第16話 食事

 支部長に百万ゴールドを支払い、念願のマイホームを手に入れた僕達。

 家に戻る前に布団や歯ブラシなど生活に必要な物を揃えようということで、支部長がお勧めしてくれた商店にやって来た。


「うわぁ、いっぱいあるわねー」


 まずは料理に使う包丁を買おうということで包丁売り場にやって来たが、あまりにもその種類が多い。

 長さも、太さも、切れ味も、価格も。

 一体どれを選べばいいのか見当も付かない。


「まぁリルリアの好きな奴を選びなよ。料理するのは君なんだから」

「………………え?」


「いやなにその驚きの顔。メイドさんなんだから料理くらい作ってよ」

「いやいやいや、冷静に考えてちょうだいご主人様。メイドさんはお部屋のお掃除とかご主人様の身の回りのお世話とかをするのよ? 料理はシェフがやるに決まってるじゃない」


 このメイドは一体何を言っているのだろう。

 僕達の仲間のどこにシェフがいるというのか。

 もしやこいつ、仲間が欲しすぎて幻覚でも見えてるんじゃ……?


「リルリア……もしかして君、料理できない?」

「当然でしょ? アタシは元とは言え、王女よ? 包丁なんて危険なもの、持たせてもらえる訳がないじゃない!」


 周囲にいる客に聞かれないよう、王女の部分だけ超小声で言うリルリアの表情は真剣そのもの。

 まさか自分が料理をさせられるなんて夢にも思っていなかったようだ。


「……今日の料理は僕が作るけど、いずれはリルリアに全部作ってもらうからね?」

「はぁ!? 嘘でしょ? アタシが料理? ……いや無理無理無理。まな板が料理の中に混入しても知らないわよ?」


 まな板が料理の中に混入ってなに!?

 それはもはやわざとやっているでしょ!

 普通料理をしていて、まな板を切り刻むシチュエーションなんて存在しないよ! 


「取り敢えずこの安い包丁を一本買っていくか。必要になったらまた買いに来ればいいよね」


 考えてもよく分からなかったので、僕は一番安かった包丁を買い物カゴに入れる。

 するとリルリアが商店の向かいにあったお肉屋さんを指差して言った。 


「アオ! 今日はステーキにしましょう、ステーキ! 乗合馬車では硬ったいパンと干し肉しか食べられなかったじゃない? 今日くらい豪勢に良いお肉を食べましょうよ」


 ステーキか。悪くないね。

 それなら料理の腕なんて必要無いし、味も最低限保証される。


「よっし、今日はステーキだぁー!」 

「やったぁーッ!!」



~~~~~~



「「………………………」」


 生活必需品をある程度揃え、お肉やら調味料やらを買って僕達はマイホームに帰って来た。

 お腹も空いたし、早速ステーキを食べよう。

 そうしていざステーキを焼こうとなった今。

 ある重大な問題が発覚した。


 火が、出ないのである。


 異世界のキッチンには、魔法で火が噴き出るガスレンジのようなものが置いてあった。

 通常ならば、市販されている魔力が充填された魔物の核をレンジにセットするだけで火が噴き出るハズなのだ。


 僕達も先程の商店で買って来た核をレンジに取り付け、スイッチを入れた。

 が、まるで火が出る気配が無い。


 もしかしたら核が不良品だったのかもと思い、他の核も試してみるが全滅。

 ここに来て、僕達はようやくレンジそのものが壊れている事に気が付いた。


「くそ、台所の水はちゃんと出てくるのにどうして火は出ないんだよ!」


 いくらステーキが料理下手でも美味しく作れる簡単料理だからと言って、火が無ければ流石に作れない。


 ……今日の晩御飯も干し肉かな?


「アオ! 大変! お風呂も水は出るんだけど、お湯は出ないみたい!!」


 なんだって……!?

 僕がずっと楽しみにしていたお風呂までお預けだなんて、神は僕達を見放したのか!?


「ちなみに、これ全部を直すとすると、いくらくらい掛かると思う?」

「うーん……コンロは比較的安く手に入れられると思うけど、お風呂の方はちょっとかかりそうかな。どう見ても特注の作りだし。多分だけど……百万はいくんじゃないかしら?」

「ひゃ、百万!?」


 この家を買った値段と同じじゃないか!

 ちくしょう、支部長の奴! これを知ってて僕達にこの家を売ったな?


 何故こんな良い家が百万ぽっきりなのだろうとずっと思っていたが、まさか住むためにはさらに百万掛けないといけない詐欺物件だったとは!

 もしかしたら他にも不備が見つかるかもしれないし最悪だ。


 はぁ、僕はもう疲れたよ。

 勉強代だと思って、今日は大人しくまっずい干し肉を食べて眠ろう。

 そしてお金の事は明日起きたら考えようじゃないか。


 僕達の手持ちじゃ明らかに足りないし、また依頼でも受ける羽目になるだろうが、こればっかりは仕方ない。

 千里の道も一歩からと言うように、ニートの道も一歩からだ。

 これも輝かしいニート生活を送るための修行時代と思えば、気持ちも楽になる。


 …………いややっぱ無理!


 僕は働きたくないんだ。そして危険な目にも遭いたくない!

 そう一人理想と現実のギャップにもがき苦しんでいると、リルリアがこんな提案をしてくれた。


「マッチならあるんだし、玄関先でキャンプみたいに火を起こしてバーベキューしましょうよ」


 それだ!!



