第7話 ドラゴン

 突進を仕掛けたドラゴンも、まさか僕みたいなひょろひょろの小僧にその攻撃を防がれるとは思わなかったのだろう。

 一度跳ね返されても、二度三度と何度も同じ突進を繰り返した。

 そしてその度に僕のチートに跳ね返される。


「僕を倒そうと思ったら、その十倍は強くならないとね」


 チートがあるとは言え、巨大なドラゴンが何度も突撃を仕掛けてくるのはかなりの恐怖。

 僕は怖すぎて心臓が張り裂けそうになっているのを誤魔化すため、敢えてドラゴンを煽る。


「アオってこんなに強かったの……? さ、流石は勇者ね」


 僕の後ろでは、恐怖で腰を抜かしたリルリアがポカーンとした表情で僕を見ていた。

 くそ、僕だって腰が抜けそうなのを踏ん張ってるのに、一人で楽になりやがって!


 ドラゴンは僕に自身の攻撃が効かない事をようやく悟ったのか、攻撃の手をやめた。

 そしてゆっくりと口を開く。


『小さきものよ。貴様何故我ら種族の言葉を話している?』


 ドラゴンが喋った!?

 確かに物語でドラゴンが喋るのは定番だが、こうして現実に話されると違和感が凄い。


「もしかして私達に何か語り掛けている?」


 しかしリルリアはそんなドラゴンの言葉を理解できていないようだ。

 不思議そうにドラゴンの言葉を反芻している。


「ぎゃ? ぎょあ? ぎゃおーん?」


 多分それじゃ何も伝わらないよ……?

 しかし何故ドラゴンの言葉が僕には理解出来て、リルリアには理解出来ないのだろう。


 ……もしや僕の秘めたる力が覚醒した?

 僕の前世が伝説のドラゴンだったという可能性も捨てきれない。


 ――……いや、あれかッ!

 完全に忘れていたが、謎の人物に僕は貰っていたではないか。言語理解という謎チートを!

 そう言えばあれもれっきとしたチートだった。


 だから僕はドラゴンの言葉を自然と理解し、話していたのか。

 ドラゴンの言葉が分かるのがチートのお陰と知り、納得したような、ちょっぴり悲しいような、そんな複雑な心境だ。


「僕は、ある人に君達の言葉を教えてもらったんだ」


 教えてもらったというか、植え付けられたというか。まぁそんな所だ。

 ある人と言うのは当然、謎の人物。

 あの人も不思議な人だよね。

 姿は見ていないけど、やっている事はまるで神だ。


『ふむ、人間に我らの言葉を話す者が出るのは五百年振りのことだ。普通は体の造りがあまりにも違うから、人間には発声することすら困難なのだぞ? 貴様に教えた者が何者かは知らぬが、我らは最長老からこう言われている。我らの言葉を話す異種族と出会ったら、必ず里に連れてこいと。小さきものよ。今から貴様を我らが里に連れて行こう』


 里に連れて行くだって!?

 おいおい、勘弁してくれよ。

 僕は君一人と会話してるだけでも失禁しそうなくらいビビってるんだぞ?

 それなのに、僕を君たち化け物の総本山に連れて行くとか……僕をショック死させる気か?


「ごめん、今はちょっと他に用事があってね。用が済んだらお邪魔させてもらうよ」


 噓である。

 用事なんてないし、ドラゴンの里に行くつもりも毛頭ない。

 僕は平和にニート生活がしたいだけなのだ。


『そうか、それは仕方が無いな。ならばそうしてくれ。ほれ、我のウロコを貴様にやる。これを持って我らが里を訪れれば、面倒なく里に入れる』


 そう言ってドラゴンは自身のウロコを一枚ブチッと剥がし、僕の目の前に落とす。


「そうなんだ。ありがとう。それじゃおいおい伺わせてもらうよ」


 ドラゴンなんて長寿の代名詞みたいなものだ。

 きっと彼らにとってのおいおいなんて数百年は後のことだろうし、その頃には僕も寿命で死んでいる。

 だから里に行くのをうっかり忘れてしまってもなにも問題は無いはずだ。


「そう言えば、なんで僕達を襲ってきたの?」

 

 こうして魔物と戦わされ、ドラゴンと会話しているのも、元はと言えばこのドラゴンが僕達を襲ってきたから。

 しかしこんなにも知性を感じさせるドラゴンが何の理由もなく人を襲うだろうか。

 何か深い理由わけがあるのではと思い、僕はドラゴンに訊ねる。


『なに、強そうな者の気配を感じ取ったからよ。我らが種族は強き者が大好きでな。強き者とは戦ってみたいし、なんならその者の子を産みたいのだ』


 なんだその理由は……。

 そんな理由で僕らは皆殺しにされかけたのか?

