「最下層の小者」
一カロメルトは
――そんなことが、可能であるはずがなかった。
「く、あっ…………」
東の空が白々と明けて行くのを見やってニコルは、水汲み小屋の側で
「――
日が暮れきり、明けるまでの間、小さなランプの
大量の
疲れが骨の
「はぁ…………」
次の往復を初めてしまうと、早朝の訓練に間に合わなくなる――そのために休んでいるニコルは、今まで静まりかえっていたはずの厩舎群にざわめくような
「おい、そんなところでへたばってるんじゃねぇよ!」
「そっか……朝の訓練の時間なんだ……」
「大丈夫かい、ニコル」
背後から聞こえたその声には聞き覚えがあった。ニコルはその声の方に
「マ……マルダム
「敬語はいいっていったろう? マルダムでいいんだよ。――ああ、ずいぶんやられているみたいだねぇ……」
「同情するよ。
「どうして、僕を追い出そうとするんでしょうか……」
「君が立派な騎士見習いだからね」
マルダムは
「僕みたいな
「そんな理由ですか……」
「ゴメン、もうそろそろ離れるよ……君を助けてあげたいけれど、それが周りに知れると僕への風当たりも厳しくなるんだ」
そう言った時には、マルダムは
「君はすっかり有名人だよ。みんな君の
「……ええ……」
「君はなんにも悪いことはしていないのにね。騎士団に残りたいのなら、早めに
マルダムが数百人が集まりだしている周回走路の方に
「――公爵閣下に、訴えた方がいい、か…………」
それがいちばん手っ取り早い手段だろう。それはわかる。
だが、ニコルにその気はなかった――今のところは。
◇ ◇ ◇
早朝から始まった
ニコルは、一周を走りきる直前で
「ぐぁ…………っ」
「おい、立て!」
騎士見習いの訓練を担当している先任の騎士見習いが、走路の
体の
「まだ一周も走りきらないうちに
「は……はい…………」
自分のことが
「そんなことでよくこの騎士団に入れたな! どんな
踏み潰される前のニコルを軍用
「まあ、まあまあまあ、そんな乱暴にすることはないでしょ、
うめき声のひとつも出せなくなったニコルを、横から小走りで駆け
「あ? なんだ、お前か」
五十
「フン。ニコル、お前が脱落したことは記録して公爵閣下に報告しておく。適性のない騎士見習いを
「…………」
ニコルは反論する気も起きなかった。
「連れて行くんなら早く連れて行け」
「へっ」
「……と、俺がこいつを蹴っていたことは公爵閣下に告げ口なんぞするんじゃないぞ」
「あっしはしがない小者でやんすから。閣下に口を聞いてもらえるなんぞありませんわ」
「そうだな。お前は表で閣下に挨拶をしても、無視されるほどだからな――もうとっくに四十を
「へへっ、お
まだ二十歳にはならない若い騎士見習いが言い捨てて去って行くのを、ほとんど最敬礼の角度でその年配の男は頭を下げて見送った。
「――旦那、旦那、しっかりしてくだせぇや」
「あ…………う…………」
「ちょっといけねぇな、こりゃあ」
動けないニコルの体を軽々と
「み…………」
自分で立つどころか、目を開ける気力まで失われている少年が、
「水を……」
「水を飲みたいんで?」
「水汲み小屋に……水を持ってこないと……」
ニコルの口元に耳を寄せた男は、思わず苦笑いしてしまった。この少年はこんな目に
「旦那、安心してくだせぇな。水汲み小屋の管の故障ならあっしが直しておきやした。水はしっかり
「そう……それは…………」
ありがとうと少年は
「それより旦那の口に水を入れないと。今、
「あなたの…………」
「へっ?」
「あなたの、お名前は……」
「ああ、あっしでやすか」
本当はもっと言葉をつなげたいのだろうが、それが限界らしい少年の負担を少しでも
「あっしの名はダリャン。このゴーダムのお
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます