第8話 冒険者協会

 ドラゴンとの戦いから一週間が経ち、僕達はようやく目的地であったロージという国に辿り着いた。

 ドラゴンに襲来されたことでリルリアの不運も使い切ったのか、あの後は魔物に出会う事も無く極めて平和な馬車の旅であった。


「ほら、行くよ二人共。冒険者協会はあっちだから」


 僕とリルリアの手を引き、冒険者協会なる場所へ連れて行こうとしているのはギャル冒険者……もといシルハさん。

 なんでもドラゴンを追い返した際の報告を冒険者協会にしなければいけないらしく、現場にいた僕達にも一緒に付いて来てほしいとのことだった。


 当初はめんどくさいから断ろうと思ったいたが、シルハさんによると報告するだけでもかなりの報酬が見込めるらしい。

 金欠な僕らは、その話を聞きすぐに冒険者協会行きを決断した。


「ついでだから二人も冒険者として登録しちゃいなよ。強いからすぐ一流の冒険者として食っていけるようになるよ?」


 その言葉はありがたい。

 だが僕は、冒険なんて危険なマネは絶対したく無いのだ。

 安全に、自堕落なニート生活が送りたい。


「アタシはちょっとやめておこうかな。あ、でもアオは登録しなさいよ? お金稼がなくちゃいけないんだから」

「え? 僕が? お金ならメイドのリルリアが稼いでよ」


 何故僕が働かなくちゃいけないのか。

 せっかくなんでもしてくれるメイドさんがいるのだ。有効活用していきたい。


「残念、メイドさんはメイドさんの仕事しかしませーん。それにアタシ、メイドさんになるのは了承したけど、奴隷になるとは言ってないからね? ちゃんとお給料払いなさいよ?」


 な、なにぃ~!?

 お給料だと? 僕が? 君に払うの?


「なに衝撃の事実発覚!みたいな顔してんのよ。当然のことでしょ? ちなみにここ一週間分のお給料もまだ未払いだから忘れないでよ?」


 本気で言ってるのか、この女!?

 君ずっと馬車に乗ってただけで、何もメイドさんらしいことしてないじゃないか!

 それなのに、給料が発生する?

 あぁヤバい、頭がクラクラしてきた。

 僕は未だ一文無しだというのに……。


「え、二人ってそんな関係だったの? もしかしてアオってお金持ちのお坊ちゃん?」


 僕の年でお付きのメイドさんがいるというのは珍しいのだろう。

 シルハさんは僕をお金持ちの家の子だと勘違いしている。


「いや……お金なんて持ってないよ。ていうかむしろ、たった今借金が発生した所だ」


 リルリアのせいでな!


「そ、そうなんだ。大変だね……」


 そうこう話していると、お目当ての冒険者協会が見えて来た。


「あそこ! あのむっさい男共がたむろしている建物が、冒険者協会だよ~?」

      


~~~~~~



 冒険者協会に入ると中には屈強な男達が多く詰めていた。

 雑談に興じている者、武器を磨く者、酒を煽る者。

 過ごし方は様々だが活気に満ち溢れている。

 しかし僕達が歩くと、少し、また少しと雰囲気が変わっていった。


「おい、まさかあれ九位か?」「なんでこんな所に?」「九位がガキ連れてなんの用だ?」「噂通りいい女じゃねーか」「俺は隣りにいる子の方がいいかな」「げっお前ロリコンは犯罪だぞ?」


 先程までの騒がしさは一気に鳴りを潜め、皆が僕達……いやシルハに注目していた。


「九位ってシルハ、一桁ナンバーだったの!?」

「そうだよー。最近なったばかりだけどねー」


 リルリアの言葉に軽いノリで返しているが、一桁ナンバーというのは凄まじい。

 馬車に乗っている時に聞いた話によると、冒険者協会は世界中にその拠点がある、世界で最も有名な組織らしい。

 当然、その構成員である冒険者も世界中にいて、この世界の凡そ三割もの人がそこに籍を置いているというのだから驚きだ。


 この世界には日本で言う免許証やマイナンバーカードといった身分証は数が少なく、身分証が欲しくて冒険者として登録する人がほとんどのようだが、それでもこの数は異常と言える。

 そんな中での九位という数字。

 これがどれだけ凄いことか、僕にも容易に理解できる。

 つまりこのギャル冒険者、シルハは世界で九番目に強いと言っても過言ではないのだ。


 まさかこのギャルがそんなヤバい人だったなんて……。

 シルハは自身が注目されているのに気付いているだろうに、周囲の目を一切気にせず、一直線に受付へと向かう。


「支部長はいる~? あーし、シルハが重要な報告をしに来たって伝えてくれるかな?」



~~~~~~



「なるほど、ドラゴンか。それは大変だったな。しかし流石は九位だ。まさか単身でドラゴンを追い返すとは!」

「違う違う。あーし一人じゃなくて、この三人でだって。特にこっちのアオはドラゴンを片手で跳ね返すし、会話も出来るんだよ?」

「……いくら九位の発言だろうと、ドラゴンと会話できると言われてもなぁ。それにこの少年がそこまで強いとは流石に信じられん」


 シルハが支部長に会いたいと伝えると、すぐさま僕達は支部長室に通された。

 そして筋肉ムキムキな禿頭の支部長にドラゴンと出会った経緯について話すと、支部長は渋い顔。

 どうやら僕がしたことが嘘くさく感じているらしい。


 うん、そうだよね。

 僕だって、第三者の目から見たら信じられないもん。

 だが残念ながらこれは真実だ。

 僕はドラゴンを跳ね返したし、会話もした。そしてニートになりたい。

 あ、ニートは今関係なかった。


「まぁあーしは支部長が信じようが信じまいがどっちでもいんだけどね。という事でちゃんと報告はしたし、お金ちょーだい?」

「うむ、ドラゴンと出会ったのは真実であったようだし、撃退したのも間違いない。九位が提出したドラゴンの目は貴重なものだ。報酬の方は期待してくれていい」


 そう言えば、シルハはドラゴンの右目を潰してたな。

 あれをずっと持ち歩いていたのか。


 シルハと支部長の反応を見るに、ドラゴンの素材はやはり貴重なものらしい。

 まぁドラゴンなんて戦える人間がかなり限られているし、ドラゴンと出会うのもなかなか苦労しそうだもんね。


 ……僕も貰ったウロコ売ろうかな?

 僕は懐に入れておいたドラゴンのウロコを目の前に机に置く。


「僕もこれ売りたいんだけど、買ってくれる?」

「なっ!? まさか、これはドラゴンのウロコか!?」


 支部長は僕の差し出したウロコを上から、そして横からじっくりと観察する。


「……間違いない。それもかなり大きい」

「あれ? そのウロコってドラゴンから里へ来るときに使えって貰ったんじゃないの? ここで売っちゃって大丈夫なわけ?」


 横からリルリアが口を挟んでくるが今は無視。

 そんな約束僕が守る訳がないだろ?


 そもそも、僕は言ったじゃないか。冒険なんてしないと。

 ドラゴンの里に行くとか間違いなく冒険だ。それも命懸けの。


 僕はそんな命の危機に陥るようなハプニングなんて求めていない。

 山も無く、谷も無い。

 そんなぬるま湯にずっと浸かったまま死んでいきたいのだ。


「まさか……本当に君はドラゴンと戦う力を持っているというのか?」

「だから最初からそう言ってんじゃん。あ、そうだ! この子の冒険者登録してあげてよ。あとかなり強いからあーしの推薦で認定戦受けさせてあげて」


 いや、僕はまだ冒険者になるなんて一言も言っていないのだが……?

 リルリアとシルハのせいで僕の意思など関係なしに、冒険者への道が開かれていってちょっと怖い。


 てか、認定戦ってなに?

 もしかして冒険者ってランク付けみたいなのされるの?

 僕、攻撃力皆無だから戦っても絶対に勝てないよ?


 しかしそんな突然戦わされそうになってビビりまくっている僕を置いて、とんとん拍子で話は進んでいく。


「ふむ、九位の推薦ならば申し分ない。ならばいきなりだがB級の認定戦を行うとしよう」 

「え~? ドラゴンを片手一本で跳ね返すんだよ? A級でも良いと思うんだけどなー」

「それは流石に無理だ。うちにはオレ以外A級はいない。そのオレも前線から退いて長いからな。出来てB級の認定までだ」

「あ~、推薦者は認定戦の相手しちゃダメなんだっけ? もうー、まどろっこしいんだから」


 支部長はシルハの言葉に苦笑いを浮かべながら、上着を脱ぎ捨てる。

 そして僕を見て言った。


「少年。君の力はオレ自らが確かめてやろう!」



 ……いや僕、冒険者になんてなりたくないんだけど!? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る