第12話 僕のメイドさん

 洞窟の奥へ奥へと走っていると、大きな広間のような空間に出た。


「どうやらここで行き止まりのようね」

「うん、ここで戦うしかないみたいだ」


 僕達はもうこれ以上逃げ場がない事を悟り、広場の中央で足を止める。


 さて、リルリアには勢いで攻撃は僕が引き受ける!とか言ってしまったわけだが、果たしてチキンハートの僕が身を挺してリルリアを庇う事なんて出来るだろうか。


 奴の使う火球を出す魔法は、火というだけあってとても怖い。

 どうしても火を見ると、反射的に避けたくなってしまう。


 しかしここでそれをしてしまうと、間違いなくリルリアはキレる。

 なんとかしないとな……。


 ここまで一緒に居て、リルリアとも大分仲良くなってしまった。

 彼女が傷付くところなんて、僕は見たくない。


 ドスン ドスン ドスン


 僕達が通って来た道からようやく甲冑騎士がやって来た。

 どうやらまだ僕らを敵として認識しているらしい。

 僕達の姿を見るなり、一直線にこちらへと向かってくる。


「アオ、約束通りアイツの攻撃はアンタに任せたわよ? アタシが、奴を倒して見せるから」

「任せてくれ。敵は頼んだ」


 僕はそう言うなり、リルリアに思いっきり抱き着く。

 彼女の小さな身体を包み込むように全身をくっつけて。


「ちょ、ちょっ!? え!? なに!? なにが起きてるの!? なんでアタシ抱き着かれてんの!?」


 いきなりの僕の抱擁にリルリアは顔を真っ赤にして混乱している。


 すまない、いくら考えても僕は奴の魔法に飛び込むなんて真似は出来そうにないんだ。

 だからリルリアに攻撃がいかないよう、こうして全身を僕の身体で覆い尽くすしか手が思い付かなかった。

 あとこの状態なら騎士の姿が見えないから、攻撃が来ても怖くない。

 おまけに僕は美少女のリルリアに抱き着けてハッピー。


 ……おや? これは完璧すぎる名案だったのでは?

 しかしそんな僕の煩悩をリルリアに悟らせるわけにはいかない。

 僕は極めて真剣な声色を作り、そしてリルリアに言う。


「僕を信じろ、リルリア。奴の攻撃は全て僕が受け切って見せる。だからこのまま君は奴に攻撃を仕掛けるんだ」

「……わ、分かったわ。アオを信じる」


 リルリアは目を閉じ、すぅーっと息を大きく吸う。

 そして全力で集中し始めた。

 自分から抱き着いておいてなんだけど、よくこの状態で集中できるな。


 すると、僕達が攻撃を仕掛けようとしているのを肌で感じ取ったのか。甲冑騎士はこちらに攻撃をしてきた……と思う。

 僕は完全に騎士に背中を向けているから、何となく音で判断するしかない。


 多分騎士は、先程以上に多くの魔法を僕らに向かって放ってきている。

 が、残念だったな。僕のチートは君程度では破れないよ。


 それにしても、視界に映らなければ怖くないと思いリルリアに抱き着いたが、何も見えないというのはそれはそれで違った恐怖が湧き出て来てかなり怖い。

 早くなんとかして、リルリア!


 そしてこの甲冑騎士。

 騎士の格好をしている癖に魔法攻撃しかしてこないな。

 なんて騎士道精神の欠片も無い奴なんだ。そんなんじゃ騎士失格だぞ? 騎士なら騎士らしく剣一本でかかってこい!

 まぁ魔物相手にそんなこと言っても仕方ないか。


 と、ここでリルリアの閉じていた目がカッと開く。

 そして左手を僕の背中に回して抱き着きを強め、右手を甲冑騎士の方に向けて叫ぶ。


「死ねッ!!!」


 その言葉を言い放った瞬間、甲冑騎士からの攻撃はピタリと止まった。


「やったか!?」


 無意識の内にフラグを立てるような事を言ってしまったが、待っても待っても甲冑騎士が動き出す気配はない。


 ふぅ、良かった。

 なんとか倒せたか。

 そう安堵のため息をついていると、


「――……ね、ねぇ、いつまでこの態勢でいるの?」


 魔法を放ったからか、少し息が切れた様子のリルリアが僕にそう言ってくる。

 凄い、顔が真っ赤だ。


「あぁ、ごめんごめん」


 流石にずっと抱き着いているのは僕も恥ずかしい。

 サッとリルリアから離れる。


「あ……。別に離れろなんて言ってないじゃない(小声)」


 甲冑騎士の方へ視線を向けると、着ていた甲冑は辺り一面に飛び散り、中身の肉片もそこら中に散乱していた。

 なんてグロい……。

 乗合馬車の時も思ったけど、リルリアの魔法えげつなすぎない?