 強者と戦いたいというのは百歩譲ってまだ分かるとして、子を産みたいってなんだよ。発情期なの、もしかして?


「それで、彼女はどうだった? 大分いい勝負をしていたと思うけど」


 僕は離れた所でこちらをポカーンとみているギャル冒険者を指差す。

 僕とドラゴンが戦うのをやめ、コミュニケーションを取り合っているのを見ていつの間にか大技とやらの準備はやめたらしい。


『うむ、なかなか良かったぞ。あの者の子なら我が産んでやってもいい』


 おお! かなりの高評価だ。

 ギャル冒険者もドラゴンにその実力を認められて、鼻が高いだろう。後で、この事実を是非本人に教えてやらなくては。


 しかし……ギャル冒険者は女の子だよ?

 人間の女の子の子供をドラゴンが産むって、それ一体どうなってるの?


「君って女? それともドラゴンは男でも子供を産めるの?」

『はっはっは。我らドラゴンには性別などという軟弱な縛りは無い。我らは誰もが子を為そうと思えば為せる。……ふむ、そう言った意味では、我らは全員女とも言えるかもしれぬな』


 へぇ、そういうものなのか。

 やっぱり人間とは全然違うんだね。


「ちょっとアオ! アンタばっかり喋ってないで、アタシにも通訳しなさいよ! てかなんでドラゴンと会話できるの!?」


 僕の後ろに隠れてずっと腰を抜かしていたリルリアも、ようやく喋れるくらいにまで回復したらしい。

 僕の肩を掴み、ぐわんぐわんと揺さぶりながら通訳を求める。


「そうそう! あーしも何言ってるのか教えて欲しーい。君の言葉はあーしにも理解できるけど、ドラゴンの言葉はマジわからんから」


 ギャル冒険者もドラゴンを警戒したまま、慎重にこちらに向かって歩いて来た。

 なるほど、周りから見れば僕の言葉はドラゴンにも人間にも理解できるようになっているのか。

 流石はチート能力。なんでもありだな。


「要約すると、あなたの強さに惚れた。子を産ませてくれ、だって」


 僕はギャル冒険者にドラゴンの言葉をそう伝える。


「こ……子供ッ!?」

「このドラゴンも女の子みたいだけど、それでもちゃんと子供は作れるから安心して欲しいって」

「そ、それも女!? そんな……あーしまだ彼氏もデキたことないのに、いきなりプロポーズ!? それもドラゴンから!?」


 どうやらギャル冒険者はあまりにも突然の状況変化に付いていけていないようだ。


「アタシは? アタシにはなんか言ってないの? その美貌に惚れた。宝をやる、とか」


 ドラゴンに人間の美醜なんて分かるのだろうか。

 分かったとしても、いきなり宝をやるはないと思うな。


「特に何も言ってないね」

「何ですってぇ!? ムキー! ドラゴンのお宝欲しかったのに!」


 さっきまでドラゴンに恐怖して震えていた人物とは思えない。

 やはり女の子は逞しい。


『さて、強き者とも戦えたし我は満足だ。里に戻らせてもらおう。小さきものよ、くれぐれも里に来るのを忘れるでないぞ? あぁそれと、そこの強き者にも伝えておいてくれ。我と子を為す気になったら、小さきものと一緒に里に来いと』


 ではさらばだ。

 ドラゴンはそう言い残し、空へと飛び去って行った。


 くれぐれも里に来るのを忘れるでないぞ……か。

 うん、嫌なことは全て忘れてしまおう。


 冷静に考えてこんなことある訳がないじゃないか。

 ドラゴンと会話し、そして何故か里に招待を受ける。

 きっとこれは夢だ。それか幻。

 この件で後々なにか問題が起きたら、またその時に考えればいいよ。未来の事は未来の僕が何とかしてくれる。


 僕はドラゴンが飛び去った空を呆けながら眺めている二人に言う。


「馬車に戻ろうか。色々妨害があったせいで、出発してからちっとも進めてない」


「「ドラゴン襲来を色々なんて言葉で流すなぁッ!」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る