「快傑令嬢は風吹く満月の夜に舞う」
「なにをそんなに
「だ、だだだ、だって、リルルのお腹に、リルルのお腹に!!」
フィルフィナの冷め切った視線の前で、頭を抱えたニコルが、しゃがんだままで
「そんなこといって、ニコル様も心当たりはありすぎるほどでしょう」
なにをそんなに
「ご結婚された直後から、それはもう
フィルフィナの目が
「――ひとことだけご
ふたりに
「ああ、あの
「ちょっとそれは言い過ぎじゃない!?」
ハンカチを目に当てて
「そ、それにしてもリルル、それは事実なのかい? いや、事実の方がいいんだけど! まだ早過ぎる時期じゃないのかい? こ、こんな早い時期に確定したりしないことなんだろ?」
「ロシュ」
「はい」
フィルフィナがバチンと指を鳴らした合図に、
「――あ」
「え!?」
「…………これは、これは……」
「ロ、ロシュ、どうなんだい!?」
いつもの冷静さを世界の裏側に置き忘れてきたようにニコルが浮つき、自分とリルルの間をぐるぐると駆けずり回っているニコルの
「――ご報告いたします、リルルお姉様のお腹の中には――」
「そこまで」
フィルフィナがロシュの口に、後ろからそっと手を当てた。
「そこまで。そこから先は、口にする必要はありません」
「
「口にしない方が、
「――わかりました」
「ロシュぅぅ!!」
ニコルが
「わ、わかったんだろ!? いるかいないか、いたら男か女かもロシュならわかるんだろ!? 教えて、教えてよロシュ! 僕にこっそり!」
「絶対にニコル様に教えてはいけませんよ」
「わかりました、フィル」
「なんで! 兄のいうことを聞いてよ! ねえロシュ、なんでも欲しいの買ってあげるから!」
「ニコル様の
「はい、フィル」
「リ、リルル! やっぱりダメだって! 下手に体を動かしたりなんかして、いるかも知れないお腹の子供になんかあったらどうするんだ!?」
「大丈夫よ、軽い運動みたいなものだし」
「ああもう
「あーい。じゃあ先に行っててきとーに注文しておくから、早く来てねー」
「…………よいしょ」
「ロシュも行ってください。ここはわたしだけで十分です」
「はい、フィル」
「リルル、リルル――――」
クィルクィナとスィルスィナの二人によって荷物のように高々と持ち上げられたニコルが、
「さて、と」
「急がなくっちゃなんないんだけど――フィルは、着いてきてくれるの?」
「当然ではないですか」
当然だという顔でフィルフィナはいった。
「まあ、
「そうね……そうね……」
リルルは、吹いてきた風が体に当たって通り過ぎていくその間だけ目を閉じた。すう、と夜の冷たい空気を吸って、胸を
「フィルと私のふたりで、快傑令嬢リロットみたいなものだものね……」
たったそれだけの時間で、今まで体験した事件の全てが
夜の王都で事件の
「これが最後だと思うと、
「うん。快傑令嬢リロットはもうこれで最後ね。――でも、私はそんなに寂しくないの」
「……リルル?」
フィルフィナは下がってしまった視線を上げた。リルルの優しい
「もう
それは、伯爵令嬢という立場であっても、全ての人々を分け
「みんなの幸せを願い、それを
――快傑令嬢は、永遠なのよ」
歌うようにリルルがいい、腕を下げて軽く広げた。息を大きく吸って、胸の中で勇気を燃やした。
そんな相棒の、夜の中でも
「――快傑令嬢は、永久に
「フィル。快傑令嬢を、お願いね」
「ええ。このフィルに万事お任せください」
フィルフィナが一礼する。
「快傑令嬢の相棒にして
「――うん。じゃあ取り
リルルは
「作戦はどうするの?」
「全員を半殺しにして
対象が聞いたら震え上がるほどに恐ろしく
「それじゃみんなの夕食に合流できないんじゃ?」
「
「そっかそっか」
「もう、こんなことすらお嬢様にはわからない。やはりこのフィルがいなくてはダメですね。ああ、なんて有能なわたし」
「あはは」
「それに、
「――うん、そうね……」
ふたりの思いが
その無言の間が、それぞれの心を整理する時間だった。
「……おそらく出番はないとは思いますが、万が一の場合の
「頼りにしているわ。――フィル、お願いね」
「お嬢様も、気をつけて」
「ええ」
ふたりの
心からの笑みを浮かべ合い、風のような速さと
◇ ◇ ◇
「――これが最後なのね」
港の
「もう一度出番があってよかったわ。あの戦いで全て終わりだと思ったから……。……でも、何事にも終わりはあるのよね……」
きゅ、と手の中のメガネを軽く
「――リロット。私のもうひとつの姿。あなたの舞台はここで最後だけど、あなたは私――あなたは私の中でずっと生き続ける。
快傑令嬢リロット。あなたに
本当に、ありがとう…………」
ほろりと流れた涙を指で
夜の港の低い空に白く
◇ ◇ ◇
港の
大倉庫の
あちこちに虫が食ったようなボロボロの服、
「よ、よ、よよ、よくも、けほっ、な、長いこと走らせてくれたな……!」
十数分の
「お前は
「嫌です! どうして
「どうしてあんな仕事っていわれてもな、俺たちじゃ代わりになれない仕事だからなぁ!」
どっ、と場が
「まあ、というわけだ! これも
道いっぱいに広がった男たちがじり、じり、じりと間合いを詰めていく。
広げられて迫る男たちの手が悪魔のそれに見え、自分の運命の
細く
「がぁっ!」「ぎぃっ!」「ぐぅっ!」「げぇっ!」「ごおっ!?」
「なんだぁっ!?」
まるでその
幸運にも――いや、むしろ不幸だといえたが――その一撃を
「誰かいるぞ!」
「あんな所に!?」
視線の先、巨大な倉庫の屋根の上。
普通の建物の七階相当になるのではないかというその高さに、ひとつの人影があった。
階段もつながっておらず
高い高度に
「あいつがやったのか!?」
「いや、まさか……」
「他に
男たちが短剣、
「――私が最初に
「うぐぁっ!」「ぐふっ!」
「あ、もう、フィルったら出しゃばって。まだ万一じゃないのに――ま、いっか。フィルだって一緒に参加したいんだものね」
「なにをぶつくさいってやがる
「――これは失礼!」
遠くで
一輪の薔薇の花を象った赤い帽子の下からは、
そんな
「誰だ貴様、名を名乗れっ!!」
「――あとでぶん
左手には銀色の
「我が名はリロット!
王都エルカリナに聞こえし、名高き快傑令嬢リロット!
弱きを助け、強きを
このレイピアの
薄桃色のドレスの剣士が、銀の
白く冷たい輝きの月を背中にして、流星のように風を切る彼女は、どこまでも美しく
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