「初陣・――友への誓い」
その場の全員の視線が集まる中、ニコルは考えるより先に自然に一歩、前に出ていた。
マルダムの両親と話をする機会があるだろうとは予想していた――
自分から名乗り出るつもりもあった。マルダムは命を
だから
「……自分が、ニコル・アーダディス
逃げるつもりなどなかった。
呼ばれたなら前に出るだけだという思いで、ニコルは名乗った。
「やはり、そうか」
ふぅっと風がよそぐように、男爵は
「君が
「失礼ですが……
ニコルは聞いた。自然にそれは、この場にいる全員の疑問であり、質問となっていた。
「この子は結構筆まめでな。騎士団の中で寂しかったこともあるのだろう。この直近の半月に三通、手紙を送ってくれていたのだ。その三通ともに、君のことが書かれていた」
そうだったな、とマルダムの父は
「最初の一通目は、自分の小隊に君が配属されたことが書かれていた。
サデューム
「数日
「三通目はつい先日、四日前に届いた。きっと、
「申し訳ありません!」
父の息子を想う気持ちの重さに
「マルダムは、ご子息は
「そうだったのか…………」
男爵の声と言葉から、そこまで詳細なことは知らされていなかったのだろうことがニコルにはわかった。チャダ正騎士も、男爵がどういう反応をするのか心配を覚えて、マルダムが死に至った過程を伝えていなかったのだろう。
「自分はご子息を守れなかったばかりか、こうやってのうのうと生き延びて……申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません…………!」
「……ニコル君、君が
ニコルが
「君が膝を着く理由などないのだよ。騎士は死ぬものだ。誰かを守って死ぬものだ。それが君だったというだけの話だ。……息子は、マルダムは君を守りたくてそうし、現に守ることができたのだ。君が今生きてくれていることが、マルダムの望みだったのだ。そうでなければ矢の雨が降る中で、
息子の顔をのぞき込む男爵の目から涙が流れ、頬を伝い
「――男爵
「……そうか。君自身が息子の仇を討ってくれたのか」
小さな喜びの色が、男爵の唇の端に浮いた。
「ならばもう、マルダムは救われているな……。
父の声が
父のすすり泣きは二分か、三分か、もっと短かったか……心を無にしていた周りにはわからない。ただ、何も考えることもできなかった。
この戦いで得た物、失った物を心の
「騎士の家の者が泣くなと妻を
「立ちたまえ、ニコル君。息子は君のそんな格好を望んではいない。君は小柄ながらも、立ち姿はとても
「は、はい…………」
そんなニコルの姿を男爵は涙に濡れた目で見つめ、誇らしげに微笑んだ。
「そう……そうだ。その姿勢だ。それこそ騎士のあるべき姿だ。……私もゴーダム騎士団で上級騎士にまで
サデューム男爵もまた、立ち上がった。騎士として死んだ息子に自分も元騎士として敬意を送り、
「――ニコル君。君にひとつだけ、私からの願いがある」
祈りの言葉をたどり終わった男爵が
「聞いてくれるか」
「……自分にできることであれば、なんなりと……」
「そうか。では、言おう」
男爵の手が伸びてニコルの両の肩に乗せられ、骨の形を確かめるように力が入れられた。
「生きてくれ」
「――――――――」
ニコルの涙の雨に濡れきった心にあたたかな風が
「恩着せがましく言うわけではない。が、マルダムが命を
「は、はい…………」
「だから、君には生きてもらわねば困るのだ。人生をここで終えてしまったマルダムの分まで生きてくれ。その命で
二人を見守る騎士たちの中で、ホウセンカの実が
「時が経てば君も、いつかは命尽きる時が来る。
「て……天の国へ……」
天の国。
それは、地上に生を受けた者が命を
そこでは生前に知り合った者が
「マルダムはそこで待っているだろう。君を
体と心の全部を震えさせ、アリーシャがハンカチを口に当て、少年と父の姿から目を
「僕は君のおかげで善く生き、幸せに生きられたと。君の死を、命を
「わ……わかります……マルダムの友である僕にしかできないことです。そうしてマルダムの魂を安らげてあげることは、僕にしか……」
目を閉じても
「
ニコル・アーダディスの名において、
――僕は、マルダムの死を無駄にはしません。いずれ僕が天の国の門を
「ありがとう、息子の友よ。……満点だ。満点の言葉だ。きっとマルダムも今、天の国に至る
サデューム男爵はニコルの肩に乗せた手を少年の背中に回し、胸に掻き
「マルダム……ちょっと、待たせるとは思うけれど、僕も確かにそちらに行く……。その時は、この世でできなかったことをたくさんしよう。そうすれば僕たちは、もっともっと親しくなれるだろうから…………」
そのか細い
何故なら、マルダムはニコルの心の中で生き続けているからだ。
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