第17話 住人が増えました

「いやー、助かったよシルハ」


 衛兵所という警察署的な場所に連行されていた僕とリルリア。


 確かに途中からはお肉を早く焼きたいと思って、火を大きくし過ぎたかも。

 そう心の中で反省していたら、たまたま買い物中だったシルハが僕達に偶然気が付いた。


 冒険者協会第九位の名声は衛兵にも轟いているらしく、九位の知人ならば見逃してやるとなり僕達は無事解放されたのだ。


 凄い! 九位の力を以てすれば、街中でキャンプファイヤーしても許されてしまうんだね!


 それにしてもまた牢屋にぶち込まれる所だったよ。

 この世界に裁判というものは存在しないのだろうか。


「別にそれはいーけど。二人共何をしでかしたの?」

「ちょっとバーベキューをしてたら火が大きくなりすぎちゃってね。キャンプファイヤーみたいになっちゃったんだ」

「バーベキューでキャンプファイヤーレベルに火を起こしたら、それはもう火事じゃね?」


 そうとも言えるかもしれない。

 僕達は少しお腹が減りすぎていて、正常な思考が働かなくなっていたのだ。

 あれだけ大きな火を見ても、おお!これで肉がもっと美味しくなる!としか考えていなかった。


「にしても二人共、家買ったんだね。おめでと~」

「ありがとうシルハ。でもね、せっかく買ったのに、レンジとお風呂が壊れてたのよー」

「あぁ、買ったばかりだとそういう事あるよねー。――……そうだ!」


 シルハはパンと手を叩き、僕達の顔を見る。


「あーしも二人の家に住んでいい? お金なら払うからさ」



~~~~~~



「――ここがトイレで、あっちがお風呂。で、二階はまだ五部屋空いているから、その内の好きな所使って?」


 シルハを連れて我が家に帰って来た僕達。

 今日からはシルハもここの住人だ。


 一階の大きな部屋はご主人様という事で僕が貰っていたし、階段を上がってすぐの部屋は既にリルリアが確保している。


 いやー、それにしてもナイスアイディアだよシルハ。

 どうやって不労所得を得ようかと悩んでいた僕の悩みを、こうも簡単に解消してくれるとは。

 伊達に九位じゃないね。


 こうして空いている部屋に誰かを住まわせれば、その下宿代で僕達は生活できる。

 リルリアのお給料だってそこから払えちゃうのだ。

 下宿、まさにニートになるには打って付けの商売じゃないか!


「でもなんでシルハはここに住むことにしたの? 元々別の国で活動してたんだよね?」


 乗合馬車に乗っている時に聞いた話では、シルハはここロージの西にあるラズールという国でずっと過ごしていたんだそうだ。

 それなのに何故下宿までしてロージに滞在しているのだろう?


「なんだか九位っていう肩書にビビって、宿の人とかウザいくらいにサービスしてくんのよ。あーしは普通で良いって言ってんのに勝手にスイートルームにされるし、可愛い少年ボーイを専属として付けてくるしでもう大変なの」


 まぁ一桁ナンバーってこの世界のスーパースターらしいからね。

 そんな対応されるのもしょうがない気がする。

 でもそれがウザいっていうシルハの気持ちも何となく理解できる。


「それに、ちょっと因縁のある相手がこの国にいてね。大丈夫、二人には迷惑かけないから」


 シルハにしては珍しく険しい表情。

 どうやらそこに他人が入り込む余地などないようだ。


「よっしシルハ! アタシ達が手伝ってあげるわ! 同じ屋根の下に住む者同士やっぱり協力し合わないとね!」


 と思ったら、リルリアが思いっきり首を突っ込んだ。


 嘘だろこいつ!?

 こんなに他人には口出しされたくありませんオーラだしてる人間に、なんでそんなずけずけと協力するだなんて言えるんだよ!


 君、元とは言え王女だよね?

 人の感情くらい読み取ろうよ。そして空気を読んで!


「ははは。大丈夫だよ。気持ちだけもらっておく。あーしは奴を……この手で殺さなきゃ気が済まないんだ」


 なんとも物騒な話だ。

 一体過去にその人物と何があったというのか。


 星の数ほどいる冒険者のなかで第九位という栄光を勝ち取っても尚、そこまで恨み続ける相手。

