第3話 檻の中からの脱出

「出せー! ここから出してくれー!」


牢屋に入れられて一夜が明けた。

 僕は一晩中こうして叫び続けているが、誰も相手にしてくれない。


 何故だかいつまで経っても声が枯れる事も眠くなることも無いので、無限に騒ぎ続けられる。

 恐らく寿命が尽きるまで健康状態を維持するというチート能力が働いてくれているおかげだと思うが、あまりにも体調が万全な状態が続くので自分でちょっと怖くなってきた。

 ヤバいこれ便利すぎ。


「僕をこんな所に閉じ込めて良いと思っているのかー! 日本の人権団体が黙っちゃいないぞおー!」


 しーーーーん


 やはり誰も反応してくれない。

 精一杯叫び続けるのにもいい加減飽きて来たし、いよいよ脱出の手段を考えた方が良いかもしれないな。


 と、そんな事を思っていると、


「ちょっと隣りのアンタ! どんだけうるさいのよ! アンタのせいでアタシは一睡も出来なかったじゃない!!」


 僕の入っている独房の隣りから女性の声が聞こえて来た。


 え、お隣さんいたの?

 石でできた壁に囲まれていたせいでまるで気が付かなかった。


「あ、どうも初めまして。昨日越してきた瀬川です」

「あらどうもご丁寧に……っじゃなーい! 挨拶なんていらないのよ! ここは独房よ!?」


 それは知っているが、あまりにも一方的に叫び続けるのに疲れた僕は人とのコミュニケーションに飢えているのだ。ちょっとくらい会話に付き合って欲しい。


「アンタ独房に入ってからずぅぅっと叫び続けてるじゃない! うるさくてたまんないのよ! こっちはそのおかげで寝不足だし……。これでお肌に悪影響が出たらどうしてくれるの!?」


 独房にいるような囚人がお肌を心配してもどうしようも無いと思うのだが……。


「快眠したいと言うのなら、僕をここから出すんだな」

「なんでそんな偉そうなのよ、罪人の癖に!」


 罪人? 僕は罪なんて犯していない。

 ただあの傲慢な王のわがままでここにぶち込まれただけだ。


「僕は無実だ。あのクソ王に殺されそうになったから抵抗したら、ここにぶち込まれたただの一般庶民なんだよ」

「一般庶民? 王に殺されそうになって生き延びたのだとしたら、とても一般庶民とは思えないのだけど」

「ちょっと体が人よりも頑丈なだけだ」


 全く、僕を召喚したのはそっちだと言うのに、少し非礼をしただけで殺そうとするなんて……。

 この世界の人間は頭のネジが数本ぶっ飛んでいる。


「待って、昨日王と会う機会があった貴族でも何でもない一般庶民って……もしかしてアンタ勇者なの?」

「違うよ」


 隣りの住人は僕を勇者だと推測したが、僕はそれを即座に否定。


 僕別に強くないし……。そして正義感もゼロだ。

 勇者としての資質は無いに等しい。


 それにあの謎の人物も、僕の事を勇者として異世界に送るなんて一言も言っていなかったしね。

 多分勇者と言うのは君達の勘違いだ。


「いえ、そうに違いないわ。昨日は一日中勇者召喚の儀式で城中が大騒ぎだったもの。なるほど、アンタがそう……」


 隣りの住人は僕の言葉を当然のように無視し、僕が勇者であると勝手に結論付ける。


「でもなんで勇者のアンタがこんな独房に閉じ込められてんの?」

「それはこっちが聞きたいよ」

「ふーん、まぁそれはどうでもいいか。――よっし! 気が変わったわ! アンタをここから出してあげる」


 いや出してあげるって、君も独房に閉じ込められてるじゃないか。

 自分で外にも出られないような人間が、一体どうして僕を外に出せると言うのか。


「あ、その反応。さては信じてないわね~? ふっふっふ、このアタシがただの囚人な訳がないでしょ?」


 囚人は囚人だろう。そこに上も下も無い。


 ガチャ


 そんな鍵の開錠音のような音が聞こえる。そして暫くすると、僕の入っている牢屋の前に女の子の姿が現れた。


 ウソでしょ!?


「やっほー勇者。どう? イメージしていたよりもずっと美人でしょ?」


 どうやって牢屋から脱出したというのだろう。僕がどれだけ檻を叩いてもびくともしなかったのに。

 目の前に立つ彼女に対する疑問は尽きない。


 声を聞く限り、この女の子が先程まで僕と会話していた隣りの住人で間違いない。

 確かに、想像以上の可愛さだ。自分で言うだけのことはある。

 顔に少し幼さは残っているものの、整った顔の造形はまるで人形のよう。

 独房に居たというのに何故か整っているウルフカットな髪も、その美しさを引き立たせるのに一役買っていた。 


「90点て所かな?」

「はぁ? 女の子に点数を付けるとか、勇者はデリカシーってものがないの?」


「いや僕勇者じゃないし」

「はいはい。そう言っていれば良いわ。それで、どう? アタシとここを出る気はある?」


 ここを出れるのならそれに越したことはないが、何故君も同伴?


「ここから出してあげる条件として、アタシが勇者に呈示するのは一つ」


 条件か。

 やはりタダで僕を助けてくれるとかそういった美味しい話ではなかったようだ。


「アンタの冒険にアタシも連れて行きなさい! これを吞んでくれれば、勇者は晴れて自由の身よ!」


 ……僕は冒険するだなんて一言も口にしていないのだが。

 彼女はどうして僕が冒険するものだと確信し切っているのだろう。僕は外に出てもニートになるだけだよ?


「別に冒険するつもりはない」

「別に良いわ、それでも! アタシは勇者と行動を共にできれば、それで満足よ!」


 それなら……別に良いかな?

 僕を勇者と信じ切っている彼女には申し訳ないが、僕はいずれニートになる男なのだ。

 きっと自堕落なニート生活をしていれば、彼女も僕に愛想を尽かしてどこかへ消えてくれるだろう。


「あ、僕からも条件を出していい?」

「……助けてもらうってのに随分態度がデカいわね、勇者。まぁいいわ! アタシは器が大きいの。ほら、言ってみなさい?」


 僕は真剣な表情を作り、彼女に言った。



「君、僕のメイドさんになってくれない?」

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