「『繁栄と栄光、あらんことを』」

『エヴァンス・ヴィン・ゴーダム公爵こうしゃく閣下にご挨拶あいさつ申し上げます。


 この文章を閣下がお読みになっている時、自分はもうこの世にはいないでしょう。

 その時、すべての結末が閣下の手でつけられていると思います。

 あるいは、別のだれかも知れませんが。


 お伝えしなければならないことは膨大ぼうだいにあり、そのことを口頭で伝えきれるとは思えないため、このように筆を取りました。本当ならばして謝罪し、わたしの口から告白しなければならないのですが、物も言うひまもなくころされる可能性もあるでしょう。


 お伝えしなければならないことを全て伝える、それが私の義務であると考えましたので、しばらくの間、この乱文にお付き合いください。


 閣下とはそこそこの年月を、苦労を共にさせていただきました。

 その中で、自分も閣下の人となりを学ばせていただいた自覚はあります。

 ですから、閣下はおそらくおひとりで来られるでしょう。


 それか、あのニコル・アーダディス騎士きし見習いを帯同されているかも知れません。

 かれも、私のために大きく運命をくるわされたひとりでしょうから。


 まずは、こんな結末に至ってしまったことを心からおびいたします。

 私などの詫びでも取り返しつかないことであることは、重々承知の上であります。

 しかし、それでもお詫びせねばなりません。


 本当に、申し訳ございませんでした。


 以降、この書面に記載きさいすることは、全てにおいて一片いっぺん嘘偽うそいつわり、かくごとがないものであります。私の知っている限りのことを書き記しますので、その点をご承知いただきますよう、伏して、伏して、お願いいたします。


 心からしたい、敬愛していた閣下を心ならずも裏切ってしまったおろものが、この世で最後に行う精算です。裏切り者の言葉など信用できないと思われるかも知れませんが、その部分だけはどうか、お信じくださりますよう、どうかおたのみ申し上げる次第しだいであります。


 全てのことの発端ほったんは、約四ヶ月前でしょうか。

 業務をこなしている私の元に、ひとりの旅商人が挨拶としておとずれたのです。


 その旅商人の言は、任務中の騎士団の部隊に物資を売りたいので、哨戒しょうかい任務に当たる部隊の作戦地域を教えてほしいというものでした。


 その時期は盗賊とうぞく跳梁ちょうりょうも少なく、治安も安定していたという油断もありました。そして、その商人が挨拶代わりとして進呈しんていしてきたまとまった金銭に対して私の心がらいでしまったのが大きな原因でした。


 当時は、私には大金が必要でした。

 たったひとりの肉親である私の母が、近年、重い病をわずらって入院していたのです。

 その治療ちりょうには、大変高額な治療費が必要でした。


 私は母を助けたかった。

 私の実家、クラシェルの家は父が早くにくなり、母が女手ひとつで私を育てた貧しい家です。


 幼かった私の才を信じてくれた母は必死になって金を工面し、伝手をつなぎ、このゴーダム公爵騎士団への入団をかなえさせてくれました。

 私も母への恩返しとして、私なりに懸命けんめいに、業務に邁進まいしんしてきたつもりであります。


 そんな母がたおれ、命をつなぐのに高価な薬、手厚い看護が必要になり、出費がかさんでおりました。正騎士として結構なお手当をいただいているにもかかわらず窮乏きゅうぼうしており、節制せっせいするにも限りがあり、そこそこの借金をし出した時期でした。


 思えば、この時に閣下におすがりしておけばよかった。


 はじしのんで無心をすればよかったとかえりますが、それは後の祭りでしょう。金にきたないことは騎士の恥などと見栄を張ってしまったことも私の弱さの一部です。

 私はそれが賄賂わいろだと知りながら、要求にこたえ、差し出された金をつかんでしまいました。


 このような背景があったとしても、言い訳にはなりません。その時に心を揺らがせ、許されない方向にかたむいてしまった私が愚かなだけであります。


 そして、商人とまみえた三日後だったと記憶きおくしております。私が情報をらした哨戒部隊が前日に通過した村が、騎馬きばそろえた盗賊団の襲撃しゅうげきにあったという報が入ったのは。


 それが、今日までゴーダム公爵領を荒らし続けている『幻の盗賊団』の最初の襲撃でした。


 続いて、青ざめる私にその直後、一通の書簡が届けられました。

 それには、私が漏らした情報にもとづいて村を襲撃したことを宣言するむね、私が賄賂を受け取ったことを証明した旨――そして、私の母を誘拐ゆうかいした旨が記されておりました。


 続いて、今後も情報を漏らし続けることを強制すること、情報を漏洩ろうえいさせる際の伝達手段、もしこの要求をこばんだ時に母を殺すこと、要求を飲み続ける限りは母の治療の費用を受け持つこと――それらが記されていたのです。


 私には、その要求を飲むしかなかった。

 それがゴーダム騎士団への、ゴーダム公爵領への多大なる不利益になること、私と私の母の命を差し出しても到底とうていまかないきれぬ、つぐないきれぬものであるともわかっていても。


 私は、母を死なせたくなかった。


 この愚かな判断が私の破滅はめつを呼び、今回、閣下や騎士団の同僚どうりょうたち、大勢の領民の方々に対して、とても私一人ひとりには償い切れない被害ひがいおよぼしてしまいました。


 ゴーダム公爵領に存在する全ての人命と財産、私と私の母の命――その二者を天秤てんびんにかければ、上がるのは私と母のふたりでよかったはずなのです。

 ただただ、私が愚かでした。やんでも悔やみきれず、償っても償いきれない所業です。


 私自身の言い訳はこれくらいしして、肝心かんじんな部分について書き記します。

 前述した通り、私が盗賊団に対して騎士団の作戦情報を漏らしていたのは事実です。

 ですが、私自身は盗賊団に対しての明確な連絡れんらく手段は持っていなかった。


 私に命じられたことは、作戦内容を暗号に変換へんかんし、周囲に漏らすこと、それだけでした。

 私が作戦内容を漏らしている場面には、実は、大勢の人間が立ち会っていたのです。


 その手段が、口風琴ハーモニカです。


 私は作戦内容を音符おんぷに変換し、それを口風琴でかなでることで外部に漏らしていたのです。

 それを、私が存在自体も知らされていない第三者の間者がり、音の暗号を平文ひょうもんに変換し直すことで情報を受け取っていたのです。


 その第三者の間者がどのような手段で、ゴッデムガルドの外にいる盗賊団の本隊と情報をやり取りしていたのかは、知らされておりません。

 第三者の間者は依然いぜん、正体を隠しながら騎士団にもぐんだままです。


 口風琴の音は遠くまでひびくため、容疑者の範囲はんいは相当広く広がると思います。どうか一刻も早くその間者を捕捉ほそくされるように。これ以上作戦情報は漏れないでしょうが、襲撃のかなめとなる情報を受け取れなくなった盗賊団がどのような手段にうったえるか、予測できません。


 私が今回のことについて知っていることは、以上です。根本的な解決にもならないでしょうが、これが私が把握はあくしている限りのことです。申し訳ございません。


 私がしでかしたことは、万死ばんしあたいする所業だと自覚しております。ですから、私はどんな仕打ちを受けてもうらごとは申しません。明日あしたの夜明けを、明日の太陽を見ることなく、私の体は冷たくなっていることでしょう。それでも償いきれないことが本当に心残りです。


 これ以上、私のような愚か者がゴーダム騎士団に万が一にも生まれないよう、私の遺骸いがいは見せしめにしてくださるようお願いいたします。首をねてさらし、なぐるも、蹴飛けとばすも、どうかご随意ずいいになさりませ。胴体どうたいは野犬に食わせるくらいが適当でありましょう。


 愚かな裏切り者として名を晒し、騎士団の緊張きんちょうを高め、統率とうそつする材料としてください。そのために私の死がほんの少しでも役に立つなら、本望ほんもうであります。


 ですが、このように大きなご迷惑めいわく、被害をあたえてしまった私にも、ひとつだけお願いがございます。まことに厚かましい限りであるのは重々承知の上で、閣下の格別のお慈悲じひにすがって、この愚か者からお願い申し上げます。


 私の母のことを、どうか、どうかよろしくお願い申し上げます。


 盗賊団に私の排除はいじょ処刑しょけいが知れた時、ぞくたちの監視かんしもとに置かれている母は、その場で殺されるかも知れません。おそらくそうなるでしょう。


 ですが、万が一、母が無事解放され、その所在が明らかになった時、母の身についてだけは寛大かんだいなるご処置がありますよう、恥知はじしらずな願いであることを理解している上で、お頼み申し上げます。


 母に罪はございません。あるとすれば、このような不出来ふでき息子むすこを生んだこと、不出来な息子に育ててしまったことだけです。それも許されぬと言われるのならそれまでですが、この図々しいこときわまりない願いをんでくださいますよう、伏して言上奉ごんじょうたてまつります。


 あともうひとつ、心残りがあるといたしますれば。


 ニコル・アーダディス騎士見習いのことです。


 私などから今さら申し上げることでもなく、閣下もご承知のこととは思いますが、短い間の私の部下であったアーダディス騎士見習いのことを、よろしくお願い申し上げます。


 彼はきっと、素晴すばらしい騎士になることでしょう。

 自分のことより、他人のことに対して悲しみ、怒ることのできる、まっすぐな心を持つ少年です。私ごときなどは遠く及ばない、輝かしい騎士になることは疑いがありません。


 今は青い若葉でも、ゴーダム騎士団といういい土、閣下の愛情という光、そして試練という清水しみずをいっぱいに与えてやれば、たくましい大樹に成長することは疑いありません。


 できれば私の、このとぼしいわざと知識をも与えて、きたえてみたかった。立派な騎士として育ったところを見てみたかった。それがかなわなかったのが、心残りです。


 今の私が彼にしてやれることといえば、斬られることくらいでしょう。

 私を斬らせることで、彼の剣技けんぎが一歩でも成長するきっかけとなってやりたい。

 私は結果的に、彼の親友の命をうばいました。一滴いってきでもその償いをしてやりたいのです。


 かなうかどうかはわかりませんが、閣下がアーダディス騎士見習いを帯同し、私と最後の対面を果たしていただけることを期待しております。


 長々と勝手なことばかりをつづってしまい、大変申し訳ありませんでした。

 長年にわたりお世話になりましたこと、ありがとうございました。

 これにて、失礼させていただきます。


 さようなら。


 最後に、祈念きねんさせていただきます。

 ゴーダム公爵領に、繁栄はんえいあらんことを。

 ゴーダム公爵騎士団に、栄光あらんことを。


 ――バイトン・クラシェルより』

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