「引き金」
「失礼しますよ」
実の
「お、お
親しくなっているとはいえ
「いいのですよ。あなたは
「は、はい…………」
「私も、コトの
「…………」
ニコルの
まだあの光景を見てから、丸一日ほどしか時間は
「……マルダムは、
「心配せずともよい。サデュームの家には
「……お気遣い、ありがとうございます……」
「ニコル、お前は一昨日の戦いからほとんど食事を
「は、はい……」
ニコルは空腹感に
原因はわかっている。あまりに多くの血を浴びたからだ。二十四人もの人間を殺したという話だが、ニコルには最後の
おそらく、後者だろう。スープを口にして吐き
「……よくあるのです。
慣れているのか、エメス夫人の言葉に『殺人』という言葉は
「一、二週間もすれば元に
「ですが、お母様…………」
「なので、この母がお前のために特別な食事を用意しました。――ちょうど
エメス夫人が視線を横に投げかける。その先に、
「コノメ、こちらです。早くいらっしゃい。ニコルがお腹を
「ニコルにいさま、おかえりなさいなの。――シチューをつくってきたの」
自分の首までの高さがある荷台を押すコノメが、大きなフリルを頭の上で
「ただいま、コノメ……コノメが作ってくれたのかい、そのシチューは……」
「私が作らせた特製のシチューです。たくさんの銀豆を高圧鍋で
「コノメがよそってあげるの」
ニコルの目の前でコノメが
銀色をしている豆であるから銀豆という安直な名前をつけられているこの豆は、安価で栄養価は高いが味はいまいちという、どちらかといえば貧しい家庭で出される食材だ。
「はい、ふーふーするの。ふー、ふー」
「だ、
「ニコルにいさまがぜんぶたべるまで、コノメがよそうの」
「これを全部?」
コノメの小さな体で
「全部食べたら胃が
「ほんとなの? ほんとにあとでぜんぶ、たべるの?」
「あとでコノメのおうちで食べるさ。だから、お代わりは二
「あら、やっぱり作りすぎたかしら。男の子の
「ニコルが三人いてもそれは難しいのではないですか、お母様?」
「サフィーナ様……」
「お帰りなさい、ニコル」
若草色の簡易なドレスに身を包んだサフィーナが少年の前に立ち、にこりと笑いかけた。
「無事でなによりです。任務、ご苦労様でした」
「は、は、はい」
そのままサフィーナは母であるエメスの反対側に腰を下ろす。公爵夫人と公爵
「サフィーナ、今ニコルは食事中なのです。少しは
「任務から
「やなの」
「これはコノメがつくったから、コノメがニコルにいさまにたべさせるの」
「
「コノメがつくったの」
「コノメは私付きの
「やなの」
「はははは…………」
ひとつの椀とひとつの匙を
それは小さいものだが、この長椅子に座ったニコルが三人に初めて見せる
「……ありがとうございます、僕に気を遣ってくださって……。僕は……大丈夫です。心の整理が完全に着くには少し時間がかかるかも知れませんが、立ち直ります。そうしなければ、僕を守ってくれたマルダムに申し訳が立ちません……」
「――ニコル、あなたは優しいのですね」
サフィーナの手がニコルの顔にそっと当てられる。持たれていた絹のハンカチがニコルの目の
「
「……サフィーナ様」
「ニコル、それはしばらく貸して差し上げます。また今度会った時、返してくださいね」
ニコルの手にハンカチを持たせたサフィーナは立ち上がり、では、とひとつ微笑みを残して、その場を去って行った。
「……そうね。今のニコルにあまり
笑ったエメス夫人も立ち上がる。
「ニコルにいさま、のこりはあとでたべるの?」
「うん。今晩はコノメの家にお
「じゃあ、おうちに運んでおくの」
「ニコルも、横になって休息を取らなければなりませんよ。いつ新しい任務が来るかわからないのですから。……正直言うと、私はあなたを
「……お母様」
「しつこいと
エメス夫人が歩み出し、荷台を押すコノメを引き連れて去って行く。
ニコルは立ち上がってそんなふたりに一礼し、再び長椅子にお
再び背もたれに背中を預けて『騎士の棺』に目を向け、
「もう、そろそろ終わりかな…………」
上がる狼煙も消えかけて
「よう、ニコル」
首を横に向ける。と、ニコルの表情に苦いものが
「ダクロー…………」
「ずいぶんご
「――そうですか」
「
ニコルは狼煙が消えたのを
「二十四人
「…………」
「どうせ武器を持った
「っ」
その一言にニコルの
「技量がどうかはともかく、精神が向いてねぇよ。騎士っていうのはな、死に動じない人間じゃねぇと務まらないんだ。味方の死どころか敵の死にも
「…………あなたには関係のないことでしょう」
「は? ああ、関係ないことかも知れないがな。ま、お前の武勇伝らしいものがどれだけの無様重ねた上に積み上げられたものだっていうのは、わかるもんさ。きっと、自分がどうやって相手を斬ったのかもロクに覚えてないんだろ? ん?」
「…………」
「
「失礼します。行く所があるので」
「けっ」
ニコルがゆっくりと歩き出す。ダクローの
「
いくらニコルを
その変えた先の話題が、色々な意味で
「あのマルダムも
すれ違ったダクローから十歩ほど
「あのデブこそ騎士に向いてなかったぜ」
ダクローは後ろにいるニコルを見ていない。
「早めに諦めるようにイジメてやったのに、実家に帰る勇気もねえからこんなことになったんだ。元々ノロマだったからな。ま、いずれこんなことになるんじゃないかとは思ってたんだよ。だからあの
「――おい」
「は?」
後ろから伸びてきた肩に触れるものを、ダクローが感じた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます