第2話 異世界召喚
「おお、成功だ!」「なんと、まさか本当に成し遂げて見せるとは……!」「流石は姫様です」
謎の人物の投げやりな、いってらっしゃいの言葉と共に失った意識が徐々に覚醒する。
どうやら先程までの真っ白な空間ではなく、どこか広い部屋に僕はいるらしい。
僕の周囲を取り囲む多くの人間が、僕に奇異の目を向けてくる。中には剣を僕に向けているものまでいた。一体これはどういう状況だ?
「静まれぃッ!!」
低い男性の声が部屋中に響き渡ると、それまでざわざわと騒がしかった室内がしーんと静まり返る。
僕のいる位置より一段高い所で、偉そうにイスにふんぞり返っているのを見ると、この人物がここに居る中で一番偉いようだ。
そしてそんな偉い男のすぐ近くにいた男が、僕を見て言う。
「ふむ、とても強そうには見えませんな。これが本当に一騎当千の
……それ人違いですね。
一騎当千なんてとても僕に当てはまる言葉ではない。僕はアリも殺せないような心優しい男だぞ?
「古文書の通りに儀式は行いました。彼は間違いなく伝説の勇者です!」
僕の一番近くに居た可愛らしい女の子が、嫌味を言う男にそう反論する。
間違いなく伝説の勇者って……間違いなく間違ってるよ?
確かに異世界召喚された人間が勇者として迎え入れられるのは物語の定番だが、それは英雄志望だったり正義感のある人間が召喚されたから成り立っているだけだ。
僕のように、自分以外の人間がどうなろうと知ったこっちゃない一般人がその立場になっても、お互い損しかしない。
と、ここで先程部屋中を静まり返らせた偉い人物が口を開いた。
「小僧、貴様名をなんと言う?」
「いや、普通名前を尋ねる時はまず自分から名乗るよね?」
僕のその言葉で、周囲がまたざわざわと騒ぎだす。
「貴様陛下になんて口の利き方を!」「処刑だ、こんな奴処刑にすべきだ」「お、お待ちを。まだ彼はここに来たばかり。状況が理解できていないのでしょう」「普通なんとなく察したりするものだぞ。こいつは絶対に馬鹿だ。ここで殺すべきだろう」
あ、ヤバ、口に出ちゃってた?
僕はたまに考えている事がそのまま口に出てしまう悪癖がある。どうやら今回も無意識の内に言葉にしてしまっていたらしい。いやぁ、参っちゃうよね。
ていうか国王? このおっさんが?
……もしかしたら僕は今かなり不味い状況に追い込まれてるのでは――?
「ほっほっほっほ。元気のよい若者じゃのぉ」
しかし殺気立つ周囲とは裏腹に、心底おかしそうに笑いだす国王。
おや? これは持ち前の度量の深さで不問としてくれるパターンかな?
なんだ、傲慢そうだけど結構いいところあるじゃん、国王。
部屋中に響き渡る大声で国王は笑い、そして突然スンと真顔になった。
「――殺せ」
『はっ!』
!? ウソだろ!?
てっきり許してくれるパターンだと思ったのに、普通に国王は僕の処刑を決断。
その言葉で衛兵のような者達が、剣をこちらに向けじりじりと近寄って来る。
「お待ちを、お父様! せっかくの勇者召喚を無駄にするおつもりですか!?」
どうやら可愛らしい女の子は国王の娘であったようだ。
お姫様は僕の身を案じて……ではなく、勇者召喚とやらがせっかく成功したのだからと僕の処刑を思いとどまらせようと進言する。
「いくら強者だろうと、王に逆らうものはいらぬ。殺せ」
しかし娘からの進言も国王には届かない。
王はそう衛兵に言い放ち、自らは従者と共に部屋の奥へと消えていく。
僕への興味は失せたという事か。それとも人殺しの現場を見るのが嫌だったのか。
どちらにせよ、今の僕は大ピンチ。
さっき死んだばかりだと言うのに、もう二度目の死を迎えそう。
「貴方達! 剣を下ろしなさい! 彼はこの国を救う英雄なのですよ!?」
そうだそうだ言ってやれ!
英雄ってのは完全に勘違いだが、僕はここで死ぬわけにはいかないのだ!
「申し訳ございません姫。王の命令が最優先でございます」
衛兵達は綺麗にフォーメーションを組み、僕を絶対に逃がさないよう取り囲む。
そして一番ガタイの良い男が僕の目の前に一人やって来る。
「悪いな少年。王の命令なのだ」
そう言って手に持っている剣を頭の上に振りかぶり、僕に向かって振り下ろす。
シュンッ
うわ、僕また死んだ………………あれ? 痛みがいつまで経ってもやってこない。
もしや目の前の衛兵さんが思いとどまってくれたのかもと思い、視線を向けてみる。
が、そういった訳では無いようだ。
剣をコツコツと叩いて、僕が生きているのが心底おかしそうに首をひねっている。
「もう一度!」
衛兵はそう言って剣を再び振るう。
シュンッ カン
今度は目を見開いていたらよく見えた。
衛兵の剣は確かに僕の頭上に直撃したが、何故かそれが弾かれている。頭に痛みはまるで無いし、衝撃も全く感じないしで本当に意味不明だ。なにこれ?
『言ったでしょう? あなたの望みが叶うように祈っておくって』
この声は、謎の人物!
どうやら謎の人物はあの白い部屋にいなくとも、僕に語り掛ける事が可能らしい。当然のように僕の脳内に直接語り掛けてきたからかなり驚いた。
でも僕の望みってなに?
『あなたの望みは寿命まで生き抜く事。それが叶うように私は軽く祈っておきました』
なるほど。そりゃあんなにぽっくり死んじゃったらねぇ。
僕の深層心理が生きたいと願うのも納得だ。
『なのであなたは寿命が尽きるまで、基本的に何をされてもケガを負いませんし、病気にもなりません。ただ健康に人生を全うできます』
それはかなりのチート能力なのでは!?
絶対に怪我をしないって、言わば最強じゃん。僕を誰も傷付けることは出来ないし、
ヤバい、超カッコいい!!
『それでは説明も済みましたし、私は去ります。次は寿命を終えた後にお会いしましょう』
いやぁなんだかんだ言って、結局謎の人物はチート能力をくれたね。
うんうん、こういうのが欲しかったんだよ。これならこの世界でも充分に生きていけそうだ。
ありがとう謎の人物!
僕は心の内で謎の人物に感謝の言葉を送ると、僕を見て呆然としていた衛兵たちを見回し言う。
「僕を傷付けることなんて君達には不可能だ」
本当は誰にも出来ないのだが、暗に君達の実力不足と煽り、突如殺されそうになった鬱憤を晴らす。
さて、取り敢えずこんな場所からはおさらばしよう。国王がアレじゃ、ここに居ても碌なことにはならない。
そんな僕の意思を察したのだろう。
姫は慌てたように僕に言う。
「勇者様。申し訳ございません。お父様も決して悪気があってこうしたのではないのです。どうかこの国の為に、そのお力をお貸しください」
いや、悪気なく処刑されてたら堪ったもんじゃないよね。
とてもじゃないが、僕はこの国のために働く気なんて起きない。……いやそもそも自分のためにも働く気が起きないな。
さっきまで普通の高校生だったのだ。まだ社会人として働く覚悟は出来上がっていない。
この世界にどんな仕事があるのかはまだ分からないが、きっとどれも碌でも無いものばかりだろう。
よし、決めた。僕のこの世界での目標。それは――ニートになることだ!!
ニートならば働くことも学ぶこともしなくて済む。僕はぐうたらと自堕落な生活をして死んでいきたい。
さて人生の目標も定まった所で、さっそくこの場を離れるとしよう。
それが夢のニート生活への第一歩だ!
「僕の邪魔をする奴は、死ぬよ?」
そうカッコよく衛兵たちを脅し、出口に向かって歩き始めるも、衛兵たちは僕を取り囲んだまま。どうやら取り押さえるつもりのようだ。
「全く、仕方ない。死にたい奴からかかっておいで。すぐに楽にしてあげるよ」
完全にブラフだ。僕に人を殺す覚悟なんて無い。
アニメの登場人物みたいに、首筋をトンとやって気を失わせていくことにしよう。それなら時間もかからないし、大した労力にもならない。
僕の言葉を聞き、必死の形相で一斉に僕に襲い掛かって来る衛兵達。
皆、殉職覚悟で王の命令を遂行しようとしているらしい。あんな王だと言うのに見上げた忠誠心だ。
だが向かってくる敵に情けは不要。僕はチート能力の保持者なのだ。こんなところで、ザコ相手に苦戦するわけが無い。
僕を倒したかったら魔王でも連れてくるんだね。
僕は首筋に手刀をトンとやるため、サッと襲い掛かって来る衛兵の背後をと――れない。衛兵が凄い勢いで振って来る剣を避け――れない。
ヤバい、冷静に考えたら僕のチート、ダメージ無効以外対して使えなくね?
身体能力が上がる訳でも、頭が良くなる訳でも、魔法が使えるようになる訳でもない。ただ、ダメージを受けないだけだ。
攻撃手段が……全くない!
マズい、このチート全然役に立たないぞ。
今更ながらにようやく気付いた自身のチートの弱点に焦りを感じるももう手遅れ。
僕はそのまま為す術もなく衛兵達に取り押さえられ、牢屋にぶち込まれた。
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