「銃声のあと」

 よるやみくように閃光せんこうが発し、空気の層をつらぬいて銃弾じゅうだんが走った。


「うっ!」


 あか覆面ふくめんこうむった盗賊とうぞくの頭目が発した銃弾がニコルの鼻先、レプラスィスの頭上をかすめ、するど擦過さっかの気配がを引いて消える。耳の頭を弾丸だんがんに掠められたレプラスィスがおどろき、反射的に前脚まえあしを大きくげた。


「レプラー!」


 悲鳴を上げながらレプラスィスの首にニコルはしがみつく。本来、音に敏感びんかんな馬は火薬の破裂はれつ音をおそれる――そのために戦馬せんばは破裂音に対して耐性たいせいをつける訓練を行っているが、耳のすれすれを銃弾に掠められた驚きというのは制御せいぎょ仕切れないようだった。


「ニコル!」


 動きを止められたニコルたちにゴーダム公はガルドーラを走らせる。紅い覆面の頭目が右手の拳銃けんじゅうを宙にかせるようにして投げ捨てる――単発の拳銃だ、連射はできない。

 だから頭目は、ふところから二挺目の・・・・拳銃を取り出し、ニコルにねらいを定めた。


「っ!」


 再びの発砲音はっぽうおんはじけニコルが息を飲んだのと、ゴーダム公がニコルの前にんだのは、ほぼ同時だった。


「うっ!」


 ゴーダム公の胸を守る装甲そうこうの表面が赤い火花を散らす。巨馬きょばの背にまたがる巨体きょたいが山がくずれるかのようにらぐのを見て、ニコルはさけんでいた。


「閣下ぁっ!!」


 ゴーダム公が背中から地面に落ちる。逃走とうそうする盗賊団の殺到さっとうをその姿の向こうにして、ニコルはレプラスィスから飛び降りその側にった。


 銃口じゅうこうを自分を結ぶ射線をさえぎってゴーダム公爵こうしゃくが立ちはだかり、発砲音の直後に落馬した――弾がどこに当たったのかは、公爵の背中を見ていたニコルにはわからなかったが、公爵が被弾ひだんをしたのだという確信だけはあった。


「――大声を上げるな」


 次にニコルを驚かせたのは、銃弾を受けて派手に落馬したはずのゴーダム公がすぐさま上体を起こしたことだった。


「閣下! お傷は!」

「少し装甲をけずられたくらいだ。やはり、重装じゅうそうにしておいて正解だったかな。――しかしわたしもだらしない」


 拳銃弾けんじゅうだんを胸に当てたはずの公爵が起き上がってきたことに舌打ちし、紅い覆面の頭目は東の方角に馬を走らせて去って行く。レマレダールの街から発した騎馬きば隊が橋をはしけようとしているのが、馬蹄ばていとどろきが近づく気配でわかった。


「拳銃弾一発で落馬してしまうなど、私もおとろえたものだ」

「よ……よかった、大事に至らなくて……」


 盗賊の一団もまた駆け抜けていく。銃弾を胸に受けても平気な顔で起き上がってくる公爵に対し、直接やいばを向けようなどという無謀むぼうな考えを持つものはいないようだった。


 ニコルが時間差で打ち上げさせていた照明弾も弾切れとなり、辺りは月光の光しか差さない深夜の闇となる。レマレダールを発した騎馬隊が松明たいまつほのおかかげて走ってくるのが、闇ににじむ赤い灯火となってニコルの目に映った。


「お前こそたれたものだと思ったのだぞ。弾はれてくれたようだな」

「……閣下は、どうしてこんな危ないことをなさるのですか!」

「うん?」


 助けた少年がいきなり食ってかかってきたことにゴーダム公爵は思わず首をかしげる。


「いくら閣下のよろいが厚くとも、銃弾に身をさらすなどもっての外です! 自分のような者のためにそんな危険をおかさないでください!」

「お前は何か勘違かんちがいしているな」


 戦闘せんとうの気配が去ったことを知って、ゴーダム公爵はかぶといだ。こめかみからあせが流れてほおを伝う。ゴーダム公爵もニコルも、沸騰ふっとうするように熱くなった血の温度のがし場所を体が求めるかのように、甲冑かっちゅうと体の隙間すきまから湯気を立てていた。


「私が守ったのはお前ではない、私だ」

「…………閣下?」

「考えてもみろ。目の前でお前が死ぬのを私が阻止そしできなかったなどという話をエメスが知ったら、私はどんな目にう? その場でつ裂きにされ、殺されたあとは墓も建ててもらえん」


 ゴーダム公はまったくの真顔で話していた。


「そういうのは私はゴメンだ。まったく、お前のような無鉄砲むてっぽうな者を持つと苦労するな」


 ゴーダム公はそう言って微笑ほほえむと、同じく兜を脱いだニコルに歩み寄り、少年の頬を指でつまんで軽くつねった。


「独断で飛び出したばつだ。心して受けろ」

「……しゅ、しゅみません…………ですが、閣下」

「なんだ?」


 ニコルの頬から指をはなし、少年に背を向けたゴーダム公が呼びかけに振りかえる。


「結局、この作戦に参加していたのはぼくと閣下の二人ふたりだけでした。閣下がおっしゃっていた、

『お前があっと驚く部隊が用意されている』という言葉、あれは」

「驚いただろう、私ひとりだけで」


 表情も変えずに言って見せたゴーダム公に、ニコルは苦笑くしょうした。苦笑しかできなかった。


「失礼ですが、無鉄砲なのは閣下も同じでは……」

「本当に失礼なやつだ。またしかられたいか」


 笑うゴーダム公が拳骨げんこつでニコルの頭を小さく小突こづく。


「私は一騎当千いっきとうせんだからな。まあ、戦いが数だともいうのもまた真理だ。盗賊団を壊滅かいめつさせるにはおよばなかったが、奴等やつら偵察ていさつするには十分だった。奴等は今まで私たちの作戦を読んで先回りができていただけで、戦闘部隊としては大したことはない。そして、頭目についていくだけの統率力とうそつりょくに欠ける集団であるというのもわかった」

「ですが、連中に先回りされ続けるという問題が……」

「私たちが今回、奴等を捕捉ほそくできたいちばんの要因はなんだと思う」


 ニコルの口が開いたが、舌は空回りするだけだった。


「今回の戦いで確信が得られた。何故なぜ奴等が騎士きし団の作戦を先読みすることができたのか。穴をふさぐ術も見つけられた。すべてはもうすぐ解決するだろう。それについては、帰り道にゆっくりと教えてやる」

「は……はい。しかしもうひとつ、疑問があります」

「聞きたがりだな。まあいい。答えよう。で、なんだ」

「今回の作戦に僕が参加できたのは、まったくの偶然ぐうぜんでしょう?」


 ゴーダム公はすぐには答えない。風の音も返答にはならなかった。


「僕がダクローといざこざを起こしたために、閣下は僕を騎士団からいない人間にすることができて、戦力に加えることが可能になった…………僕がダクローと問題を起こしていなければ、どうなさるおつもりだったのです?」

「答えは単純だ。私ひとりで全てをになうつもりだった」

「――――」


 ニコルが絶句する。公爵ひとりでレマレダールの街に潜入せんにゅうし、し寄せてくる盗賊たちを公爵ひとりでむかえ撃とうとしていたのか。


「あ…………は、は…………」


 少年の胸の中で笑いが起こる。戦闘の緊張きんちょうなどは解け去り、心のゆるみに頬もまた緩んだ。


「あ、ははは、はははは……」

可笑おかしいか、ニコル」

「お、可笑しいです。とても公爵閣下のような立場の方がなさることとは、思えません」

「そうだな。私もそう思う」

「あはは、はは、はははは――」

「ふふふ…………」


 おなかかかえて止まらない笑いに体をふるわせる少年を月下にながめて、ゴーダム公爵はさざめくような笑いを口元で刻みながら、別のことをその舌先だけでつぶやいていた。


『笑うのだ、ニコル。心から笑えることは幸せなことだ。今は笑っておけ、心の底から。――もうすぐ、笑うこともできなくなるからな……』

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