~~~~~~



 パチ パチパチ パチ

 適当にそこらの木の枝をへし折って集め、そこにマッチで火を灯すと一気に炎が大きくなった。

 どうやら木の枝が十分に乾燥してくれていたらしく、少し枝を追加するだけでも充分なくらい火は大きく燃え広がる。


 僕らは燃えないよう火から少し離れた所に枝を固定しそこに肉を突き刺す。

 こうすれば自然と肉が炙られていくだろう。


 うーん、食欲を誘ういい匂いだぁ。


 お肉には包丁で切れ目を入れ、そこに塩コショウを混ぜ込んだ。

 なんの素材で出来ているかよく分からない異世界産の謎のタレも用意したし、準備は万端。

 後はこんがりとお肉が焼けるのを待つだけ。


 強いて言えば、ここにご飯があれば最高だったのだが、ロージではパン食が基本らしくお米は入手できなかった。

 だがロージからさらに南下した所にあるヤンドラッドという国では主食が米と聞く。

 いつかお米を輸入出来たら嬉しいなぁ。


「アオ! このお肉焼けたわ! ……多分!」


 生まれて初めてのバーベキューだったのだろう。

 リルリアは火を着け始めてからずっと、何も言わずただ火を眺め続けていた。

 お肉を焼き始めてからは、何度もお肉を裏返したりポジションを変更させたりして一秒でもお肉が早く焼けるよう忙しなく働いていた。


 そんなに張り切って頑張ってくれたのだ。

 一番肉の栄誉は君に譲ろうじゃないか。


「うん、ちゃんと焼けてるね。リルリア、先に食べて良いよ?」

「え? いいの!?」


 リルリアは一応メイドとして、僕に優先して肉を渡すべきだと考えていたのだろう。

 あれだけ肉を管理しておいて、僕にわざわざ報告したのがいい証拠だ。

 しかし僕もそんなもの欲しそうな目をしているリルリアを制してまで、肉が早く食べたい訳じゃない。


 肉は、皆で仲良く食べましょう。

 それが僕の家の家訓だった。

 ふざけているような家訓だが、お肉を仲良く分け合って食べられないようじゃ真に絆のある家族とは言えないのだ。

 父さんがよくそう言っていたのを覚えている。


 リルリアはお肉に思いっきり噛り付き歓声をあげる。


「おいひぃ~!」


 手足をばたばたさせて、まるで子供みたいな喜びようである。

 そんな様子を眺めていた僕にリルリアが気付いた。


「な、なによ! そんなにじろじろ見て。あ、分かった。やっぱりアオもお肉食べたいんでしょ? もう仕方ないな~」


 リルリアは手に持っていたお肉をそのまま僕の口元に持って来る。

 そしてあの伝説のセリフを口にした。


「はい、あーーん」



~~~~~~



 買ったお肉を全て食べ尽くし、バーベキューの後片付けをしていると、何故だか衛兵さんが三人がかりで僕達の元にやって来た。


「……どうしたの? 何か事件?」

「引っ越し早々事件だんて、怖い所に越してきちゃったものね~」


 衛兵さん達がぞろぞろとやって来た理由が他に思い当たらない僕達は、一体どんな恐ろしい事件が発生したものかと身を震わせる。


 殺人? 強盗? テロ?


 そんな頭にはてなマークを付けた僕達に、衛兵さんの一人がため息を付きながら言った。


「ご近所さんから苦情があったんだ。街中でキャンプファイヤーをしている変人がいるって。どうやら君達の事だったようだね」


 詳しい話は衛兵所で聞かせてもらう。


 衛兵さん達はそう言うと、僕達を有無も言わさず連行していった。

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