「兄弟の記憶」

『あにぃ、しごとくれよ、しごとくれよー!』

『うわ、なんだお前、突然とつぜんいて出てきやがって。……なんだ、メイドのストラバリィさんとこのガキじゃねぇか。おっかさんの周りをチョロチョロしていた』

『しごといるんだよ。あにぃ、しごとくれよー!』

おれはお前のあにぃじゃねぇぞ。それになんだって……ああ、お前のおっかさん、病気で動けなくなったんだってな。うわさで聞いたぞ』

『そうなんだ! びょうきでねこんじまって、ぜんぜんげんきないんだ! ねどことメシはめぐんでもらってるけど、おいしゃとくすりはもらえないんだ!』

『結構重い、めずらしい病気だって聞いたな。飯と寝床ねどこめぐんでもらってるだけでも大したもんだよ。高い医者代や薬代までは無理だろ』

『だからおいらがはたらいて、おいしゃだいとくすりだいをかせがなきゃなんないんだ! あにぃ、しごとくれよー!』

『俺がお前に仕事やったって給料は、金はやれないんだよ。金にならない仕事したって意味ないだろ』

『じゃあさー! とうしゅさまにたのんで、おいらにしごともらえるようにしてくれよー!』

『なんでだよ面倒めんどうくせえ。俺はいそがしいんだ。お前の相手なんてしてる余裕よゆうはないんだよ』

『たのむよ、たのむよ、たのむよ、たのむよー!』

『あーっ! うっせぇな! わかったよ! 俺が話を通してやるよ! 面倒くせぇがお前にしがみつかれるのも面倒くせぇ! だから俺のうでみつくのはやめろ!』

『やった! ありがとうあにぃ!』

『あにぃじゃねぇ。俺はダリャンだ。名前で呼べ名前で。このクソガキが』

『クソガキじゃない! おいらにはエヴァンスっていうなまえがあるんだ!』

『はぁ? ボロボロの身なりで名前だけはお貴族様みたいだな。まあいいや。当主様に面通ししないとな。ちゃっちゃとすますぞ。――ついてこい、エヴァンスの坊主ぼうず

『うん! ――ありがとう、ダリャンのあにぃ!』

『ったく、面倒くせぇ』



   ◇   ◇   ◇



『あにぃ! ダリャンのあにぃ! こっちのしごとおわったよ!』

『ああそうか。ったく、わかってたことだがお前が俺の弟分に着かされるのか。お前の面倒見めんどうみなきゃいけねぇのは面倒くせぇなぁ、まったく』

『ごめんよー、ダリャンのあにぃ』

『しゃあねぇよ。着かされた以上はお前のことをこき使ってやるからな。すげぇ働くのは認めてやる。えらい。でもな、あんまり無理すんなよ。今のままじゃつぶれちまうぞ』

『わかった! じゃあむこうのかたづけしてくる!』

『本当にわかってるのか? お前』



   ◇   ◇   ◇



『うーん、うーん、うーん、うーん……』

『だから言ったろ。無理するなって。全然人の話聞いてねぇな、このバカ』

『……くるしいよー、いたいよー、くるしいよー、いたいよー……しんじゃうよー……』

『苦しいのはバテているだけで、痛いのは筋肉痛なだけだ。そんなんで死ぬか、このバカ』

『おいらがしんだら……おっかあのせわ……おっかぁのせわ……』

『お前のおっかさんの世話は俺がしてる。まだいくらか立てねえことはないから、飯なんか運ぶだけだからなんとかなってる。だから安心しててろ、このバカ』

『ごめんよー、ごめんよー、ごめんよー、ごめんよー……』

『うるせぇ。寝てろ。お前なら一日寝りゃあ大丈夫だいじょうぶだ。飯も持ってきた。食わせてやるから口開けろ。まったく、お前の分の仕事とおっかさんの世話もさせられて、いつもの三倍忙しいぞ、このバカ』

『ごめんよー、ごめんよー、ごめんよー、ごめんよー……』

だまってろってんだ。大丈夫だよ。俺も口で言うほどおこってねぇ。お前のおっかさん、いい人そうだし、そんな手間じゃねえし。俺はこれでも気がやさしい良い男なんだ。それぐらいわかってろ、このバカ』