 どうやらシルハとその相手の因縁はマラリア海溝よりも深いらしい。


「だ、だったらその相手との間に何があったのかだけでも教えて?」


 リルリアも鬼気迫ると言った様子のシルハを見て、これは只事では無いと察したのだろう。

 少し怖がりながらも、勇気を出してその因縁について尋ねる。


「まぁ話くらいなら良いよ。あれはそう……あーしがまだ五才の時だった」


 そしてシルハは、ゆっくりと語りだした。


「あーしはまだ小さかったから夜眠る時はお気に入りのウサギさんのぬいぐるみを抱いていないと眠れなかった。だから当然、あの日もあーしはウサギさんのぬいぐるみを抱いて寝ていたんだ」


 ……一体ここからどう因縁に結び付くのだろう。

 まだ語り出しとは言え、ウサギさんのぬいぐるみの話しかしていない。

 突然一家虐殺される展開にでもなるのかな。


「しかし! 翌朝目が覚めると、ウサギさんのぬいぐるみは突如として消えていた!」


 いきなり大声をあげたシルハの喋りに、ビビりなリルリアがビクッとする。

 なんでもない話の最中に突然大声を出して怖がらせるのは、怪談話を語る上での必須スキルだ。


 さてはシルハ。この話をするのにかなり慣れているな?

 話の緩急の付け方といい、声の強弱といい、とても即興で出来るクオリティではない。

 きっと酒場とかで、鉄板トークとしてよく披露しているに違いない。


「そ、それで、どうしてウサギさんのぬいぐるみは消えていたのよ?」


 僕達のリアクションを眺めてなかなか語りを再開しないシルハに、リルリアは耐えきれなくなり続きをと促す。

 シルハはそれを聞き、ゆっくりと首肯。


「ウサギさんのぬいぐるみのあった場所には一枚の紙が置いてあったの」

「て、手紙ですって!?」


 もうリルリアは手紙というワードだけで怖がり始めている。

 完全に怪談話を聞いているノリだ。

 まぁこれに関しては、そういう喋り方をしているシルハが悪いのだけど。


「そこにはこう書いてあった。『あなたのウサギさんは私が頂きました。by怪盗ラビット』と……」


 なんだか思った以上にふわっとした展開で話が着地したな。


「つまりは、シルハの因縁の相手ってのは、そのぬいぐるみを盗んだ怪盗ラビットってこと?」

「そうだよ!」


 そうだよじゃない、そうだよじゃ。 

 殺さなきゃ気が済まないなんて言うから、てっきり親の仇とかそういったダークなものを想像していたのに、ぬいぐるみが盗まれたってなんだよ。


「あーしは、あーしのうさちゃんを盗んだ奴をぶっ殺さなければいけないの!」

「それはやり過ぎじゃない!?」


 確かに人のものを盗むのはいけない事だが、それで殺されるのでは釣り合いが取れていない。


「全然やり過ぎじゃないし! あーしはそのためにここまで強くなったんだもん!」


 怪盗をぶっ殺すために九位にまでなったの!?

 それは凄い執念だね……。


「なんて恐ろしい話だったの……!? 全く、人の大事なぬいぐるみを盗むだなんて酷い人もいるものね。これは明らかに死刑が妥当だわ」


 リルリアもそっち側!?


「あーしの最初の親友だったうさちゃんを奪い去った奴には正義の鉄槌を!」

「正義の鉄槌を!!」


 二人して拳を高く掲げている様は、まるで宗教のよう。

 『オール・ハイル・ブリタニア』や『ジーク・ジオン』という言葉がよく似合いそうだ。


 おかしい、異世界ではぬいぐるみを盗めば死刑が妥当なのか?

 まさかやり過ぎだと思う僕の方こそがおかしい?


 二人を見ていると、段々分からなくなってきた。

 やはり異世界はどこか狂っている。


「あーしは秘密裏に、その怪盗ラビットがここロージにいると言う情報を手に入れたの。だから、それが解決するまではここにお邪魔させてもらうからね」


 世界のスーパースターである一桁ナンバーが、そんなくだらないことに注力していても良いのだろうか。


 そうは思うものの下宿代を払ってくれると言うのなら僕に是非は無い。


 こうして、僕達の家にシルハが住み着いたのだった。

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