勇者として召喚されたけどニートになる~防御チートを貰いましたが攻撃性能皆無でまるで役に立ちません~

蒼守

第1話 僕は死んでしまったらしい

瀬川青せがわあおさん。あなたは――――普通に死にました」


 何もない真っ白な空間。

 気が付くと僕はそんな所にいた。

 そしてどこからともなく聞こえてくる女の人の声。

 瀬川青は僕の名前だが、その後の言葉の意味がよく分からない。

 普通に死にました……か。


「いや普通に死にましたって何!?」


 冷静にゆっくりと謎の人物から発せられた言葉の意味を考えるも、まるで理解不能だった。

 僕はまだこうして生きているし五体満足だ。そもそもまだ十七歳だから死ぬには早すぎる。


「言葉の通りです。あなたは電車でいつものように学校に向かう途中……普通に死にました」


 こいつ僕を普通に死なすことに拘りすぎじゃない?


「いいえ、私はただ事実を述べているだけです。あなたは突然の心臓麻痺でぽっくりと逝きました」


 ナチュラルに僕の心を読むなよ。

 っていうかこの一面真っ白な謎空間と言い、心を読む謎の人物と言い、これは夢か?

 しかし夢にしては突拍子がなさすぎるような……。


「では現在のあなたの身体の状況を見せてあげましょう」


 その言葉と同時に僕の視界には電車の風景が流れ出す。

 いつも僕が通学に乗っている電車だ。

 通勤、通学の時間帯という事もあり、電車内は非常に混雑している。


 そんな中、席に座っている僕の姿を発見。あぁ、寝ちゃってるよ。まぁ昨日は夜遅くまでゲームをやってたからな。


「寝ているのでなく、死んでます」


 僕は右隣りにいる五十代くらいのおじさんの方に頭を傾けていて、おじさんはとても迷惑そうしていた。

 くそ、僕のバカ! 左隣なら可愛い女子大生のお姉さんだったのに、何故おじさんの方に体を預けてるんだ。逆だろ普通!


 しかしこれが死んでいるだって?


 僕はさらに眠っている僕に近付く。


 今の僕は誰にも認知されず、自由自在に飛び回ることが出来た。人の身体を通り抜ける事だって可能だ。

 流石夢。なんでもありだな。

 僕は自分自身の身体を入念に確認する。


「息してない……」


 息だけではない。瞳孔だって開きっぱなしだし、肌もどんどん青白くなっていっている。


「これで分かったでしょう? あなたは普通に死んだのです。短い生涯、お疲れさまでした」


「あ、はいお疲れさまでした」


 ――ってちっがーう! お疲れさまでしたじゃないよ! 

 バイトのノリでついお疲れさまでした返しをしてしまったが、人の死をそんな言葉で流さないで欲しい。


「ちなみにこの後、流石に隣りのおじさんは異変を察し、瀬川さんが死んでいる事に気が付きます」


 本当に僕は死んでしまったのか――?

 だが目の前に自身の死体があるのだ。信じる他ないだろう。

 ちくしょう、明後日は楽しみにしていた漫画の発売日だったのに!


「瀬川さんが電車内で殺害されたのだと誤解したおじさんはパニックを起こします。それを見た他の乗客は、おじさんが高校生を薬かなにかで殺害したものだと誤認。乗客全員が暴れるわ、逃げ回るわの大パニック状態に陥り、負傷者三十四名の大事故となります」


 僕の死がとんでもない事態を引き起こしていた……。


「運転士はその異変を見て、車内でテロが発生したものと判断しました。即座に総合指令室に通報され、日本中で大ニュースに」


 あぁ、なんてことだ……。

 僕の死が次々と最悪の事態を引き起こしていく。


「しかしそれはすぐに誤報であると分かります。現実にテロなんて起きていませんからね? 騒ぎがある程度収まると、次に国民は何故こんな騒ぎになったのか原因に強い関心が抱きます」


 げっ、なんか嫌な予感。


「調査の結果、この騒動は一人の高校生の死が原因であることが判明。ネットではその高校生の写真やら、学校名やらの個人情報がどんどんばら撒かれてお祭り騒ぎに」


 最悪だぁー! なんだよ、僕が何したって言うんだよ!

 僕はただ電車に座っていただけだと言うのに、こんな結末あんまりだ!


