幽霊イズエンターテイナー

ミソネタ・ドザえもん

エンターテイナーに、俺はなる!

 時は現代。

 舞台はとある県境の山道。この場所は、かつてより地元では知る人ぞ知る心霊スポットとして有名な場所。


 運転中、窓に人の手形が付いていた。

 運転中、人の叫び声が聞こえてきた。


 そんな噂の絶えない曰く付きの場所だった。

 地元住民は皆、この山道を恐れて近付かなくなった。しかし、そんなことを知らないトラックドライバーは、交通量の少ないこの山道を好んで利用していた。


 しかし、それが原因であんなにおぞましい事件が起こるだなんて、あの日まで。


 地元住民でさえ。

 トラックドライバーでさえ。

 そして、事故死した男でさえ、知る由もなかったのである。




「おっ、ガードレールようやく直ったかー」


 


 そう発したのは、この山道で事故死した男、大前田正治。

 享年三十六歳。都内の外れのボロアパートに妻と娘と、三人で暮らしていた男。身長百七十八センチ。体重九十三キロ。生前の悩みはメタボリックシンドローム。

 

 塗装したてのガードレール。その下に置かれた甘酒の瓶。その瓶の中に活けられた三本の花。

 その花は、ここで事故死した男を弔うための花。


 しかし残念ながら、弔うべき男の魂は今、この地に留まった。


 地縛霊。

 死の間際、この世に留まりたいという強烈な執着を見せた者にのみ体験出来る現象。そして、そんな身となった人を、人は悪霊と呼ぶ。


 男は、そんな悪霊になり果てた。

 男の願いはただ一つ。最期にもう一度、妻と娘に会いたい。ただそれだけだった。


「本当ですね。すっかりと元通りだ」


 背後から、もう一人の幽霊。


「ああ、中山さん。おはようございます」


 その幽霊の名前は、中山さん。享年四十歳。生前の悩みは、バーコードのようになりつつある頭部。

 中山さんは、大前田が死ぬずっと前からこの地で悪霊をやっていた。地元住民を恐怖で震え上がらせた噂話の諸悪の根源は、大体この中山さんだった。


「いやあ、ここが直らないことには寝覚めが悪くってねえ」


 ……皆、思ったことだろう。


「アハハ。まあ自分の失態がいつまでも残っているみたいなものですからねえ。嫌ですよねえ」


 え待って。

 中山さんが大前田を呪ったから、大前田は死んだんじゃないの、と。


「そうなんですよね。いやあ、本当に良かった。アハハハハ」


 違う。

 違うのだ。




「これからは居眠り運転なんてしちゃ駄目ですよ? あ、もう出来ないか。だって幽霊ですもの!」




 中年男性二人の笑い声が、やまびことなって山中に響いた。

 これが後々、再び近隣住民を怖がらせることになったことは、言うまでもなかった。


   *   *   *


 悪霊。

 この死した中年二人を呼称するに一番打ってつけな呼び名。


 二人は、死んだ。


 遠い昔かはたまた最近か。

 とにかく二人は死に、肉体を失い魂のみがまるで残留思念のように漂うそんな存在になり果てた。


 残留思念。

 つまりは、ただの残り香。


 二人の存在は生前と違い実に曖昧であった。


 ただ一つ。

 そんな二人が自らの未練を抱えて、この世に残留する術は実はあまり多くない。死んだ二人にとって、この世に残り続ける行為は難解であり、難題であったのだ。


 それでも未練を払拭するため、二人はこの世に留まる手筈を進めた。


 悪霊がこの世に留まる方法。


 それは、実に単純明快。

 まさしくそれが、二人が悪霊と呼ばれ地元住民より恐れられる理由であった。




 人を恐怖のどん底に陥れる。




 魂だけの存在となった二人にとって、生きる術は他人に認識してもらうことだけ。それも、ただ認識されるだけではいけない。

 強烈に。

 一生忘れられないくらいの、強烈な印象を植え付けなければならないのだ。


「悪霊、という存在は実に過去から存在します。この世に残り続ける術を模索した最初の人……ああいや、悪霊は誰なのか。それは最早、言ってしまえばイエス・キリストを見たことがあるかと問われるようなもの。つまり無理、ということなのです。

 ただ、そんな先駆者のおかげで私達はこの世に留まる術を知った。そう言うわけですね」




 だから中年男性二人は今、汗を流して活動していた。


 人々を震え上がらせるため。

 自分がこの世に留まるため……!




