「明日、目覚めるまでの間」
自分たちが
「……あの時、
背もたれに体重の全部を預けてもたれかかり、
テーブルの上に
「あったかかったなぁ……。俺、母親に抱きしめられた
「ああ…………」
「おいおい、エヴァンス、泣いてるじゃねぇか。本当にお前の泣き虫は治ってないな」
「兄ぃだって、人のことを言えた義理じゃないだろう……?」
「…………へへ」
「兄ぃも、
「おいおい、俺はあと一年もすれば
「ははは……兄ぃは、意外に人見知りする
「へっ、まったくだ」
ふたりの
「兄ぃ……ありがとう……」
「なにがだ?」
「死ぬ
「お前も
「私が兄ぃを、ないがしろにできるわけがない……私の、たったひとりの兄弟だ……」
「そうだな。俺のたったひとりの弟なら当然だな、ははは」
涙が止まり、
「兄ぃ。私にできることならなんでも言ってくれ。今の私なら、兄ぃを
「バカ言うな。この歳で
「せめて、もう少しいい所に住んでくれ。まだあの
「掘っ立て小屋とか言うなよ。お前も住んでた家だろ。まあ掘っ立て小屋なんだけどな」
ダリャンが歯を見せて笑い、エヴァンスもまた
「ああ……私も住んでいた。兄ぃと出逢ってすぐ、母さんが
「
「背が
「だから対角線で
「――しまいには私の体重を柱が支えられなくなって、小屋が
「いやー、夜中にいきなり小屋が
「あれが私の、あの小屋で寝た最後の夜だった」
「次の日に
「はは、ちょうどよかったよ。実はお前に騎士団入りを
「それは
「はは。――しかし、あの狭さでふたりが食って寝て、仕事してたりしたんだ。お前が本当にガキのガキのころは広々としていた気がしたのに、あっという間に狭くなった……」
「でも、楽しかった……本当に楽しかったよ」
「楽しかったよ。毎日毎日しんどくて、お前もよくえぐえぐ泣いてたけどさ、食って寝て夜が明けて目が覚めたら、そんなこと全部忘れてた。一日が長くて、
ふたりが共有した時間――まだ自分たちが少年のころ、幼いころの
『いたいよー、いたいよー、あにぃ、いたいよー……』
『どうした、エヴァンス。ぴーぴー泣いてんじゃんか』
『また、こもののあいつらにいじめられたんだよー』
『あ? 十二番室のいつもの
『いたいよー、いたいよー……あにぃ、いたいよー……』
『泣くな、エヴァンス。俺が
『でもあにぃ、あいてはさんにんもいるんだよー』
『三人までなら俺が勝てる。お前の兄ぃは強いんだ。俺がケンカに負けたことあるか? 兄ぃに全部任してろ』
『あにぃ、ごめんよ、ごめんよー……』
『俺はお前の兄貴分だろ。弟分をやられるのは、俺がやられるのと同じなんだ。今から仕返ししてくる。お前は俺が帰ってくるまでに
『わかったよ、あにぃ。……あにぃ、いつもありがとなー……』
『あやまんなよ、エヴァンス……』
確かめ合わなくても同じ景色を見ているのだと信じて、二人は語り合っていた。
「――お前がまだガタイも小さくて、周りからイジメられるしかなかったころ、俺がお前を
「兄ぃ、たまに私はこう考えるんだ。……もしかしたら、本当の、現実の私たちはあの時の子供のままで、今いる私たちは、あの時の私たちが見ている夢なのかもって……まだ私たちは、あの掘っ立て小屋の
「そりゃねぇよ。間違いなくこっちが現実だ。断言できるさ」
「……
「あるさ。だって考えてもみろ。なんでどうとでも都合がよくできる夢の中で、俺よりお前の方が
「じゃあ兄ぃは、王様か……いいな、ダリャン一世。私も兄ぃにそうなってほしかった」
「
ダリャンはグラスに三
「俺もいつまで生きられるかわからねぇ。独身の
「それは困る……兄ぃは、私が死ぬまで生きてくれないと……」
「お前より八つは年上なんだぜ。俺が先に死ぬに決まってらぁ。天命だけはどうにもしてやれねぇ。俺の代わりに心を開ける相手を作るんだ。今からでも
「兄ぃの代わりに、そんな相手が……」
「いるだろ。あの
うつむき続けていたエヴァンスが、初めて顔を上げた。
「……ニコルが?」
「いい坊主だよ、あのニコルは。体格はまるで正反対だが、中身はお前とよく似てる。実際、お前も気が合うのは感じてるだろ。――でもあれか、あのニコルも例の
「いや、あのニコルは間者じゃない。私にはわかる」
「おいおい、気に入ってるからって、根拠もなしに決めつけるのは」
「根拠はある。――レプラスィスだ」
首を傾げかけたダリャンに、エヴァンスは
「入団試験の際、私と共に走った時、暴走状態になったレプラスィスにニコルは
「…………しないな…………」
「それに、レプラスィスは心からニコルを
「なら、ニコルを
「ははは……」
「ニコル・ヴィン・ゴーダム公爵か。どうもこのゴーダム公爵家は入り
