸らし、拳を紙一重で躱す。

 だが残念。今回は風魔法付きだ。


 拳こそ当たらなかったが、風魔法はモロに怪盗のうさぎの被り物に直撃し被り物は木っ端微塵に粉砕される。


 そして明らかになる、怪盗ラビットの素顔。

 それを見て、シルハは驚き言った。



「ママ!?」



 え、どういうこと!?

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