 男二人は働いていた。




「ちょっと大前田さんっ! 切りすぎですよ! 形が崩れているではないですかっ!」




 雑木林の剪定をし、働いていた……!




「え、そう? うーん。難しい。中々、中山さんのようにはいきませんね」


「当然です。私はこれでも、この仕事を二十年続けていますからね。大ベテランと言っても差し支えないですよ」


 得意げに胸を張る中山さん。


「いやあ、本当尊敬しますよー」


 呑気に微笑む大前田。




 ……説明しよう。

 二人が雑木林を手入する理由。それは、つまるところ人寄せのための行いであった。


 二人は、この世に留まるため他者に自分達を強烈に印象付けなくてはならない。


 しかしどうだ。

 この地は誰かさんのせいで、地元住民からは忌避されている。

 そして誰かさんのせいで、今では事故多発地帯としてトラックドライバーからも忌避されるようになり出しているのだ……!




 需要と供給。




 この地の需要は、まさしく味噌っかす。このままでは二人は、この地に留まれない可能性だってあるのだ。


「そこで、雑木林の手入です」


「……えぇと、つまり?」


「なんです。大前田さん。仕事をしていながら、その仕事の意味を理解していなかったのですか?」


「ヘヘっ」


「いいですか? この地は地元住民から恐れられ、トラックドライバーからも忌避されるそんな過疎地です。でもだからこそ、ここに噂を聞きつけてやってくる人もいるでしょう」


 少し頭を捻って、大前田は思い付いたようにあっと唸った。


「肝試しする若者」


「そうです。こういう曰く付き物件は、そういう馬鹿な連中のたまり場になりやすいのです」


「……馬鹿って」


「とにかく! だからこそ私達はこの世に留まるため! ここをキチンと管理しないといけないんです!!!」


「……えぇと、つまり?」


「良いですか、大前田さん。人として生きていたあなたは……綺麗なトイレと汚いトイレ。どちらを利用したいと思いましたか?」


「そりゃあ、綺麗なトイレ」


「そうです。人とは清潔な環境を求めるもの。そりゃあ、多少はムードを出す必要もありますが……いざ来てみた地が荒れ果てていたとして、あなたはそこで肝試しをしたいと思いますか?」


「場合によりますね」


「普通はこう思うでしょう。怪我するかもしれないし止めようって。そうなって立ち去られてしまっては遅いのです。むしろ、恐怖で震え上がらせてリピーターになってもらわないといけないんです!

 いいですか!

 世はまさに幽霊全盛期! 一歩歩けば幽霊。一歩歩けば悪霊!

 そんな時代に私達は生きているんです!


 エンターテイナーの気持ちを持たずに生き残ってはいけないんです!!!」


 中山さんの熱弁に、大前田は一歩たじろいでいた。足はないが。




「……エ、エンターテイナー?」




 エンターテイナーとは、自分の芸を披露し人を魅了する人のことである。

 魅了するどころか呪おうとする悪霊がそれとは、大前田には結びつかなかった。




「私達は、エンターテイナーですか」




「当たり前です」




 即答だった。




「生きるため自分の姿を見てもらう。楽しむためではなく呪うためですが、行動自体はまさしくエンターテイナーでしょう?」


「それは……そうかな?」


「大前田さん。あなたまだこの悪霊格差社会で生きる覚悟が決まっていないようだ。悪霊として生きるためにはその殻を破らないといけないですよ。




 見ていきますか、私の貞子芸」




「さ、貞子?」




「私はいつなん時にでも肝試しの人が来ても良いように、貞子になれるように、傍らに黒髪長髪のウィッグを手放したことはないですし、すね毛の手入だったサボったことがないんです!」