「コホン。どう、アオの命令通り倒してやったわよ!」

「流石はリルリアだ! 僕は信じていたよ!」

「……でも、酷い惨状でしょ?」


 僕はその言葉にコクリと頷いて返す。


「アタシの魔法はこういう魔法なの。丁度良いから、アンタには話しておくわ」


 そう言ってリルリアは少し悲しそうに語り始めた。


「この世界の魔法使いは、皆使える属性が限られているの。火魔法が使える人は火魔法だけ。水魔法が使える人は水魔法だけ。ごくまれに複数属性が使える人もいるけど、あれは例外ね」


 複数属性の魔法使いとか絶対カッコいい!

 どうせ二重属性ダブルとか呼ばれてるんだろ?

 くぅっ! 僕にも魔法の適性があったりしないかな!?


「そしてアタシが使える属性は黒。黒の魔法だけが唯一使える魔法なの」

「へぇ、白魔法とかもあるの?」

「それはないわ。回復魔法とかはあるけれど、黒だけは特別なのよ」


 特別?

 ヤバい、中二心がくすぐられる。

 僕も黒の魔法使いになりたい!


「黒の魔法は、生物、無機物問わず、何かを破壊することだけに特化している。魔法を行使すればさっきの魔物みたいに身体が粉々になるし、魔法が暴走すれば自身や周囲の身体を傷付ける」

「それは……カッコいいね」

「ふふ、なにそれ。そんなの初めて言われたわ」


 まさか僕のメイドさんがそんなカッコいい魔法使いだったとは。


「黒の魔法使いが生まれるのは凡そ百年に一度。同じ時代に黒の魔法使いは二人と現れないそうよ」


 ますますカッコいい。

 てことはリルリアはレア中のレアな希少能力を持っているという事?

 これはニートのお世話係にしておくのは勿体ないな……。

 いやこの程度でニートになるのは諦めないけどね?


「そして黒の魔法使いは一貫して、人々から疎まれ続ける運命にある。そりゃそうよね。だっていつその危険な魔法が自身に向けられるかも分からないもの」


 なるほど、それでリルリアも同じように疎まれ続けて来たということか。


「もしかしてリルリアは魔法が暴走して実の母親を――?」


「んな訳ないでしょ! ちょっと、やめてくれる!? 洒落にならない事を真顔で言うの!! アタシのお母様は病気で亡くなったの! アタシのせいじゃないから!」


 良かった。

 リルリアにそんな思い過去があったらどうしようかと思ったよ。

 何も気にせず彼女と接するべきか、それとも彼女の過去に最大限配慮して接するべきか。

 小心者の僕はずっと悩み続ける所だった。


「実はアタシ、レクリアの元第二王女だったのよ? リルリア―ナ王女殿下、そう呼ばれていたわ。でもこの魔法が知られてからは、アタシは居ないものとして扱われた」


 レクリアって僕を召喚したあの国だよね?

 王女様だったとはビックリだな……。


 それにしても、たかが魔法一つで実の娘を居ないものとして扱うとは、あの国の王は本当にとんでもない人物だったようだ。


「どう、ビックリしたでしょ? アタシを解雇したくなった?」


 リルリアはそう言って、やはり悲しそうに僕を見る。

 ちょっと前までは僕に絶対に付いて行くと断言していたのに、このタイミングでそれを聞くか。


 どうやらこの王女様はかなりのお人好しらしい。

 自身が傷付く事なんて分かっているだろうに、わざわざその危険性を僕に教えるだなんて。


 だが僕を舐めないでもらいたい。

 僕は人類の最底辺、ニートを目指しているのだ。

 その程度の事で人を見限ったり、ましてや偉そうに講釈なんて垂れる訳が無い。


 僕は寿命で死ぬまで弱者であり続けるし、寿命で死ぬまで弱者の味方でもあり続けるのだ。

 それが謎の人物にチートを貰った者としてのせめてもの義務だろう。


「せっかく王女様だったのに、そんな魔法が発現するだなんて……リルリアは本当に運が悪いな」


 僕はいつものように笑いながらリルリアに言う。

 リルリアはそれを聞き泣きそうな顔をして頷く。


「でもね、僕と出会えたのは本当に運が良い」


 その言葉に、リルリアはパッと顔を上げ僕の目を見る。


「だって、僕は絶対に傷付かないからね。僕相手になら魔法が暴発する心配なんてしなくても良いし、なんなら僕相手に魔法の練習をしたって良い」


 僕はそう言ってリルリアの手を握る。


「もう一度言おうリルリア―ナ。君に、僕のメイドさんになって欲しい」 


 リルリアはもう涙が止まらなかった。

 赤ん坊みたいに思いっきり泣きじゃくり、鼻水もダラダラに流す。

 そしてそのまま僕に抱き着きながら、声をあげて泣いた。


 暫くそのまま為すがままに抱き着かれていると、リルリアは嗚咽を堪えながら言った。


「なる。アタシ、アオのメイドさんになる。ぐすっ、もう離れてやんないんだからね? アンタに、付いて行くわ……一生」


 一生!?

 ちょっとそれは聞いてないよ!?

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