「リルルの望み」
夜の空を
かなりの速度で走り去ったその女性の残像を
「待てこの
「
「ジジィ!
不幸にもすれ
「わかりやすい
甲板の上からその様子を見ていたフィルフィナは目を閉じ、大きくため息を
「そもそもこの国そのものがあまり
「ね、そう思いますよね、ニコル様、お嬢様――」
フィルフィナは桟橋に目を移し、視線の先にいるはずの二人の姿が
「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
さらに深い、深く、深い深いため息が
「…………はいはい、わかっています。当然こうなりますよね。砂鉄が磁石に吸い寄せられるのと同じ理屈ですよね…………」
男たちに跳ね飛ばされて倒れ込んだ老人をニコルとリルルが
「クィル、スィル、着いてきなさい」
「今、なんかすごい悲鳴とすごくガラの悪い
二頭の馬を押し込めた
「いつものことです。いつもの
「えー、ご飯の時間がまた押しちゃうのかよー。
「…………お腹
「さっさと来る」
「うえー」
「フィル、ロシュも行きます」
「お願いします……」
フィルフィナが歩き出し、不満を顔の全部で表しながらもクィルクィナがそれに続き、なにを考えているのか一切理解させない顔でスィルスィナが追い、最後にロシュが
◇ ◇ ◇
「おじいさん、大丈夫ですか?」
「あ……ああ、大丈夫ですじゃ……ご親切にどうも……」
抱き起こしたニコルの腕の中で、かなり
「危ない倒れ方をしたようです。変な所を打たなかったですか?」
「幸い、頭は打たんですんで……背中をちょっと打っただけですじゃ。つ、
「おじいさん、ここにあるわ」
転がっていた杖をリルルが拾い、老人の手に持たせた。
「折れてはいないわ。お爺さん、
「あなたがたは、旅の方ですかな……。あれはこの港街を仕切っている裏社会の者たちで……」
「裏社会……」
どこにでもある話だった。王都において快傑令嬢リロットとして
同じ体に
「役人も
「ふぅん、悪者なのね――」
ニコルはリルルが見せるアイスブルーの瞳に、リルル特有の輝きが宿ったのを感じて
そんなリルルの
「――脳波異常なし、骨格
「それはよかった。ロシュの
「
「そうだったっけ。みんな長生きするね。帰ったらまた頼むよ」
「お
リルルが老人の体を支えるように立たせ、杖を突かせてその体を安定させた。
「今日は早めに家に帰って寝てね。お帰りも気をつけて」
「は、はい、なにもかも、ご親切な
老人はひとしきり頭を下げ下げしたあと、ゆっくりとした足取りで街角の中に
「あー、あの連中思い出した。三日前の夜、ショバ代
ぽん! と
「ショバ代? 商売じゃないんだから、変な
「桟橋の停泊代は役所に払ったっていうのに、自分の組には払ってないだろとか
「なにをしているんです。胸か頭を撃ちなさい。しかしそんなのが堂々とのさばっているというのは、ここはかなり
フィルフィナの目にも戦闘的な光が宿り出す。本人は気がついていないだろうそんな瞳の様子を、ニコルはちらりと目で確かめた。
倉庫街の奥だろうか、陸からの風に乗るようにして
「――放っておけないな、助けなきゃ。ロシュ、すまない。僕についてきてくれるかい」
「はい、ニコルお兄様」
「ここは僕とロシュだけで十分だ。フィルは、リルルたちを連れて先にどこかの飲食店に行っておいてくれ。どこにいても、ロシュなら見つけてくれるだろうし――ん」
膝立ちから立ち上がろうとしたニコルは、くい、と
「……リルル?」
「――――」
ニコルが振り向くと、三日三晩雨に打たれて
ニコルが目を丸くし、フィルフィナが巨大な予感――それも最悪なものを覚えて、頭を抱えた。
「ね、ねえ、ニコル、私……その、とてもとても、いいにくいんだけど……」
「いいにくいなら、わたしが
全ての希望を捨てさせられたフィルフィナが、強烈な頭痛に耐えながらいった。
「ここは自分が快傑令嬢リロットに変身して、
「うんっ!」
「えええぇぇぇぇぇ――――――――っ!!」
「だってリルル、もう快傑令嬢リロットにはならないっていう話だったじゃないか!」
「そうよ! 王都じゃみんな自分が結婚したことを知っているんだもん! 『快傑夫人』なんて新聞に書かれるのは嫌なんだもん! そんな
「じゃあ、なんでここで――……あ!!」
「やっとお気づきになられたようですね。ニコル様……」
とっくに気づいていたフィルフィナが自分のこめかみを
「ここは世界の裏側ですから、快傑令嬢やお嬢様が最も知られていない場所です。快傑令嬢を書き立てる新聞社もありませんからね。王都に伝わる可能性も低いでしょうし……ああ、なるほどなるほど、そういうわけですか、お嬢様が世界一周の旅をしたいなんていい出したのは……」
真っ赤に顔が
「ええっ、じゃあ、快傑令嬢リロットとして大暴れしたいから、新婚旅行に世界一周を!?」
「うんっ!!」
「まったく、なんてしょうもない理由で……」
「お願いニコル! 一回だけ! これが最後の一回! 約束するから! 目をつぶって許して!」
「まあそりゃあ、王都ではできないわけだから、これが最後になるとは思うけれど……」
「それ以上に大切な理由があるの! もうこれが最後っきりになるしかない大切な理由が!」
「え? なに? それは?」
「手を出して! そして触って!」
「触る? なにを?」
「ここ!」
最大限に思い詰めたような顔をしてリルルはニコルの右手を強引に取り、自分のお腹に当てた。
「お腹? リルル、
「あ…………!」
まるで
「そういえばお嬢様、昨日と今日と、やけに
こくこくこくこく! と目をぎゅっとつぶったリルルが啄木鳥二羽分のように肯いた。
「あれ、確かにそうだったね。寄る街や村で
「あああ、もう! このニコル様は!」
》り、フィルフィナはニコルの耳元に唇を寄せて
「…………!」
「うんうん」
「…………………!!」
「うんうんうん」
「……………………………………!!」
「へええ、そうなんだ」
――笑ったまま、その笑顔が固まった。
「スィル、どこの食べ物屋にする? あたしは
「……鳥が食べたい。しばらく食べてない」
「じゃあ『首なし美人亭』にするかぁ。あそこの店先から鳥を焼いた美味しい匂い漂ってたよね」
「ニコル様、そろそろ時間も危ないですから、とっとと
「あ、うん、ごめん」
顔を真っ赤にしているリルル、肩をつついて
この感情を表すには、それだけ多くの空気が必要だったからだ。
そしてニコルは――腹の中に
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
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