「……はあ」


 大前田は中山さんのプロ意識に気後れを隠せなかった。

 ちなみに、中山さんが死んだのはかれこれ二十年近く前。丁度、貞子が世間に認知されだしたそんな頃。


「さあ大前田さん、一緒にやりましょう! 貞子!」


「ああいや、私はそんなにスタイルが良くないから。別の方法で脅かそうと思います」


 やんわりと断ると、中山さんは少しシュンとして俯いた。


「そ、そうですか……」


「と、とりあえず雑木林の手入、しちゃいましょう。このままだと日も暮れる」


「そうですね。夜になって葉っぱが切れる音なんかが辺りに響いたら、肝試し客も驚いて帰ってしまいますからねっ!」


   *   *   *


 雑木林を手入した日から三日ほどが過ぎた。

 昼は野鳥のさえずり。夜は虫の鳴き声しか聞こえない静かなこの地に、スポーツカーの爆音が響き渡った。


「来た! 来ましたよ、大前田さんの初陣です!」


 湧き上がる中山さんの声で、大前田は目を覚ました。のどかな夢を、彼は見ていた。危うくあと一歩で滅されてしまいそうだったところで目を覚まして、そして立ち上がった。


「聞こえますよね、スポーツカーです」


「はあ」


 湧き上がる中山さんを尻目に、大前田は冷静だった。何もまだ、あのスポーツカーが肝試しをするかわからないじゃないか、と思っていた。


「馬鹿ですね。夜中にこんな山中をスポーツカーが走るだなんて。間違いない。イキリ大学生が女を前に度胸試しでいい格好を見せようと来たんですよ」


 山中を走り出した中山さんの声色は踊っていた。

 大前田は中山さんに続いた。中山さんは手慣れた様子で、山中にある駐車場に向けて歩を進めた。

 駐車場に辿り着くと、若い男女二人ずつの喚き声。


「こわいねー」


「なんだよエミ。ビビってるの?」


「べ、別にそんなんじゃないもんっ」


「早く行こうぜ、幽霊なんて俺の右ストレートでボコったる」


 どうやら中山の勘は正しかったらしい。


「さ、さすがベテラン悪霊」


「それほどでもありませんよ」


 男女四人が移動を始めた。

 大前田は彼らの後を付けようとしたが、中山さんに制止させられた。


「おいおい、見失っちまうぜ?」


「いいえ大丈夫です。彼らの行く当ては見当がついています」


「え、そうなの?」


 大前田は彼らがどこに行くかひとしきり頭を捻って考えたが、思い付くことはなかった。この辺には有名な心霊スポットがあるわけではない。


「あるでしょ、一箇所。とっておきの曰く付きスポットが」


 しかし、中山さん曰くとびきりの場所があるようだ。

 それも、大前田も周知の場所らしい。


 ……もう少し考えて、大前田は見当がついたのだった。


「あー、俺の事故現場か」


 中山さんは、大層楽しそうに頷いた。


「待ち伏せしましょう。私は得意の貞子芸で行きます。大前田さん、あなたはどうしますか?」


 歩き出した中山の後に続き、大前田は考えた。

 自らがこの世に留まるための第一歩。ここで何もしないなんて選択肢は、大前田にはなかった。

 大前田には、この世に留まった理由があったから。




 しかし生憎、まだ大前田は中山さんのような大道芸は持ち合わせていなかった。




「あー、まあ、しょうがないなあ」




 しばらく唸って、大前田は決心した。






「首から下は、置いて行くよ」






 居眠り運転で、本来スピードを出せない急カーブの道で猛スピードを出した大前田の体は、ガードレールを突き破り、崖下目掛けて叩きつけられ大破したトラックに挟まり、首から下は事後処理をした警察すら未だ見つけられていなかった。

 

 故に、大前田の体が分離する。

 首から上と、下。


 首の隙間に指を通して、頭を持ち上げた。




 その姿は、まさしく……。






 悪霊だった。






 しかし、大前田はそんな今の自分の特異体質を煙たく思うことはなかった。

 この姿は、自らの不注意が招いた結果。


 挙句、この世に留まりたいと我儘を言い、留まるために他者を恐怖で震え上がらせようとする。


 それなのに、煙たく思うだなんておかしな話なのだ。


 むしろ、いくら悪霊となったとは言え、多少なり大前田には罪悪感が残されていた。




 塗装したてのガードレール。




 男女四人は、一箇所だけ塗りたてのそこを見て恐怖を顔に滲ませていた。


 そうして、そろそろ出番であることを悟ると……罪悪感がすっと消えた。




 なんとなく、悟ったから。




 顔に恐怖を滲ませながら……。


 あの男女四人は、さらなる恐怖を求めているのだと。


 そうでないと彼らは、そもそもこんな場所にやっては来ない。




 彼らは、恐怖を……刺激を求めている。




 双里共生。




 まさしく、その言葉だと大前田は思った。


「……中山さん」


「はい?」


「幽霊は……エンターテイメントだな」


 少し驚いた顔をして、中山さんは苦笑した。




「行ってきます」




「行ってらっしゃい」




 生首となった大前田が、宙を舞った。

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