第18話 魔法講座

「魔法が使いたいですって?」


 マイホームを買ってから数日が経った今日。

 僕はリルリアとシルハの二人に魔法が使いたいと相談していた。


「うん。やっぱり魔法を使うのって憧れるじゃん? 僕もカッコいい魔法を使いたいなって」


 夢はニートだが、僕もやはり男の子。

 自身にまだ秘めたる力が眠っているかもしれない事を思うと、ワクワクしてたまらない。

 もしかしたら僕も魔法が使えるかもと希望に胸を膨らませ、二人に魔法の教示をお願いしたのだ。


「え? アオってその年で魔法の適性調べてないの? 普通子供の時にみんなやるっしょ」


 僕が魔法の適性すら調べていないことを知り、シルハは驚いたような顔を向けてくる。

 そうか、この世界では皆子供の時に調べるのか。


「アオはちょっと特殊な出自でね? そこら辺はまだなの」


 すると僕が勇者召喚で呼び出された人間であることを知るリルリアは、上手い具合にそれを誤魔化してくれる。


 シルハなら色々と秘密を打ち明けても大丈夫だと思うが、僕達はなんとなくきっかけが掴めないでいた。


 まぁ秘密は知る人が少なければ少ないほどいい。

 そもそもリルリアに話したのが特例だったのだ。


「そう。アオ、苦労したんだね」


 すると、勝手に僕の事情を深読みしたシルハがよしよしと慈愛の笑みで僕の頭を撫でてくる。

 うーむ、年上のお姉さんに頭を撫でられるのも悪く無いな。


 そうしてポーカーフェイスを気取りながらシルハにデレデレしていると、突然リルリアが僕の顔面にパンチを繰り出してきた。


 ズドォン


「あ、危ないじゃないか! いきなり何するのさ!」

「あ~らごめんなさい? なんだかハエが飛んでいたような気がしたのだけど、アタシの勘違いだったみたい」


 ハエに向かってあんな全力パンチをお見舞いすることある!?

 チートが無かったら、完全に鼻の骨折れてたよ!?


 あの洞窟の依頼をこなしてからというもの、リルリアの僕への依存度と独占欲は日に日に強くなってきている。

 こうした些細な事で嫉妬を爆発させるのだ。


「すごーい! アオ、頑丈~!」


 そして嫉妬の元凶であるシルハは、そんな僕達のやり取りを面白がっている節がある。

 今も笑いをこらえながらパチパチと拍手していてとても楽しそう。


「そう言えばシルハってどんな魔法を使えるの? この前飛んでいる所は見たけど、あれも魔法?」

「せいかーい。あーしの魔法は風。風の力を使ってこうして体を浮かせたり出来るの」


 そう言ってシルハは足元に強風を引き起こし、一メートルほど宙に浮いて見せた。

 うおお! 風凄い!

 風魔法があれば、憧れの舞空術も夢ではないのか!


「取り敢えず、この魔物の核を手に持ちなさい」


 僕はリルリアが差し出してきた核を右手に握る。


「核には既に魔力を注ぎ込んでいるわ。これなら魔力の使い方が分からない素人でも、適正さえあれば魔法が使えるのよ?」

「それを持ったら、そこに石があるっしょ? それに向かって、動けなり、壊れろなり、色々念じてみて? 適性があればきっと何かしら魔法が出るから」


 なるほど。

 その発動した魔法から適正魔法を推測していくのか。


 僕は核を思いっきり握りしめ、石に向かって念ずる。


「浮かべッ!」


 しーーーーーん


 どうやら石を浮かばせられる系統の魔法は使えないらしい。

 では次だ。


「壊れろッ!」


 しーーーーーん


「燃やせッ!」「濡れろッ!」「重くなれッ!」「消えろッ!」「クッキーになっちゃえ!」


 しーーーーーーーーん


「はぁはぁはぁはぁ。疲れた」

「そりゃあんなに叫び続けたら疲れるわよ。ボソッと言うだけでいいのよ?」


 それは先に言って欲しかったな。

 大声を出せば、より強力な魔法が放てるものだと勘違いしていたよ。


「これは……適正なしかもね?」


 冷静に僕と石を観察していたシルハが残念そうにそう告げる。

 そんなぁ。

 せっかく異世界に来たのに、魔法の適性ゼロとかあんまりだ。


「そんなに落ち込まないで、アオ? 適性がある人の方が珍しいのよ? 確か……千人に一人だったかしら?」


 そんなに少ないの!?

 じゃあ仕方ないな。


 僕は選ばれし人間でもなければ、自ら何かを掴み取るような主人公気質でもない。

 一般庶民として生まれ、一般庶民として死んでいくだけの、言うなればモブBだ。


 そんなモブBが魔法が使えるだなんてあってはならない。

 モブはモブらしく、持たざる者として持っている者の引き立て役になっていればいいのだ。


「一応、特殊系統の魔法も試してみよっか?」


 特殊系統?

