「逃走と追撃」

 夜を昼に変えてしまう照明弾しょうめいだんかがやきを背にし、ニコルを乗せたレプラスィスが風の速度でけていた。その気持ちがいいほどに軽快な馬蹄ばていとどろきを耳にして、ゴーダム公はひかえさせていたはずの少年が前線に出ようとしていることを知った。


「ニコル、下がれ!」


 ゴーダム公自身も盗賊とうぞくに追いすがるように走る。巨体きょたい疾駆しっくさせるガルドーラは、大柄おおがら公爵こうしゃくと重い装甲そうこうを背に乗せ、自らも重装甲の馬鎧うまよろいを装着しているために本来の速度が出ない――それでも、軽装備の盗賊たちと距離きょりはなされていないだけでも大したものだ。


 だが、距離を置いての等速度とうそくどでは永遠に追いつくことはできない。その現実に公爵が歯噛はがみをした瞬間しゅんかん、街の防衛線からニコルが飛び出してきたのだ。


「下がれ! 追撃戦ついげきせんは簡単な戦闘せんとうではないぞ! お前には無理だ!」

「レプラーなら、レプラスィスなら追いつけます! ぼく奴等やつらの鼻先にまわんで動きを止めます!」


 ニコルはゴーダム公の声をって愛馬を加速させた。レプラスィスは少年の闘志とうしを共有し、かれを助けたいという一心で、危険だとわかりきっている前方に迷わず突進とっしんする。


 小柄こがらでゴーダム公より軽装な分、レプラスィスの速度はガルドーラよりも一段速い。風の流れに乗るように一人ひとりと一頭のかげがゴーダム公爵の横に並び、見る見るいていく。

 そんな一体となった人馬の背中を見て、ゴーダム公のくちびるはしに複雑な形がいた。


「ええい、面倒めんどうがかかる!」


 少年の無鉄砲むてっぽういかりを、そして献身けんしんに喜びを覚える。自分が理想としている少年が今、目の前に顕現けんげんしていることを至上の幸福だと感じる。


「あとで山ほど説教をするからな! 覚悟かくごしておけ!」

「はい!」


 一目散に逃走とうそうする盗賊たちの最後尾さいこうびが橋をわたりきる。ニコルは盗賊団からやや距離を空けて並走させ、卵形の一群になっている盗賊団の外縁がいえんをなぞるように走った。


 自分たちの速度に追いつき、今まさに追いそうとしている騎士きしの姿を横に認めて盗賊たちに緊張きんちょうが走る。撤退てったいする時に最も脅威きょういになるのは、自分たち以上の速度を持つ存在だ。


「こいつ! おれたちの先回りをする気か!」


 速度が武器になっているこの状況じょうきょうで、ただ一騎いっきであっても確実に追ってくる小柄な騎士――混乱から立ち直って一丸となり撤退する盗賊たちに明らかなあせりがいた。


 こんな一騎の騎士くらい、いまだ八十騎ほどを数える自分たちが殺到さっとうつつんでしまえば容易にれる。が、そのために速度を落とし、先ほど重い衝撃しょうげきあらしとなって仲間たちをばしていったあのゴーダム公爵に背後をかれるのだけはけたかった。


 盗賊たちの一団を左手に見てレプラスィスを走らせるニコルもまた、それを見越みこして走っている。盗賊たちの動きを少しでもゆるめられればいい。そうすれば、ちょう重量の大槌ハンマー一撃いちげきとなってゴーダム公爵が突撃とつげきしてくれるだろう。


 自分は盗賊たちをつまずかせる小石になればいい。仲間たちが散々に探し追ってきた盗賊たちを今、ここでのがすわけにはいかない!


