第11話 初めての依頼

 僕とリルリアは、支部長から任せられた依頼を遂行すべく、街外れにある森の中へとやって来ていた。


「こんな洞窟にホントにいるのかしら。ヤバい魔物なんて」


 洞窟を外から眺めながらそう嘆息するリルリア。


 支部長が言うには、僕達の目の前にある洞窟の中に、誰も手に負えないような怪物級の魔物が生息しているそうだ。

 その魔物は決して洞窟からは出ず、洞窟内に侵入してきたものをただひたすら攻撃する。

 もしかしたら何か重要な物を守っているのかも、と支部長は言っていた。


 これまでも多くの冒険者が討伐に挑み、そして敗走してきた。

 幸いなことに、洞窟内にいる魔物はその怪物級の一匹のみらしく、逃げおおせるのはそう難しい事ではないらしい。

 そのおかげで今の所死人は出ていない。

 だが街からそれほど距離が離れていない事もあり、国としてもなるべく早く討伐したいのだとか。


 支部長は当初、この依頼をシルハに任せようとしたがもう疲れたから寝ると言って断られてしまったそうだ。

 そこで次に白羽の矢が立ったのが僕というわけ。

 B級冒険者に認定したばかりだが僕の力ならきっと……ということでこの依頼を持ち掛けてきたらしい。


 ……いや僕攻撃できないのに一体どうやって倒すんだよ。

 そう思ったが、たとえ倒せなくても報酬は出すと支部長が言ったので、僕達は渋々ここまでやって来た。


 まぁどんなヤバい魔物だろうと僕は死なないし、もしかしたらリルリアの魔法で簡単に倒せちゃうかもしれない。

 リルリアは唯一死ぬリスクがあるが……彼女は逞しい女の子だ。

 きっと自分の身は自分で何とかするだろう。


「それじゃ洞窟に入ろうか」



~~~~~~



 洞窟の中は光源がなく、とても暗い。

 空気もじめじめとしていて、僕が持つ松明の明かりに照らされた岩壁には虫やら昆虫やらがうじゃうじゃいた。


「ひゃっ! キ、キモ過ぎる。アタシ虫とかダメなタイプなんだけど!」


 それは困るな。

 僕のメイドさんとして、家に湧いた虫は一人で対処してもらわなくちゃいけないと言うのに。


 洞窟の奥に進むと、狭かった道が少しずつ広くなってきた。

 天井にはコウモリがわんさかといるし、地面にはネズミのような小さな生物が凄い勢いで駆けていく。

 一体どれだけの生き物がこの洞窟にはいるのだろう?


 冒険者協会からの情報では、魔物はヤバいやつ一匹だけとの事だったが、小市民の僕からしたら魔物も小動物も大した違いなんてない。

 どちらも僕より強いし、危険な生き物たちだ。


「ねぇアオ。アタシもう無理。気絶しそう。今すぐ帰らない? こんな不気味なところにいる魔物なんて絶対に碌なもんじゃ無いって」

「奇遇だな。僕も同じこと考えてたよ。どうやらこの先にいるやつは僕達の手に負えない奴みたいだ。まだ戦ってもいないのにこんなにも僕達の気勢を削ぐとは。……早く宿に行ってお風呂入りたい」


 こんな不気味な洞窟からは早く帰りたいと、僕達の心は珍しく一つになる。


 もう依頼の事なんてもうどうでもいい。

 そう思い、来た道を戻るため僕達は足を止め後ろを振り返る。


 すると――――――


 ――――そこに、奴はいた。


 全身甲冑の騎士みたいな姿をしたそいつは、いつの間にか僕らのすぐ近くに立っていた。

 振り向くまでまるで気が付かなかった……!


「キャッ!」


 あまりにも気配のしなかったその存在にリルリアはあからさまにビビり、そして僕の後ろに隠れる。


 いや僕を盾にするのはやめてくれる?

 確かに僕ほど盾にぴったいな人間なんてそうは居ないと思うけど、盾にされる側の気持ちも考えてもらいたい。


「は、はろー? ナイストゥーーミ―チュー?」


 知らない人に会ったらまず挨拶。

 その事を両親からたたき込まれていた僕は、とっさに甲冑騎士に向かって挨拶を繰り出す。


 さて、甲冑騎士の反応は――? 


 数秒待ってみるも、騎士はピクリとも動かない。


 それを見てどこか安心したのか、リルリアは僕の背中に隠れるのをやめ、騎士の甲冑をつんつんと人差し指でつつく。


「び、びっくりしたぁ。こいつなんなの? 凄い不気味なんだけど。……ていうかアンタもなに得体のしれないものに挨拶してんのよ!」


 僕の頭をスパンと殴るリルリア。

 ふっ、効かん!


 しかし突如騎士が動いた。


「キャーッ!」


 再び僕の後ろに隠れるリルリア。

