「騎士の棺」
ニコルが以前、マルダムと共に仕事として
そこでは、高さ二・五メルト、
並んでいる石碑の数はざっと三十枚。
黒い石板一枚の
――長いゴーダム騎士団の活動の歴史の中で戦死した名前が、約三千人近く。
そしてこの日、その石碑に新たな名が刻まれた。
マルダム・ヴィン・サデューム騎士。
騎士見習いではなく死んで騎士となった少年の名が、最後の一行に刻みつけられた。
◇ ◇ ◇
「まさか、君と一緒に掃除した後に刻まれる最初の名前が、君のものになろうとはね……」
黒い石碑群から少し
ニコルはその石碑と狼煙を上げる施設の両方が望める場所に置かれた
東屋状の建物の屋根の下には棺の形をした大きな箱が
小一時間前、その蓋が外され、マルダムの
地下の
ニコルもいずれそこに入ることになる――生前にそれを
東屋の屋根の下、棺の上には
白く上がっている太い
騎士団では人は死ぬ。危険な任務の
たった
だから、駐屯地の空に白い狼煙が上がれば騎士団の面々は仲間がまた死んだことを知り、
いずれ、自分もそこに入るのではないかという
「マルダム…………」
伸びていく狼煙の行き先が、今、マルダムの
人は死ぬと肉体から魂が離れ、魂が進むべき二つの道、どちらかを
ひとつは
やがて『無』の中で魂は自身の意義も拡散し、『無』の中で
それを見た者などいない。ただ、そういう
「…………」
ニコルは、それを疑ったことはないが――。
そして、もう一つの道。
それがニコルが今、
マルダムはその道を歩んでいるに
「マルダム……君は今、どの辺りを歩いているんだろう……。結構のんびりしている性格だったからね、君は……
見上げる遠い空が時折、にじむ。ハンカチを目に当ててそのにじみを
太陽が、高い――。
鐘の
「ニコル」
長椅子の背もたれに体重の半分を預けていたニコルは、かけられた声に
真上に向けていた視線を水平に
「
「バイトン正騎士…………」
白い花束を
久しぶりに見る顔を前にして立ち上がろうとするニコルを、バイトンの手が制する。
「いい、座ったままで。――ご苦労だったな」
「…………すみません、ご
「部屋には立ち寄ってくれたんだろう。少し席を外していた」
必要はないのだがニコルは反射的に
「……チャダとアリーシャから大体のあらましは聞いた。マルダムは…………残念だったな…………」
「…………はい…………」
慰めの言葉がまたニコルの心をざわめかせた。ざわめきは涙を呼び、目の
「
「僕はまたひとり、尊敬できる方を得ました。サデューム男爵はこの騎士団で上級騎士にまで上り
心に
そんなニコルの言葉を、バイトンは蒼い顔で言葉もなく聞いていた。
「――僕は、この騎士団に
「そ、そうか…………」
空を見上げるニコルの横で、バイトンはうつむいた。自分の足元を見つめ、そこに視線を
風が
「……ニコル、
「……バイトン正騎士……?」
「私は軽蔑されるべき人間だ。お前に尊敬される資格など、これっぽっちもない。……今回のことも、私がマルダムを殺したも同じだ。お前は私を恨んでくれていいんだ」
「主計官としての任務があって、外任務に同行できなかったということですか……?」
「私に勇気があれば……
バイトンの肩が
「……やはり、自分の部下が失われるのは
それを思うと、出世をして部下を従える立場になるということが
「チャダ正騎士も苦しんでおられた……でも、苦しまないよりはいいのかも知れない。人の死に慣れてしまうのは幸せなことじゃない……」
「――ニコルや」
その呼びかけで、空を見上げていたはずの視線が下がってしまっていたことにニコルは気づき、同時に呼びかけが誰のものであるのかを知って
「任務、ご苦労様でした」
「お……おく……いえ、お
「隣、よろしいかしら?」
言い
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