「それを言われると痛い。私も実の息子を得られず、先代に本当に顔向けが……」
「その代わりいい義理の息子を得れば、先代様も喜んでくれるさ。先代様もいい義理の息子を得て喜んでいたわけだからな。――人の
「そうだな……兄ぃ……」
「さて、そろそろ俺もお
ダリャンはエヴァンスのグラスにウィスキーを注ぎ、満たした。
「最後の
「ああ……いつまでも、過去を振り返ってはいれないからな……」
「じゃあ、エヴァンス。俺の弟よ」
「ダリャンの兄ぃ。私の
「乾杯」
キィン、と先ほど耳にしたのと同じ音が
「――つぅ、こういう酒はちびちび
「兄ぃ、残りは持っていってくれ」
「おお、いつもすまんな」
まだたっぷりと中身が残っている
「こんな良い酒を抱えているのを外で見つかったら言い訳できねぇからな。まさか小者のダリャンがゴーダム公爵から高い酒を譲ってもらってるなんて誰も信じてくれやしねぇ。そのままその場でバッサリ
「気を
「はは」
弟分の言葉に
「いいんだよ。俺はこれで気楽になれるんだ。それはそうとお前、ここんとこ酒量が増えてるだろ。飲まない日を作れよ。――俺は俺ひとりの体ですむけどな、お前は何十万人を
「兄ぃに言われちゃ、仕方ないな……」
「次の
「ああ……おやすみ、兄ぃ」
「おやすみだ、弟」
ダリャンは入って来た
かつての幼い兄弟たちが
◇ ◇ ◇
『――あにぃ、おっかあにメシくわせてきた! からだもふいてねかせてきた!』
『おう、ごくろうさんだ。お前のおっかさんもびっくりしてたろ。
『うん! にくをこまかくきって、くわせた! おっかあもよろこんでた!』
『んじゃ、俺たちの晩飯だ。今温め直したところだからなー。あつあつだぞ』
『にく! にく! おいらにくだいすきだ!』
『食え食え。男は肉食わないと強くなんねぇぞ。お前は骨はしっかりしてっから、これからいくらでも大きくなれるぞ。だから肉を食うんだ。俺のも分けてやる』
『あにぃのぶんはー? あにぃもにくすきだろー?』
『好きに決まってるだろ。でも俺はもうある程度大きいんだ。それにお前に大きくなって強くなってもらわねぇと、お前がまたイジメられてその仕返しに手間かかるからな。お前が強くなってくれたら手間が減るんだ。だから肉を食え。たくさん食え』
『あにぃ、いつもごめんなー』
『
『うん! ――にくうめー! にくはほんとにうまいなー!』
『ああ、
『うん! あにぃとくうと、なんでもうめーや!』
『あにぃ、いたいよー、いたいよー、いたいよー!』
『また泣いてるのか、エヴァンス……ってお前、
『うう……いたいよー……からだじゅういたいよー……あのきしみならいのやつら……』
『ああ? 騎士見習いの奴等って、五十八番室のあの連中か?』
『そうだよー。おいらなんにもしてないのに、くさいだチビだびんぼうにんだって、よってたかってけられてたたかれたんだ……いたいよー……くやしいよー……ううう……』
『あったまきた。騎士見習いが、将来騎士になる
『でも、こものがきしみならいとケンカしたら、こっちがわるいことになるよー。しかえしなんかしたら、あにぃがしばりくびになっちゃうよー……』
『くそ、同じ人間じゃねぇか。なんで騎士見習いだったら悪いこともよくなるんだよ。絶対
『でもどうするんだよー。あいてはよにんでケンカしてもかてないし、そもそもまともにケンカできないよー……』
『そういう時は頭使うんだよ、頭。まともにケンカできないなら、まともにケンカしなきゃいいんだ。
『うわあ、なかでブンブンしているとおもったら、あれハチなのかー』
『夜中、あいつらの宿舎に
『いいきみだね!』
『ああ、いい気味だ。あんな奴等、騎士団にいること自体間違ってんだ。あいつらが騎士団から逃げ出すまで
『すげー! あんないいとこのボンボンたちなんて、イチコロだ!』
『
『わかった! おいらつよくなる! あにぃみたいにつよくなるよ!』
『その意気だ。お前も俺みたいに、イジメられてる奴を助けられるくらいに強くなれ。いいな、エヴァンス。本当に強くなれ。ついでに偉くなるんだぞ!』
『うん! ――やっぱりダリャンのあにぃはさいこうだ! おいら、ダリャンのあにぃがだいすきだ!』
『当たり前だろ、俺はお前の兄ぃなんだからな! ――ほら、笑え! 笑えば痛いのも飛んでくぞ! わはははははは!』
『あははははは!』
『わはははは!』
『あははは――』
『わははは――』
『ははは――』
『――――』
『――』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます