「騎士の資質」
「おい、カルレッツ、出かけるぞ」
「出かけるぞって――こんな朝早くに、どこへですか?」
ゴーダム
「決まってるだろ。訓練だよ訓練」
「訓練って、この数年顔も出したことはなかったじゃないですか?
「あのニコルがどんな様子になっているか、見たかねえか?」
「…………そりゃあ、
「急げば武術訓練には間に合う。
「でもダクロー、あのニコルは公爵一家にえらく気に入られているようですよ。これ以上
「
ダクローは言い切った。
「あいつのような人間は、そういう
「
「先に行ってるぜ」
カルレッツの言葉を無視して、ダクローは部屋の外に出た。まだ低い高度から
「――あいつはお前のようなクズとは
「俺と同じ種類の人間だからな、あいつは……」
◇ ◇ ◇
「
「……いえ、だいぶん具合がよくなりました。ありがとうございます、ダリャンさん」
「旦那、よしてくだせぇや。あっしみたいな小者に、騎士見習い様ともあろう
ニコルは首を横に
「身分の上下ですよ、上下。お貴族様っていうのは、その上下関係で食っているもんなんですわ。あっしは小者、旦那は騎士見習い。騎士見習いは小者なんかよりずっとずっと上なんですわ。なんせ、小者っていうのはこのお
ダリャンはあまり豊かとは言えない
「だから旦那があっしに頭を下げるのは
「……わかりました」
「わかってねぇですや。あっしに敬語も使っちゃいけやせん。さあ、さん、ハイ」
「……わかったよ、ダリャン」
「そうそう、よくできましたですわ。旦那、腹が減ってるでしょうや。なんかあっしが
「いや、もうすぐ武術の訓練があるから……」
ニコルは立ち上がった。
「食事をしている
「旦那、そんな体では無理ですわ。ここは休んでいた方が」
「騎士団に入って初めての訓練を
「旦那ぁ」
ふらつく脚で歩き出したニコルをダリャンは止めることができなかった。今の
少年にもそれはわかっているはずだ。だからこそ、それを覚悟して向かおうとする少年を止めるだけの勇気は、ダリャンにはなかった。
「――やれやれ」
ダリャンは
「公爵様、おはようございますですわ」
腰を直角以上に曲がるほどに深い礼をしたダリャンに、ゴーダム公爵はちらりと目を向けただけだった。玄関の先で足を止め、そのまま大きく深呼吸をする。
ダリャンは頭を下げたまま母屋の建物の外周に沿って歩き、母屋の裏側にある小さな勝手口の前で立ち止まり、ポケットから
「入れ」
ダリャンが部屋の中に足を進めると、今し方入ってきた扉が横に
「おはよう、ダリャン。
「へへっ、いただきやす」
ゴーダム公が机の上に滑らせた、親指が入る程度の小さなグラスをダリャンは受け取る。中に入っている
「ああ、生き返りますわ。酒は命の水ですなぁ」
「
「そりゃもう。公爵様のお口には合わないんで?」
「今、
「それはもう、周りに大変
「だろうな」
ゴーダム公はダリャンの言わんとする意図を読み取って、顔を
「情けない。見習いたちの中でニコルを助けてやろうという者はいないのか」
「
ダリャンが数枚の紙の束を机の上に置く。一枚目から、騎士見習いの名前と
「昨日の夕食は実質
「……動機はわかっている。入団試験でレプラスィスを乗りこなすような人材であれば、
「
「ダクローか……」
「レプラスィスが
「あなた!」
「
「へっ、
ダリャンは体が折れて頭が
「今、ダリャンから
「でしたら何故動かないのです! 私の可愛い
「エメス――」
「私は動かない。少なくとも今のうちは」
「だから何故と聞いているのです!」
「ニコルから訴えが出ていないからだ」
エメス夫人の口が開き、開いたまま空回りした。
「ニコルとてわかっているだろう。私に訴え
「あの子が
「そうだとしても、私はニコルがここからどう動くのか、それを見たい。それにエメス、お前とてただ、ニコルの
夫の冷静な言葉に妻は再び
「お前も長い間我が騎士団を見つめ、見守ってきた者だ。良い資質を持った人間が
「それは……」
「幼い赤子が初めて立とうとする時、親が手を出すのはいかん。何度も転んで失敗し、失敗の中でどう立てばいいのか、自ら覚えていくものだ。エメス、お前がやろうとしているのは、転んだ赤子に手を差し伸べてそのまま立たせ、ずっと手を
「ああ、ああ、わかりました、わかりました。ですからもう言わないでくださいまし」
エメス夫人は机の上に置かれているウィスキーの
「おいおい、無茶するな」
「無茶もしたくなります! わ、私は苦しんでいるニコルに手も差し伸べられず、じっと見ていることしかできないのですから! でも、それが子が成長するための母親の務めであるとすれば、私はこれを持って
言いたいことを言いたいだけ言ったエメス夫人はおいおいと泣きながら、ウィスキーの
「あやつ、私の秘蔵のウィスキーを……まだ私は一口も飲んでいなかったのに……」
「災難ですなあ」
「大きな
「ご
「頼む。くれぐれも、な」
「へっ」
本棚が再び横に滑り、現れた扉からダリャンは出て行った。
「――エメス。私だって、今すぐ駆けつけたい気持ちを
一杯飲もうとグラスを手に取ったが、それに注ぐものが今し方
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