「おやすみなさい」

 王都エルカリナの直下ちょっか、深さ六カロメルトの深さに位置する、宝石の花畑の神殿。

 無限むげんの種類の宝石が無限の花々となってほこり、周囲の闇を払うようにして輝くその空間の中心。

 かつて女神エルカリナが眠り続け、リルルとその眠りを交替した白銀はくぎん寝台しんだいの上に。


『――――リルル』


 白いきぬのあたたかな布団ふとんに包まれて、再び、女神エルカリナが眠りについていた。


『――あなたにひとつ、うそいていて、ごめんなさいなの。

 あなたが再生した夢は、わたしが引き継ぐことができることを。あなたがつくり直した世界をわたしが支え続けられることを、わたしはわざと話していなかったの。


 あなたに、世界を再生することにいどむなんて、危険なけをしてほしくなかったから。

 そして同時に、もしもそれが成功したのなら、わたしと一緒に眠り続けてほしかったから。

 ひとりで眠り続けるのは、さびしかったから……。


 ……でも、今は寂しくないの。

 あなたを愛するひとたちの気持ちを、たくさん、たくさん連れてくることができたから。

 あなたにそそがれる愛に包まれて、眠ることができるから』


 白銀の寝台の周りを、五百個を超える数のぬいぐるみが取りかこんでいた。

 その全てが、世界を支えて眠るリルルのために彼女の友人知人たちがみずからの手でい合わせ、彼女に贈り、彼女の部屋をくしていたぬいぐるみたちだった。


『あたたかい……リルル、あなたが創ってくれた夢はあたたかいの……。あなたが愛する大切なひとの心がいるから……。

 そしてなにより、あなたの心がいるから……』


 そんなたくさんのぬいぐるみの中で、女神エルカリナにうようにして一緒に布団に入る、五つのぬいぐるみ。

 ニコル、フィルフィナ、サフィーナ、ロシュ。――そして。

 幼い少女の首筋に顔を寄せて抱かれる、リルル――。


『リルル……リルルのみんな、覚えていて。

 この世界が人の愛であふれる世界なら、わたしは目覚めない。人の胸に優しさがあって、みんなが愛し合えて、ゆるし合える世界なら、わたしは幸せに眠り続けることができる。


 だから、リルル。

 リルルのみんな。みんなのリルル。

 リルルのおもいを、伝えて。

 リルルの願いを、広げて。

 自分たちの世界を、愛してあげて。

 自分たちの心をつなげ合ってあげて。


 もう二度と、わたしが目覚めることのないように。

 わたしに素敵すてきな、幸せな夢を見せて。


 そして、リルル。

 あなたは生きて。

 あなたの力のかぎり、生きて。


 いつか終わりが来るその瞬間まで、あなたらしく、リルルらしく生きて。

 それが、友達としての、名前のない女の子からの願いなの。

 もしかしたら、いつかまた再び、あなたのたましいとわたしが巡り会う日が来るかも知れない。


 わたしはその奇跡を信じて、楽しみに待っているの。

 じゃあ、リルル。わたしの大好きなリルル。

 おやすみなさいなの――』



   ◇   ◇   ◇



「おやすみなさい、エル……。私の大好きな、ちっちゃくて、可愛かわいらしいお友達……」


 フォーチュネット邸のバルコニーに立つリルルが、王都の夜空を見上げ、つぶやいていた。

 かつて、宇宙に浮かんだ王都でふたり、孤独こどくな時を過ごした女の子に向け、静かに祈りをささげた。

 かたわらで、安楽椅子あんらくいすが揺れている。この椅子に座っている自分に、飛び込んできた彼女を忘れはしない、というように――。


「エル。わかるわ、あなたの願い。だから、私はあなたの願いを無駄むだにしない。この夜空とよく似た世界に包まれた王都で一緒にいた、私の大切なお友達のために。

 ゆっくりおやすみなさい、エル。そして……いい夢を……」


 そのいい夢を創り、守り続けるのは、これからの自分たちなのだ。


「私は、生きる。息があがって終わるその瞬間まで、一生懸命いっしょうけんめいに生きる。

 あなたのために。私のために。私たちのために。

 ――ありがとう、エル。またね……」


 テーブルに置いていた手提げランプを持ち上げ、リルルはスカートをひるがえした。

 あかりが去り、フォーチュネット邸のバルコニーから光がなくなって、寂しい夜の気配がその場に暗い幕を下ろした。

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