第15話 一週間前のレクリア

一週間前

「陛下! 緊急のご報告です!」

「なんじゃ、申してみよ」


 王は焦った様子の衛兵を頬杖をつきながらつまらなそうに眺める。

 近くにいる王女もどうせ大したことではないのだろうと、仕事を再開する。


「勇者が、脱獄いたしました!」


 しかし衛兵のもたらした情報は想像以上に重大だった。

 王は眉を顰め、不愉快そうに言う。


「儂は勇者を殺せと言った。にもかかわらず、貴様ら衛兵は奴を殺すどころか、傷一つ付ける事も出来なかった。そうじゃな?」

「そ、その通りでございます……!」


「その次は脱獄を許しただと? 貴様ら国家反逆罪で殺されたいのか!?」

「も、申し訳ございません!!」


 報告に来た衛兵は頭を床に擦り付け、なんとか許しを得ようとする。

 しかしそれを見ても王の気持ちは収まらない。

 王はきっぱりと言った。


「もうよい。過ぎたことはどうにもならぬ。一先ず貴様は死刑じゃ。次にこんな失態を犯されてはたまらん」

「そ、そんな――! 私はこれまで国の為に多く貢献してきました。どうかご慈悲をッ!」

「国の為ぇ? なにを勘違いしておる。貴様ら衛兵は王である儂のために働き、儂のために死んでゆくのだ。いてはそれが国のためになる。じゃから貴様は国のために死ね!」


 あまりにも横暴な王の言葉に言葉を失くす衛兵。


 昔はこんな事を言う人物では無かった。


 王は国のために身を粉にして寝る間も惜しんで働いていた。

 そんな誰よりも国を愛し、国のために行動する人物だったからこそ、前国王も国王を後継として指名したのだ。

 そして偉大な王の姿を見て、民もそれに倣い国のために頑張ろうという気になった。


 それがいつからだっただろう。

 王が民たちの声に耳を傾けなくなったのは。


 いつからだっただろう。

 王が血税を使って私腹を肥やし始めたのは。


 王の指示で王城は必要以上に改築されたし、絵画や壺と言った美術品も国民から強制的に徴収した。

 愛妻家であったはずなのに気が付けば愛人は二桁にも上り、その愛人たちも税金で好き放題している。


 ――もはや私の忠誠を向けるべき相手はここにはいない。


 衛兵はこの国を棄てる事を決意した。

 この国を出て行き、一人、旅にでも出よう。


 だがまずはここから逃げ出さなければいけない。

 衛兵は周囲を見回し、脱出ルートを考える。

 他の衛兵を呼ばれる前に行動を起こさなくては――。


 しかしその前に王女が言った。


「お父様。その衛兵、どうせ捨てるならわたくしに頂けませんか?」

「……構わん。ただし二度と儂の前にその顔を出させるな」

「勿論でございます。ほら、早く部屋から出て行きなさい。そして後でわたくしの書斎に来るのよ」


 衛兵はなんとか見逃してもらえたのだと察し、深く安堵した。

 そのまま王と王女の気が変わらない内にと、そそくさと部屋を出て行く。


「奴を使って何をするつもりだ?」


 王は王女が何かしようとしている事を察していた。

 だが何をするつもりなのかまでは分からない。


「勇者を追ってみようと思います。せっかく召喚したのですから、有効に使わなくては勿体無い。そうでしょう? それとも、見つけ出したら殺した方がいですか?」

「……いや、好きにするがよい。儂は勇者への関心などとうに無い。育ってしまえば厄介だが、召喚したばかりの勇者はただの人にすぎん」


 そう言って王は従者を伴い部屋を後にする。

 恐らく、最も寵愛している愛人の元にでも向かったのだろう。


 しかし王は気付いているだろうか。

 自身の発言の矛盾に。


 ただの人に過ぎない勇者が、衛兵達をして殺しきれない。それどころか傷も付けられなかったのだ。

 これが果てしてただの人と言えるのか。


 王は勇者の価値に気が付いていない。

 王女はそう結論付ける。


「待っていなさい勇者。必ずわたくしのモノにしてみせるわ。そしてわたくしは――――」



~~~~~~



 トントン


 勇者を探し出す計画を一人練っていると、誰か来たようだ。


 王はノックなんかしないし、兄弟たちも同じ。

 恐らくメイドか執事だろう。


「どうぞ~」

「失礼いたします。至急お耳に入れたいことが……おや? 陛下はこちらにはいらっしゃいませんでしたか」


 入って来たのは家令の男だった。

 どうやら王に報告があったようだが、あいにくと王はいない。


 だがこの家令のここまでの慌てようを見たことが無かった王女は、気紛れに何があったのか尋ねる。


「一体どうしたのですか? なにか問題でも?」

「ロザリアーナ様。実は……リルリア様が城のどこにもいらっしゃらないのです」


 リルリアが!?


 そんな事は今まで一度も無かった。

 彼女はあの魔法が発覚してからは、ずっと城の中に閉じ籠っていたからだ。

 少なくともここ十年は外へ一歩たりとも出ていないハズ。


 あの運にも魔法にも恵まれず、人生に絶望し切っていた妹が城を突然一人で抜け出したとはとても思えない。

 それに、そもそもあの子はいつも自ら牢屋の中に引き篭もっていたではないか……牢屋!?


 ――……もしや勇者が何かしたのだろうか?


 思い返せば、妹は昔から勇者の物語が大好きだった。

 もし偶然牢屋で勇者と出会ったら、それにノコノコと付いて行ってしまっても不思議ではない……?


「なにか書き置きのようなものは無かったのですか?」

「いえ全く。世話を任せられていたメイドがリルリア様がお食事を摂られていない事に気付き、事態が発覚しました」


 ……現状では情報が足りない。


 勇者に付いて行ったというのが可能性としては一番高いが、断定はできない。

 これは勇者捜索の予定を早めた方が良いかも。


 召喚されたばかりの勇者はともかく、リルリアは黒の魔法使いだ。

 一体どんな厄介事が起きるか分からない。


「よく分かりました。お父様にはわたくしが直接伝えておきます。それと、リルリアの失踪について他に誰にも言っておりませんか?」

「ええ。それを知ってすぐにここに参りましたので」


「そうですか。では今後もこの話は誰にも漏らさないように。これは王女としての命令です。メイドにもそう言っておきなさい」

「……かしこまりました。私もメイドも、リルリア様の失踪について誰にも話しません」


「よろしい。では下がりなさい」

「ハッ。失礼いたしました」


 勇者召喚の儀を行ってから、少しずつ王女の計画は崩れていっている。

 それは王にとっても同じことかもしれないが、王女にはこれが良くない事の前触れではないかと思えてならない。


 だが――――――


「……待ってなさいリル。今お姉ちゃんが探しに行くからね」


 今は、今だけは……一人の姉として妹を心配させて欲しい。

 そう思う王女だった。

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