 ごめんなさい、父さん、母さん。突然死ぬわ、日本中を騒がせる事態を引き起こすわで迷惑しか掛けていない。

 きっと今頃いたずら電話が実家に殺到して、マスメディアも玄関前に張り付いているんだろうな。


「まぁあなたの死はこんな感じですね。どうです? 死を実感しましたか?」


「した! ちょうした! だから僕を殺してくれ~!!」


 一般庶民である僕には、世間のおもちゃになるなぞとても耐えられない。ましてや僕が死んでいるせいで、家族が矢面に立たされるのだ。罪悪感が半端ない。


「いえ、死んでいる人間をもう一度殺すのは私でもちょっと難しいのですが……」


 いや本当に殺してくれと頼んでいる訳がないだろ。それくらい最悪ってことだ。


「なるほど。難しいですね」


 先程から姿の見えない謎の人物は、そこでコホンと咳払い。そして僕に言う。


「ここはあの世とこの世の境界線。死んだあなたの魂を私が無理矢理ここに連れて来たのです。理由はもうお分かりですね?」


 いや分からないのだが……。

 わざわざ死んだ俺を呼び寄せて一体この謎の人物は何がしたいのだろう? もしや話し相手が欲しいとか?


「あれ? おかしいですね。今時の若者はこう言えば、すぐに察してくれると教わったのですが」


 どうやら話し相手が欲しかったわけでは無いらしい。

 しかしこんなシチュエーションだと、異世界で生まれ変わらせてくれるのではと期待したくなってしまうな。


「それです! 異世界!」


 そんな僕の心の内を瞬時に読み取った謎の人物は、よくぞ言ってくれたとばかりにテンションを上げる。そして続けて言った。


「記憶を持ったまま生まれ変わらせることは、相手の両親のこともあるので出来ませんが、あなたを異世界にそのまま送り出す事なら出来ます」


 おお! それは俗に言う異世界召喚ってやつか!?

 ヤバい、僕の身にそんなファンタジックな現象が起きるとは。いやー、死んでみるものだね。


「あなたを今から送り出す異世界は、魔法と剣が支配する血に飢えた世界。力こそ全て、力isパワーなワールドなのです!」


 ええ……?

 そんな世界に僕をそのまま送り出そうとしてるの? 間違いなく秒で死ぬよね? 僕は武道の経験は一切無いのだ。 


「もしかしてチートをくれたりするの?」


 こういった物語では、チート能力を貰って異世界に行くのが定番だ。

 無双したり、スローライフを送ったり、教師になったりとその後の展開はまちまちだが、労せずして強大な力を得るというのに違いはない。



 うんうん、きっとそうだよ。

 だって、このまま送り出されても僕生きていけないし。

 だとしたら何のためにこの謎の人物は僕を異世界に送り出すというのか。まさか、嗜虐趣味? うわぁ、ちょっとドン引き。


「違います。変な誤解はやめてください」


 違うのか。

 ということは、僕にチートをくれるってことだよね?

 うーん、何が良いかな。神剣とかも欲しいし、莫大な魔力も魅力的だ。魔法の全属性に適性があるっていうのも良いよね。


「あなたへ贈る能力は……言語理解です」


 他にも体恤に特化しているのもカッコいいかな。でも殴ると痛いよね? それはちょっと困るな。


「あなたへ贈る能力は……言語理解です」


 ――さっきから謎の人物が何か言っているが、まるで聞き取れない。


 え? なんだって?


「絶対に聞こえていますよね瀬川さん。もう一度言いますが、あなたへ贈る能力は言語理解です」


 オーマイガー!

 本気で言ってるのか、この人は! 


 確かに異世界で言葉が分かると言うのは重要かもしれない。言語を一から取得するのは非常に骨が折れるからね?

 でもさ、普通それってチート能力のついでにくれるものでしょ?

 それメインでどうやって生きていくんだよ。


 力も頭も才能もない。

 これじゃあ異世界に行く前と一緒だ。


「マニュアルでそう決まってますので」


 マニュアルで決まってんの!?

 おいおい、勘弁してくれよ。まさか死んでまでお役所仕事をされる羽目になるとは。


 もう少し、突然異世界に送り出される側の気持ちと言うのも考えて頂きたい。

 いきなり一人ぼっちで異郷の地に放り出されるんだ。もうちょっと何かあっても良いと思う。


「ではあなたの深層心理からテキトーに望みを抽出して、テキトーにそれが叶うよう祈っておきますね」


 突然投げやりになったな、謎の人物!

 絶対こいつめんどくせー、もうダルいからさっさと送り出しちゃおうって思ってるよね? バレバレだよ?


「それではあなたの異世界ライフが良きものとなるよう私も陰ながら祈っています。いってらっしゃーい」


 そんなディ〇ニーランドのキャストさんみたいな掛け声と共に、俺の意識は暗転した。

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