「魂の行方」
バイトンの遺書――告白状の全文をニコルが
「ゴ……ゴーダム
ゴーダム、公爵
声が
「――ニコル、その部分、よく聞き取れなかった。……もう一度、
「は、はい…………」
ゴーダム公はいつしか、ニコルに背を向けている。
「ゴーダム公爵領に、繁栄あらんことを……。
ゴーダム公爵騎士団に、栄光あらんことを…………!」
「繁栄あらんことを…………栄光あらんことを…………」
「バ……バイトン・クラシェルより…………い…………以上です…………!!」
ニコルは
「……
「ニコル…………」
上体の重さを
「閣下には以前、お話したと思います……
「…………ニコル、
全身を激しく
「バイトンにとって、お前は希望だ。自分の
「閣下…………」
「ニコル、バイトンの告白状を燃やしてしまうぞ。――心に、刻みつけたか」
「は…………はい…………!」
冷静なゴーダム公の言葉をニコルは背中で受け続ける。全身の血が熱く
「僕は、もうその手紙の内容を心に刻印しました。一字一句に至るまで、死ぬまで、いいえ、死んでも忘れません。バイトン正騎士の魂の形として、死ぬ
「……よく言った……」
あとはしばらく、篝火の炎が
それが何時間ほど経過したのかわからなく
「さあ、立て、ニコル。立つんだ……さっさと、立て!」
「天に帰る正騎士の魂を、そんな格好で見送る気か?
「はい…………!」
歯を食いしばり、この
「――さらばだ、バイトン」
火が上げる気流に手紙が篝火から
「
「……う……うう、う…………!」
篝火の中で、手紙が
その様を、ゴーダム公とニコルは敬礼で見送る。一分間、
「バ……バイトン、正騎士…………」
「ニコル。騎士が涙を見せるな。前にもそう言われたことがあるだろう」
炎の赤さを見つめ続けているゴーダム公の背中が、
「バイトンの
「か……閣下…………」
もう、どれだけの涙が
「……言うまでもないがだろうが、ニコル、わかっているな……このことは、
揺らがずに語るゴーダム公の背中を、ニコルは見た。
「ニコル、ここで
「…………誓います」
重い
「僕は誓います。バイトン・クラシェル正騎士の名誉を守ると。一生を
天に向けた眼差しを下げ、ニコルは目を
「――ニコル、お前は早くここから
冷たい夜の風が頬を
「……バイトンは橋の上で
「閣下、その、工作とは……」
「それは私に任せろ。さあ、早く行け。――橋の上にお前の
「はい…………!」
公爵の声を受けてニコルは一礼をし、橋に駆け
ゴーダム公の側で炎の粉を上げて篝火が燃え続ける。風が鳴る悲しい音を十回数えてから、ゴーダム公は声を上げた。
「――――ダリャン、いるか」
「へっ」
林の
「打ち合わせ通りに取り計らってくれ。――具体的に、どうする気だ」
「ご遺体をしばらく
「私は、騎士たちの
「へっ。あっしは夜明け前までここに
「そうか。
「閣下のためなら、これくらいはなんでもないことでさぁ。――しかし、エヴァンスよ」
ダリャンの背が、すっと
「ニコルに涙を見せるな、とか
「……だから、私はニコルに涙を見せていない。ずっと背中を向けていたからな……」
頬を
「……ダリャン、いや、兄ぃ。教えてくれ……何故、バイトンのような素晴らしい騎士が死なねばならんのだ………!!」
「…………」
全てを闇の中から見、聞いていたダリャンは、答えられなかった。答えられない自分を
「バイトンは、私だ。私自身だ。母を愛し、母を守るために
その痛切な叫びを耳で受けるダリャンは、眉間を震わせ唇を血が出るほどに噛んで、耐えた。
「私も、バイトンと同じ立場に立たされていれば、必ず同じことをしただろう……! 何故だ! 何故私が、私自身が斬られるところを見ねばならんのだ…………!!」
「エヴァンス…………」
「ぐ、うう、うう、ううう…………!!」
微動だにしなかったはずのゴーダム公の――いや、エヴァンスの体がぐらりと揺れて、その
エヴァンスの
母を同じくし、しかし血のつながらないこのふたりの兄弟は、運命の
「――エヴァンス、行け。お前こそ、ここで誰かに見られるわけにはいかないんだぞ。この正騎士殿の名誉を守り続けるんだろう。なら、ぐずぐずするな」
「ああ……兄ぃ、よろしく頼む……」
「兄ぃじゃない。ダリャンだ。――早く行け」
「…………」
ゴーダム公もまた
「似た者同士の運命は
言ってみて――ダリャンは、苦笑した。
「もっとも、
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