 いい加減僕を矢面に立たせて、自分はなんとか助かろうとするのはやめて欲しい。


 ギギギギギギギギ


 騎士は僕達に向かって、右腕を挙手するみたいに目線の高さに上げた。

 油を差していないのか、甲冑からは嫌な音が立っている。


「ほら、挨拶を返してくれた! やっぱり挨拶は万国共通のコミュニケーションツールなんだ。挨拶さえしておけば、どんなヤバい奴だろうと友達になれる!」


 僕はハイタッチしようとしてくれている騎士の右手に自身の手のひらを合わせようと背伸びをする。


 この騎士、身長が高いな。

 あと……もう少しで、ハイタッチが出来る。


 その瞬間に騎士は行動を起こした。


 ボォッ


 騎士の手のひらから突如繰り出される火球。

 それはハイタッチしようとしていた僕の手のひらに見事命中し、そこを中心として小さな爆発が起こる。


 ドガァァァアン


「だ、大丈夫!? アオ!?」

「……なんとかね」


 当然僕はチートのお陰で無傷だったが、友達になれたと思った騎士から攻撃を受けたのだ。

 僕の心の方は無傷とは言いがたい。


 くそ、せっかく友達になれたと思ったのに!


 今度は両手を僕らの方に向ける騎士。

 そして両方の手のひら。それぞれから先程と同じような火球を連続して放った。


「うわわわわわ! うそだろ!?」


 運動神経の無い僕はその火球を避けるなど出来るはずも無く。

 ことごとくが体に命中し、その度に僕は悲鳴を上げまくった。


「うわっ」「いたい!」「死んじゃう!」「助けて」


 チートがあるので、決して痛かったりするわけでは無いのだが、どうにもチートが無かった時の感覚が抜けない。

 どれだけ意識しても、反射的にこうした情けない声が出てしまう。


「……いやそんなこと言って無傷じゃんアオ。一体どんだけ頑丈なの、アンタ?」


 僕の背中に隠れて騎士からの攻撃をやり過ごしていたリルリアは、そう言って僕にジト目を向けてくる。


 いや仕方ないじゃん。

 僕は強心臓ならぬ弱心臓なのだ。

 ダメージは受けないと頭では分かっていても、心までは制御できない。


「よし、攻撃の手がやんだ! 今の内に逃げよう!」


 僕はリルリアの手を掴み、必死になって甲冑騎士の反対方向。洞窟の奥へと走り抜ける。


「アオならあのくらい倒せるんじゃないの!?」


 僕に手を引かれ懸命に走るリルリアが叫びながら僕に問う。


 倒せるだって!? とんでもない!

 僕があんな頑丈そうな甲冑を着た騎士にダメージなんて与えられる訳が無いだろ!?

 あんな金属の塊をパンチしたら骨折れるわ!


 僕に出来るのは奴の攻撃をビビりまくりながら受ける事と、逃げる事だけ。


「奴からの攻撃は僕が引き受ける。だからリルリア! 君が奴に攻撃を仕掛けるんだ! 今はそれしか方法がない!!」

「で、でも! アタシの魔法だとアイツに効くか分からない! それに多分アイツが依頼の魔物よ!? これまでB級の冒険者でも歯が立たなかった魔物にアタシの攻撃なんて……」


 なるほど。

 てっきり僕はこの国の騎士がなにか重大な勘違いを起こして僕達に攻撃を仕掛けて来たのだと思っていたが、件の魔物だとすれば話は通る。


 なんだ、あれ魔物だったのかよ……!


 異世界の魔物事情に詳しくない僕では、どうやら魔物と人の区別も付けられないらしい。


「大丈夫だ。君なら出来る!」

「でも、もし魔法の制御に失敗したら――」

「失敗なんてするものか。僕は君を信じているし、君の魔法も信じている。君も……君のご主人様である僕を信じろ」


 リルリアが何とかしてくれないと、僕達は一生この洞窟から出られない。

 奴に僕が負ける見込みはゼロだが、勝てる見込みもゼロ。

 早く宿を取ってお風呂に入りたい僕には、もうリルリアの魔法に頼るしかすべはないのだ。


 そんな僕のまるで中身のない薄っぺらい発言を受けたリルリアは、何故か急に決意を決めてくれたらしい。


 先程までのあわあわしていた弱気な表情から一変。

 キリッと視線は鋭く、覚悟を決めた戦士の顔に。


 僕の後ろに隠れていただけの女の子リルリアはもういない。

 そこには僕なんか及びもしないような魔法使い、リルリアがいた。


「はぁー。全く、人使いの荒いご主人様ね。でも任せなさい! アナタのメイドであるこのリルリア―ナが、見事窮地を救って見せるわ!!」

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