「エヴァンスと、ダリャン」
今、
「まあ、まずは
ゴーダム公――いや、かつてエヴァンス
向かいに
「さあ、飲んでくれ、兄ぃ」
「ああ」
「乾杯」
キィン、と
「――つぅ、
「さすが公爵になると良い酒が毎晩飲めるもんだ。
「公爵様になってもこんな高い酒は毎晩飲めない。マートン商会の社長……元社長が
「おいおい
「……いつもすまない、兄ぃ」
「いいさいいさ。これも給料のうちさ。それに困っている弟分を助けてやるのは兄貴の務めだ。この高い酒分は聞いてやるさ。で、どんな愚痴だ」
「また例の
二
「夕方
「俺の故郷じゃねぇか。そんで公爵
「あの辺りには
「風のように消えたってか」
「テルベの村の代官は、今度このようなことがあれば税を上納しないと息巻いていた。
二杯目を
「これでもう何十件目か……数えるのも
「そのふたつより現実的なのは、この騎士団に
「
「それはいいがよ、エヴァンス」
ダリャンは二杯目をちびりちびりと口に
「俺の内偵はしてないのか」
「…………!? 兄ぃが、敵の間者などと……」
「おいおい、なんでそう
自分でも意地が悪そうだ、と思いながらダリャンは
「敵は相手の思い込みを
「
「まったくだ。自分で言ってて酒が
ふたりはグラスをテーブルに置いた。
「内偵させるといっても、その内偵役が裏切り者の可能性すらある。人の心が見えないというのは、とてつもなく
「ダクローは」
「あいつか」
ダリャンに問われ、エヴァンスはますます
「改心してくれればいいのだが……」
「数少ない
「数少ないなんていうものじゃない。私が自ら入団試験で共に走ったのは、二人だけだ」
「ダクローと、ニコル…………」
六年前の光景をふたり同時に回想し、酒のものではない心の苦さに、同時に
「――なぁ、ダリャンの兄ぃよ。私は本当に、公爵なんかになってよかったのか?」
「なんでそう思う?」
根本的な問いを提示されて、ダリャンは苦笑した。今の状況の全てに
「先代の当主様に見出していただき、エメスのお嬢様と引き合わせていただいた。
「そんな声は上がってねぇよ。第一、お前が貧乏な家のせがれの出身だっていうことを知っている人間はもう、この家では俺とエメスの奥様だけみたいなもんだろ。サフィーナお嬢様にも知らせてはいないんだろう?」
「ああ。サフィーナは私がこのゴーダムの家の生まれだと信じ切っている。特に問われもしないから教えていないだけだが……」
「領民にも
「私の自信のなさによるものだ。貧乏な家の小せがれが、運良く成り上がって人間に見合わぬ地位についたと後ろ指を指されないためのな。そういう意味では、私は後ろ指を指される勇気がなかった……怖かったんだ。周りの目が常に怖かった……」
反射的にテーブルの上のグラスに手が
「今でもそれは変わらない。酒に
「…………」
「……最近、よく考える。十三
「俺みたいになるってか。――ま、気楽なのは確かさ。日々、目の前のことに取り組んでりゃ勝手に時間は過ぎるし、飯の心配はねぇし、
薄い
対してエヴァンスは、テーブルの上に
それがほとんど生まれを同じくし、方や小者のまま、方や公爵になってしまった男たちの姿だった。
「――でもよ、俺はエヴァンス、お前さんが公爵になったっていうのは、大正解だったと思うぜ。先代様のご判断は決して
「ああ…………」
「それになぁ」
ダリャンは二杯目のグラスをぐっと空けた。
「お前がそんな愚痴を言い出す
「…………」
「お前さんが騎士団に入ってから、お前のお袋さんは毎日ニコニコしていたよ。もう、いつ死んでもおかしくないくらいに病気が進んであちこち苦しいっていうのに、
「いや…………」
「俺はお前さんほどの孝行息子を見たことねえ。お前がエメスのお嬢様と
ダリャンは自分の太く筋張った
同時にエヴァンスも自分の手を開き、見つめる。
ふたりの心の中で、同じ
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