「初陣・――棺」
「ニコル、お前は残っていていいんだぞ。……いや、残っていろ」
「そんなわけにはいきません」
「……わかっているのか? この棺を持っていく先は……」
「マルダムの実家なんですよね」
わかっていた。ニコルにはそれくらいわかっていた。
「……マルダムが死ぬ前夜、
「お前、それがわかってて……」
「僕はマルダムの親友なんです」
すみません、とニコルは頭を下げながら半ば
それは、棺を抱える人間の中で、故人に最も関係が近かった者を示す位置だ。
「……ここでマルダムの遺体とお別れになるのなら、僕はマルダムを抱えてあげたい。それが僕に残された数少ない、マルダムに対して
ニコルの
数瞬の
「……わかった。時間もない。運び出すぞ」
この場でいちばん位が高いアリーシャが前に立ち、八人がひとつの棺を
その道の
「ああ……この人たちは、マルダムの実家の領民なんだ…………」
マルダムの家――サデューム家は小さな
マルダム自身は、その家の三男だと言っていた。
兄を差し置いて代官になれる可能性は限りなく小さいはず――いや、もう、永遠に不可能になってしまったが……。
「この領民たちは、『坊ちゃま』の帰還を出迎えているんだ……」
こうして騎士団の面々が仰々しく棺を担ぎ、村の奥に向かって進む――そんな様子からだいたいのことは察せられるだろう。
棺を肩に
少し小金持ちの家、ニコルが王都で住んでいた小さな家を十
その邸宅を囲む
「あれは…………」
リルルの父、ログトは五十四歳のまぎれもない初老だったが、生気と活力にあふれたログトよりもかなり老いた印象があった。
その
「……あの方々が、マルダムのお父上と、お母上…………」
その後ろに
一様に重苦しい表情をこちらに向け、まるで
「おい、
一歩一歩、全員が足の裏の全部を地面に着けたのを確かめるように進む列がわずかに
「すみません、大丈夫です」
ニコルの返事にそうか、と目で返した騎士見習いは視線を前に
これは自分で望み、自分で志願したことなのだ。
サデューム家の人々と騎士たちの間には真っ白い
「ご子息のご
チャダの宣言と同時に、わずかの角度にも
その一人となったニコルもまた、熱い
振り
マルダムの父の唇が
「…………この場で開けても、大丈夫かな?」
マルダムの父の問いにチャダはほんの
「
「……開けていただけるか」
「かしこまりました。――お開けしろ」
チャダの指示で騎士見習いたちが
永遠の眠りについているマルダム騎士見習いの姿が、棺の中にあった。
騎士としての正装もさせてやれない遺体は新品のシャツとズボンを着せられ、物もない中でせめて死者に誠意を示そうと、
だが、その深すぎる眠りの顔は、死者の顔だった。いくら色を
「お
チャダに続いて全員が深々と礼をした
そんな母親の
「泣くな。騎士の家の女がみっともない。……妻を奥に連れて行って休ませてくれ……」
「はい、
年かさの男ふたりに
「ご子息の戦死はまだ騎士団には報告しておりません。ご遺体をなるべく早くお返しするのが先だと自分が判断いたしました。帰還
「いや、大事な任務の途中、お
「ありがとうございます…………」
自分の
マルダムは、自分をかばって死んだのだ。その事実をもう一度味わわされて、ニコルは足の裏から自分の体が、
「――チャダ正騎士殿、少しだけ時間をもらえるか」
「ええ、それはなんなりと、いくらでも……」
「ニコル・アーダディス騎士見習いと話をさせていただきたいのだ」
そのマルダムの父の言葉に、涙に
「……自分はまだ、アーダディス騎士見習いの名前も出してはいないはずですが……
「
その場にいるチャダ中隊の全員が
マルダムの父の目が迷うことなくニコルに向けられた。
「――君が、ニコル君だろう」
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