 モブの僕がそんな特別な魔法の適性なんてあるはずがない。


「やるだけ無駄じゃない? 僕がそんなの持ってるとは思えないよ」

「せっかくだからやってみましょうよ。もしも適性があったらラッキーじゃない」


 まぁ魔法の先生である二人がそう言うのならやってみるか。


「そうだな……最初は、うん。あーしが石を落とすから、止まれって念じてみてね?」


 そう言ってシルハは頭の上に掲げた石から手を離し、石を地面に落とす。


 石が重力に引かれて落下していく。

 それを眺めながら僕はテキトーに呟いた。


「止まれ」


 ――その瞬間、自由落下していた石の動きが完全に止まった。


「う、そ……!?」

「マジで……!?」


 石はシルハの膝あたりの高さでピタッと空中で静止しており、明らかに魔法の力が作用しているのが分かる。


 そしてその結果に、リルリアとシルハは二人して絶句。


「……これは、何の魔法?」


 そんな僕の疑問に、十秒ほど固まっていた二人が答える。


「「時魔法よ(だ)ッ!!」」



~~~~



 その後詳しく調べてみると、僕は確かに時の魔法に適性があるという事が分かった。


 前にリルリアは、百年に一人しか発現しない黒の魔法使いと同じくらい時の魔法使いはレアだと言っていたので、これがどれだけ凄い事が分かるだろう。


 まさかモブの僕がそんなとんでもない魔法を引き当ててしまうとは……!


「でも魔力は死ぬほど少ないわね」


「ねー。あーしもかなり魔力は少ない方だけど、そのあーしの十分の一くらいしか魔力がないよ」


 しかしどうやら魔法を行使する際に使用する魔力というものが、僕の身体にはほんの僅かしかないらしい。

 時の魔法はただでさえ魔力消費の激しい魔法。

 これでは宝の持ち腐れと言わざるを得ない。


「まぁ魔法なんて僕は使う機会無いから別に良いよ。いざとなったらリルリアが何とかしてくれるし」

「ま、まぁね? アタシはアオのメイドさんだし? ご主人様が何とかしろって言うならなんとかしてあげるわ!」


 リルリアは腰に手を当て思いっきり胸を張る。

 あぁ、そんなポーズをすると、ただでさえ無い胸が強調されて悲惨な事に……。


「でも時の魔法使いであることを知られたら、きっと色んな国がアオを引き抜きに来るよ? もしかしたら誘拐とかされちゃうかも」

「ゆ、ゆゆゆ誘拐? 僕を!?」

「うん。希少な魔法にはまだまだ分からない事が沢山あるからね。それに時魔法は色々とかなり有用だし、強引な手段に出る国家もきっとあるよ~?」


 恐ろしすぎない!?

 そんな事になったら間違いなくニート生活なんて送れなくなるじゃないか!


「魔法の適性を消す手段って無いの!?」

「消すって勿体なくない? あーしだったらそれを使って稼ぎまくるけどな~」


「僕は名声も金も力もいらないんだよ。平穏無事にニートであり続けられればそれで満足なんだ」

「前から思ってたけど、そのニートってなに? アタシその言葉には不穏な匂いを感じ取ってるんだけど」


 不穏とはなんだ、不穏とは!

 ニートは世界で最も世界平和に貢献しているピースフルな職業なんだぞ?


 出世競争もしなければ、学歴マウントだったり年収マウントもとらない。

 子供どころか、交際相手すらいないから余計なしがらみも一切無い。

 全世界の人々が、皆ニートになれば世界の無駄な争いはすべて消えてなくなると、識者の間ではもっぱらの話題だ。


「まぁそこはいいじゃん。それで? 消す方法は無いの?」


 とそこで、リルリアが僕の耳元に口を近付けて来た。


「アタシの黒魔法の適性が消せなかったんだから、そんなのある訳ないでしょ?」


 なるほど、確かに。そう言われればそうだな。

 王族が国家の力を使っても消せなかったのだ。

 そんな手段はまず存在しないと見て間違いないかも。


 てことは僕はこんな厄介な地雷魔法を死ぬまで抱えていなければいけないって事!?

 あまりにも最悪すぎる。


「脳みその一部を切り取ったら何とかならないかな?」


 この世界にロボトミー手術があるのかは知らないが、そんなマッドな研究もきっとどこかでされているだろう。

 今の僕はもうそれに縋るしか道は残されていない!


「いやどんだけ嫌なの!?」


 同じく魔法の存在に苦しめられてきたリルリアは僕に同情的な視線を向けてくれるが、シルハはこいつ何言ってんの?という目で僕を見ている。


 取り敢えず、魔法適性の除去は難しいという事が分かった。

 ならここは僕が時の魔法使いであるという情報が広まらないよう祈るしかない。


「二人共、この情報は秘密で頼む。僕は、自由に生きて死んでいきたいんだ」


 二人は僕の言葉に神妙に頷いてくれる。


 はぁ。

 魔法が使えたら楽しいだろうなと思って魔法の教授をしてもらったのに、どうしてこんなことになるんだろう。

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