「少年騎士の決断」
ダクローが先導するように進む
「これじゃあ、馬車は無理だな……荷物を背負っている人間にも厳しいくらいだ」
ニコルは漏らす。山は
「レプラー、
急がせるのも悪く、人間の歩みと変わらない速度しか出させることができないレプラスィスにニコルは呼びかける。が、レプラスィスは鼻を鳴らしながらそれに首を横に
人を背に乗せるのが馬の
「ま、険しい分近道だ。多少しんどい思いをする価値はあるぜ」
低い山といってもそこそこの標高がある。北側に視界が開けている
午前の時間に自分たちが
「――レプラー?」
レプラスィスの様子がおかしいことにニコルは気づいた。耳をまっすぐ立てて異常に
「何か……聞こえるのかい?」
「おい、ニコル、どうした」
レプラスィスに向かって話しかけているニコルの声が聞こえたのか、先頭を行くダクローが乗っている馬を止める。
「レプラスィスが何かを聞きつけているようなんです」
「レプラスィスが? 何か聞こえるか?」
「馬は人間と聞こえる音の領域が
自分が
「
「レプラー、それが何か教えてくれるかい?」
レプラスィスはニコルの問いに答えるように、その首を北の方に向けた。相当に高い視点から望めるゴーダム公爵領の
「何も変わったものは見えやしませんよ」
「…………何か変だな」
「え?」
あっけらかんと言い放ってみせたカルレッツが、相棒であるダクローの
「
目というより、額の
「川と川の間の平原……
「砂煙? ――ああ、確かに……」
うっすらともやがかかるように見える砂煙らしきものにニコルも
小さく薄い綿毛のように景色の中に
「あんな砂煙を上げられるものといったら、なんだ?」
「私、
「あ? そんな便利なものがあるんなら、早く出せ」
馬の
ニコルもまたレプラスィスから飛び降り、
「――
「騎馬?」
ニコルは思わず聞き返していた。騎馬があの砂煙を立てているというのか。遙か遠くからうっすらとだが肉眼で
「騎馬の集団だ。あの辺りを
「――ちょっと、貸してください」
言うやいなや、ニコルもまた思わず乱暴にその双眼鏡を手にしている。自分の
砂煙が視認できた地点に双眼鏡の視野を合わせる。大きさの割りには性能がいい双眼鏡なのか、
「…………っ!?」
ニコルの
「――
「はああ!?」
砂煙を
全身の血管を流れる血が
あの時、ゴーダム公が
「あの街道は、僕たちがさっき通ってきた街道です! あの盗賊団は……
「なにィ!?」
ダクローとカルレッツの顔色がその言葉だけで
「二百騎はいる! レマレダールで見た時よりも倍の数だ!」
「おい! どうする気だ!」
「決まってるでしょう! 道を引き返して奥様たちに合流します! 盗賊団が
「やめとけ!!」
こめかみに血管を浮かせてダクローが叫んだ。
「二百騎だと!?
「じゃあどうするんですか!!」
「見なかったことにすりゃいいだろうが!!」
手綱を振るおうとしたニコルの手が止まった。
「俺たちは命令で本隊と別れたんだ!
「じゃあ仲間たちはどうなるんです!!」
ニコルも
「あの勢いじゃ、奥様たちの一行は背後から
「しょせん他人だろうが! 何をのぼせてんだよ!」
「わ……私は行きますよ!! もう付き合ってられません!」
カルレッツはその場に双眼鏡を投げ捨てると、もう見えている峠の頂上に向かって馬を走らせる。
「――付き合わなくていいよ。勝手にしろ、クズが」
「ダクロー、あなたも行けばいいじゃないですか」
「お前を連れて行くって言ってるんだよ!」
人気のない峠道に
「な、冷静になれ。死ぬぞ。行ったら、確実に死ぬ」
「命を
「…………」
ニコルが思わず閉じてしまったまぶた、その裏に無数の親しい人々の顔が
母や祖母、実家の
「リ…………」
「俺もお前が好きじゃねえけどな、死んでしまえなんて思ってねえよ。生きてる方がいいに決まってるだろうが。だから考え直せ。考え直せば、明日からも生きてられる。せっかく拾った命だろうが。大事に――」
「リルル…………」
「うん?」
ニコルの唇から
「……でも、奥様もサフィーナ様も、アリーシャ
「おい」
ニコルが手
「僕は行きます。奥様たちを助けに行きます」
「なっ…………!」
「あなたはどうか行ってください。
手綱を大きくしならせてレプラスィスの首筋を打ち、ニコルは前に向かってレプラスィスを走らせる――盗賊団が向かう方に、仲間の騎士たち向かう方に。
その迷いのない
「ニコル――――!!」
少年と少年を乗せた馬の姿はあっという間に遠ざかっていく。後ろを振り
「――死ね! 勝手に死ね! ……なにが騎士の
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