『……ダリャンのあにぃ、ありがとなー』

今日きょうはそれで口聞くのは最後にしろよ、このバカ』



   ◇   ◇   ◇



『なおった!』

『そりゃあんだけバクバク飯食ってぐーすか寝りゃ治るわな。治ってくんなきゃ困るし』

『きょうはおいらがバリバリはたらいて、ダリャンのあにぃにらくさせてやる!』

『それも結構だがよ。その前におっかさんに顔見せてやれ。おっかさん、お前のこと心配してたぞ。大丈夫だって言った俺の言葉を証明してくんねぇと困るんだよ』

『いいのかい?』

『子供が母親に自分の顔見せるのが悪いわけねぇだろ。早く行け』

『ありがとう、ダリャンのあにぃ! おいら、あにぃのことだいすきだよ!』

『ガキに言われてもうれしかねぇよ。とっとと行け』

『うん! いってくる!』

『…………ち。うらやましいやつだぜ』



   ◇   ◇   ◇



『なー、ダリャンのあにぃ』

『なんだ無駄むだ話か。口と一緒いっしょに手も動かせよ』

『ダリャンのあにぃは、おとうやおっかぁはいないのか?』

『いるように見えるか?』

『ううん、みえない』

『…………捨て子だったんだよ、俺』

『すてご?』

『ちょっとはなれた村でな。まだ生まれたてのあかぼうころに捨てられた。布にくるまれて代官様の家の軒下のきしたに置かれてたんだと。代官様も赤ん坊を無碍むげにはできないってんで、そのまま孤児院こじいんに送られて、六つになるまでそこで育てられた』

『おとうやおっかぁは、そのまま?』

『顔出すわけねぇよ。俺が邪魔じゃまだったんだろ。ひでぇ孤児院でな、イジメやケンカはしょっちゅうで大人おとなたちも愛想あいそが悪いから居心地いごこちは最悪で、よく子供が脱走だっそうしていたけど追いかけも探しもしなかった。なんのためにあるんだっていう話だ』

『で、ダリャンのあにぃもにげだしたのかー?』

『その村でカボチャを山ほどつんだ荷馬車にもぐりこんだら、この公爵こうしゃく様の館に着いた。んで、この騎士きし団の駐屯ちゅうとん地にもぐんだんだ。昼間は屋根の上で昼寝ひるねして、雨の日や夜は建物の下に潜り込んで寝てた。腹が減ったら飯の残り物をくすねてな。暇な時は拾った本読んでた。結構勉強になったな。一ヶ月くらいしたら見つかってつかまって、一ヶ月もそんなことしてたのかと逆に感心されて、働いたらちゃんと飯もねぐらもやるっていうんで小者にしてもらったんだよ』

『じゃ、たまたまにばしゃがここにつかなかったら、あにぃはここにいなかったのか』

『そうなんのかな』

『よかった』

『よくねぇよ』

『にばしゃがここについてくれて、よかった。そうしなきゃ、おいら、あにぃにあえなかった』

『……そうなんのかな……』



   ◇   ◇   ◇



『ダリャンの兄ぃ、仕事終わったよ』

『おう、ご苦労さん。……エヴァンス、なんかあったか?』

『さっき当主様に呼び出されて、騎士団に騎士見習いとして入らないかと言われたんだ』

『おう、いい話じゃねぇか! よかったよかった! お前みたいな立派な体した奴が、いつまでも小者やってるのはもったいねぇと思ってたんだ。まだちゃんと返事してないんだろ? すぐ返事しろ。騎士見習いになりたいですって。騎士はいいぞー。がんばればお貴族様にだってなれるんだ。お前にそんな話ってくるご当主様は大した人だな、ははは』

『でも、騎士見習いになると、かあさんの面倒を見る時間が……今でも大変なんだ。昼は学校に行って、道場に稽古けいこにも行かないといけない……仕事もしなきゃかせげないし……』

『お前に才能があるのは、ご当主様も昔から見抜みぬかれていたからなぁ。特別にタダで学校に通わせてもらってるんだ。ありがたいこったぜ。俺なんか捨てられてる本で文字も計算も覚えたんだからな』

『でも、これ以上忙しくなったら、母さんの面倒が見られなくなる。だから俺、断ろうと』

『バカ。母さんの面倒が見られない? そのために俺がいるんだろうが。お前のおっかさんの面倒は俺が見てやるから、お前はしっかりやれ。こんないい話二度とい込まないぞ。ご当主様の気が変わらないうちに行くんだ。いいな、すぐ行け』

『……でも俺、たまに考えるんだよ……』

『なにを考えるんだよ?』

『俺ががんばっても、がんばっても、母さんは全然元気にならない……いい医者にせているはずなのに病気も進んでるし……俺、なんのためにがんばってるのかって……』

『バカ言うな。お前ががんばっておっかさんに薬を買ってやってるから、おっかさんは生き延びてるんだ。お前、ご当主様に返事したらその足で、騎士見習いになれるって話をおっかさんに聞かせてやれ。息子むすこの出世が開けるって、きっと喜ぶ。なによりの薬だぞ』

『そうかな……』

『そうだ。お前の兄ぃを信じろ。いいな、エヴァンス。お前は俺なんかより、ずっとずっと立派になれる人間なんだ。立派になれよ、なれるだけなるんだ』

『うん…………』

えらくなったらおっかさんをもっといい医者に診せられる。エヴァンス、がんばれ。お前には俺がついてるぞ』

『わかったよ、ダリャンの兄ぃ。俺、偉くなるよ』

『でもひとつだけ困ったことあるな。お前が騎士見習いになったら、小者の俺よりお前の方が偉くなっちまう。お前のことをエヴァンスの旦那だんなって呼ばなきゃいけねぇんだ』

『いやだよ、兄ぃ。だったら俺は騎士見習いなんてならない。ずっと、ダリャンの兄ぃでいてくれよ。兄ぃの方が俺より偉いんだ』

『当たり前だろ。エヴァンスよりダリャンの方が偉いのは、ずっとずっと変わらねぇよ。それと、小者より騎士見習いが偉いのとは別の話なんだよ。俺とお前と、お前のおっかさんだけの時は俺はお前の兄ぃだ。一生尊敬しろよ』

『ああ、兄ぃ。ずっと兄ぃは兄ぃだ。俺の兄貴だよ』



   ◇   ◇   ◇



『――ダリャンの兄ぃ……』

『これはこれはエヴァンス・ヴィン・ストラバリィ上級騎士だか男爵だんしゃく殿どの。本日は本当によいお日柄ひがらで』

冗談じょうだんはやめてくれ。今日は大事な相談なんだ』

『なんだよエヴァンス。改まって』

『ご当主様から、エメスのお嬢様じょうさま結婚けっこんするように言われた』

『――――』

『兄ぃ、この意味がわかるか?』

『……わからないでほうけてたんじゃねぇよ。わかったから呆けてたんだ。……お前、男爵様じゃなくて公爵様になるってか? エヴァンス・ヴィン・ゴーダム公爵に……?』

『ご当主様もご病気で先がないと覚悟かくごされていて、一刻も早くお嬢様の婿むこを決めないとと……それで、先任騎士でもある俺に白羽の矢が……』

『ご当主様も度胸がある御方おかただ。お前が貧乏びんぼうな家のせがれだっていうのはわかりきっていての抜擢ばってきだ。だけど、昔から人を見る目はある御方だな』

『兄ぃ、俺はどうしたらいいかな?』

なやんでるのか?』

『俺は公爵だなんてうつわじゃない。今の先任騎士、男爵だっていうのもうそみたいな話だ。身に余りすぎる。今でも後ろ指を指され続けているのに、これでエメスのお嬢様と結婚なんてしたら……こわいんだよ。それに、俺には…………』

『まだ、あっちのおじょうさんのことが忘れられないんだろう。エメスのお嬢様には知られてないんだな?』

『…………ああ…………。だから兄ぃ、教えてくれ。俺はどうしたらいいのか……』

『そんな重大な話、それも他人が気軽に決められるか。こればかりはお前が決めろ。いいな、これについては助言なんかしてやらん。どちらがいいかなんていうことはな』

『兄ぃ……兄ぃだけがたよりなんだよ』

あまえるな。俺はお前の一生に責任なんか持てない。自分の一生に責任を取れるのは自分だけなんだよ。

 考えろ。

 考えて考えて、かんがいた末に、決断しろ。

 そして、決断したことを後悔こうかいするな。

 あとでその時を振りかえってみて、ああしておけばよかったなんていうことをやむなんていうのは、人生でいちばん無駄なことなんだ。

 いいな、エヴァンス。

 お前は人生を無駄にするな。

 これが、お前の兄ぃである俺がしてやれる、最大限の助言だ』

『兄ぃ…………』

『――心配すんな、エヴァンス。最後に、本当の本当の本当にどうしようもなくなったら、お前のケツくらいは俺が持ってやる。

 ふたり一緒に小者から始めたんだ。

 話が全部悪く転がって、最後にふたりで小者にもどったって、大したことないさ。元に戻るだけだからな。

 言ったろ。お前には俺がついてるぞ、って。

 俺は、死ぬまでお前と一緒にいてやるよ――』

『…………ありがとう…………兄ぃ…………』

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