「止まれ! 武器を捨て、大人おとなしく降伏こうふくしろ! そうすれば――」


 ヒュッ! と何かが飛来する気配にニコルは左腕さわんたてをかざすと盾の表面に矢が激突げきとつし、そのまま弾かれて飛ばされる。視線を走らせると、騎乗きじょうした盗賊が弓を手にし、次の矢をつがえているのが月明かりの中に見えた。


 騎乗したまま弓で矢を放つのは高等技術だが、やはり安定した地上で放つのよりは無理がある。盾から受けた衝撃の軽さで、その射手がそれほどの技量を持っていないことをニコルは察した。


「こいつらは騎士団から身をかくし、逃れ続けることに特化している。騎士団とまともに組み合って戦うだけの戦闘力せんとうりょくはない――そこが付け入るすきか……!」


 だが、ニコルの読みは少しばかり、あまかった。


「――散開しろ!」


 あか覆面ふくめんの盗賊がげきを飛ばす。その号令が下るやいなや、一群となって固まり同じ方向に疾駆していた数十騎の盗賊が、タンポポの綿毛が風に吹かれたように散り始めた。


「うっ!?」


 このままひとかたまりのまま盗賊たちは逃走する、そんなおもい込みにとらわれていたことに気づいてニコルはかぶとの中で顔をゆがめた。


「自分の都合のいいように判断してしまっている!」

「ニコル! 指示をした盗賊をねらえ!」


 後方から速度を緩めずに追撃し続けるゴーダム公の声が轟いた。


「そいつが頭目だ! 頭目だけをつぶせばいい!」

「――あいつか!」


 一群の先頭に位置していた紅い覆面の盗賊、そいつが頭目だとニコルは断じた。

 高い密度に固まっていた馬群が散っていく様を後方から追うゴーダム公も目撃もくげきしている。この一団がそれほどの統制力を持っていないことも見抜みぬいていた。


「頭目についていくだけの集団だ。これほどの規模で副官もいなければ下士官もいない」


 ゴーダム騎士団であれば、最高指揮官となる隊長一人に十人以上はいてもおかしくない。下士官は自分の直属としてついた四人よめを指揮し、同時に隊長の指揮に従うのだ。

 そんな組織作りがなされていないということは、それまでの集団であるということだ。


ハチの一団くらいの組織力しかない集団……規模ばかり大きいのは、めた流れ者か犯罪者を集めているからだな……そして常に最高指揮官の頭目が現場にいる。そいつを潰してしまえば、雲散霧消うんさんむしょうすると信じたい! ――ニコル! 頭目の足だけを止めろ!」


 飛び出したニコルをしかったことも忘れてゴーダム公はさけんだ。自分の手で事態を完結できない口惜くやしさはあったが、今は現実に対処するしかない。


「は、はい! ――退けぇ! 邪魔じゃまだ!」


 騎馬きばの波の向こうにいる頭目の背中に追いすがろうと、ニコルは盗賊団の中に突入とつにゅうする。だが、無数の馬群がニコルの行く手をはばむ。それらが馬首をめぐらして刃向はむかってくるわけではないが、そこにかべとなっているだけで大きな障害だった。


 少年が長槍ながやりを振り回し、こちらに背と恐怖きょうふふるえる横顔を見せて逃げつづける盗賊の脇腹わきばらたたき込む。うすかわ鎧くらいしか着ていない盗賊のひとりが簡単に馬上から落下し、地面で弾もうとするところをレプラスィスがり飛ばした。


「――退け、退け退け、退けぇ!」


 全身を流れる血が加熱されるのをニコルは感じる。獣道けものみちに生えるはらうようにやりを振り回し、一直線の進路をさえぎる盗賊たちを馬上から払いとす。悲鳴を上げて落馬する盗賊、おどろいていななきを上げたおれる馬、その全部が障害となってニコルの進撃しんげきさまたげた。


「――マズいな!」


 地面に叩きつけられ、うめき声を上げる盗賊の体を躊躇ちゅうちょなくみ潰して走るガルドーラの背中で、ゴーダム公は焦りの台詞セリフを唇で刻んでいた。


「配下を盾に逃げ切るつもりか! こいつらの代わりはいくらでもいるということか!」


 そんなゴーダム公の声が聞こえているように、壁にした配下の騎馬たちの向こうで目だけをのぞかせた紅い覆面の頭目が後ろを向き、ばしたうでを配下越しのニコルに向ける。

 その手ににぎられてた黒い拳銃けんじゅうが月光を受けてギラリと光り、冷たい銃口じゅうこうをのぞかせた。

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