「噂」

 現在、ゴーダム騎士きし団はその戦力の半分が外任務にいている。なかなか会敵かいてきが望めない『まぼろし盗賊とうぞく団』をなんとしてでも発見し、殲滅せんめつするために濃密のうみつ警戒けいかいもうを構築して領内を騎士団の部隊が複数動き回っているのだ。


 毎日、複数の部隊が出撃しゅつげきし、同じ数だけの部隊が帰還きかんしてくる。帰還した部隊は数日の休養を取ってまた出撃していく。そのかえしで件の盗賊団と接触せっしょくする機会をなんとか得ようとしているのだが、そのすべてが空振からぶりに終わっている。


 だから本日、早朝に帰還したチャダ中隊などは毎日帰ってくるたくさんの部隊のひとつでしかなく、本来なら注目されるはずもないありふれた部隊のはずだった。


 しかし、このチャダ中隊の帰還はすぐに騎士団中の話題になった。


「チャダ中隊は二つの盗賊団と接触したらしい」

「そのひとつは雑魚ざこだったが、蛍光石けいこうせきの鉱山に拠点きょてんを持った連中がなかなか厄介やっかいだったようだ」

ほかの盗賊たちも『幻の盗賊団』をなんとかできない騎士団をめ始めたようだ」


 ひとつの盗賊団を処理できない騎士団の実力をあなどり、自分たちの活躍かつやくの時期が来たと勘違かんちがいした連中がさわしているというのが実情のようだ。無論、捕捉ほそくできる限りにおいてゴーダム騎士団がそんな盗賊たちをどうにかできないわけがない。


 注目されたもうひとつの理由は、騎士団に久々の犠牲者ぎせいしゃが出たことだ。マルダム騎士見習いが戦死した報は公式の発表が出される前に全騎士団にわたることとなり、騎士たちは自分たちが危険な場で働いていることを身震みぶるいと共に再確認かくにんした。


 そして、騎士団が今回のチャダ中隊の任務について最も注目を引いている理由は――。


「二十四人りだって?」


 騎士たちは戦慄せんりつと共にその言葉を口にした。


「ああ、もうそりゃ、すげぇ迫力はくりょくだったぜ」


 チャダ中隊に従軍した騎士たち――特に従兵として参加した騎士見習いたちの口は軽かった。


「死んだマルダムを見た途端とたんかぶとたてをその場で捨ててすごい声でえたんだ、あいつは」

「兜と盾を捨てた?」


 そこからがすでに理解不能な話だった。


「矢が飛んできてたんだろ? 前と後ろから」

「ああ……特に前からの矢がひどかった。後ろは幌馬車ほろばしゃが盾になってくれていたからまだ少しはマシだったが、前には遮蔽物しゃへいぶつがなかったからな。矢を受けてたおれた馬を積み重ねて土嚢どのう代わりにしなきゃいけなかったよ……」

「それはともかく、そんな状況じょうきょうで兜と盾を捨てたっていうのが、正気じゃねぇよな」


 駐屯ちゅうとん地の一角で、チャダ中隊に従軍した騎士見習いを囲んで十数人の騎士見習いたちが輪を作るようにすわみ、真剣しんけん面持おももちで話し合っている。しなければならない仕事をり出してそんなおしゃべりに時間をくだけの価値が、その会話にはあった。


「矢の雨が降ってる時に兜と盾を捨てるなんて自殺行為こういだ。おれなら最後まで手放さない」

「それで、その兜と盾を捨てた時の吠えてる様子って」

「それだ」


 会話の輪の中心にいる騎士見習いが、わずかに武者震むしゃぶるいをしながら話す――その時の様子がまだ五感に残り続けているかのように。


おおかみか……いや、獅子ししだな、獅子が吠えるような声に聞こえた。あの小さな体からどうしてそんな声が出せるんだっていうもの凄い咆哮ほうこうだった。盗賊たちだけでなく、味方の俺たちもビビり散らかしたよ。……それでアイツ、こしけんき放って鉄砲てっぽうたまみたいな勢いで相手に向かってすっ飛んでいったんだ」

「矢を放っている相手にか」

「ニコルの吠えた声に盗賊たちは狼狽うろたえていた。矢は放たれなかった。放っていたとしても、当たりはしなかっただろうよ。それから…………」


 ぶる、ぶるると騎士見習いのかたふるえる。最初は気楽な世間話として始まった会話が、内容が本質にせまるにつれて怪談かいだんよりおそろしいものに変わり、話している騎士見習いの顔色を見る見る間にあおくしていった。


「……それから、もの凄い殺戮さつりくだった。ニコルが剣をるうたびに人のうでや首が飛んだ。がった血を頭からこうむって、ニコルが着ている甲冑かっちゅうの色が血のそれになった。一番後方に着いていた盗賊がおびえてげ出そうとするのをニコルは風のように追いかけて、い抜いて、出口をふさいだんだ…………」

「う…………」


 自分たちがその盗賊の立場になってみたら――そう想像すると騎士見習いたち全員が背骨をひとつ、大きく震わせた。


「それで盗賊たちはニコルを倒して脱出だっしゅつしようとニコルに殺到さっとうして……ニコルはその全部を一人ひとりりにして……皆殺みなごろしにした……」


 仲間の戦果を『皆殺し』と表現したこと、されたことにその場の騎士たちは特に異議を唱えなかった。それが最も相応ふさわしい表現だと心に馴染なじんだからだ。


「俺たちが反撃はんげきとして繰り出してたした後方の盗賊は六人か、七人か……それくらいだったろうな……最後に生き残った盗賊もニコルが倒していたが……あいつ、異常だったよ……かべに追いめられて降伏こうふくしようと武器を捨てた盗賊の腹に剣をして、突き刺して、もう死んでいるのに何度も何度も突き刺して、『なんでまだ生きてるんだ』とか『死ね、死ね死ね死ね!』とかわめいていたな……アリーシャ先輩せんぱいなぐばされなきゃ、どこまでやってたかわかんねぇよ……」

「あの大人おとなしそうにしか見えないやつが、そんな……」

初陣ういじんで頭が飛んでたにしても、かなりてるな」

「……戦闘せんとうが終わった後は抜けがらみたいになってた。今でもそうだよ。『騎士のひつぎ』の前の長椅子ベンチに座ってずっとほうけている……」

「――へっ」


 木陰こかげからそんな騎士見習いたちの会話を聞いていたダクローはうすく笑うと、林の木々の上から見える白い狼煙のろしの方に目をやった。


「あいつが? 二十四人もった? 何かの間違まちがいじゃないのか。蛍光石の光にやられて集団で幻でも見ていたんだろうさ」


 一回の戦闘で一人がそれほどの人数を倒すというのは普通ふつう、考えにくいことだ。

 しかも十四さいの少年が初陣で、と条件が重なれば、『考えられない』と言う表現こそ相応しい。


 このような話はひれに尾ひれがついてとんでもない話になるものだ、というのがダクローの持論だった。伝説というものは常に盛られるものなのだ。


「ま、奴の顔でも見てやるとするか。それで事実かどうかわかんだろ」


 ダクローは多少のイタズラ心を持って『騎士の棺』の方に歩いていった。

 それがとんでもない事態に発展しようことなど、神ならぬかれには知り得ようもなかった。

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