「みんな、いっしょだよ」
「――――――――」
ニコルの中で、世界が
目の前の光景が意味することを飲み込めず、息さえ止めて
いったいそのまま、何十秒の時間を突っ立っていただろうか?
「か…………っ」
そんな彼が硬直の
「か、かはっ、かふっ、かはっ……」
ニコルは小さく長く
「ああ、ホントによく寝た」
ニコルが何度目を
少年の
「こんなにすっきりして目が覚めるの、生まれて初めて。――ニコル、どうしたの?」
「ぼ……」
またあくびで
「僕は……僕は、明日、死んじゃわないといけないのかな……」
「どうして?」
寝台の上に座るリルルが、首を
もう眠りの女神でもなんでもない――普通の少女でしかないリルルが、笑っていた。
「私の目が覚めると、なんでニコルが死んじゃわないといけないの?」
「だ、だって……願ってしまったから……」
まだ
「今、君が目覚めれば、僕におはようといって微笑みかけてくれれば、明日の命は
「あー、もう、ニコルったら、失礼だなぁ」
リルルの笑みが深くなり、より
「ニコルがいちいち命を
「だ……だって、だって、だって……」
「もー、そんなことはどうでもいいの!」
ぱっ、と
「さあ、ニコル! 続きをしましょう!」
「続きって……うわあぁっ!」
リルルは
少女の
あとは、重力の法則に
◇ ◇ ◇
いったん落ちてしまった自分の肩を支え直すこともできないフィルフィナは、お茶の用意を
ニコルがリルルの寝室から出てくる様子は、まだない。廊下でその頃合いを待っていたフィルフィナは立って待ち続けるのにも疲れ、居間のテーブルに着いて待つことにした。
「……はぁ……」
お
「…………はぁ…………」
中に入れてある茶葉が茶を
「なんかこう、疲れましたね……。この何十日かで、何十年か
首を大きく左右に曲げる。コキコキと軽くなる音は小気味はよかったが、それがフィルフィナの心を晴れさせることもなかった。
寝室の
「自分がしていることに
いくらか前に
「ああ、
口に
寝室への扉の向こうからは声が聞こえてくる。リルルのはしゃぐ声、ニコルの
「――む」
一瞬で、フィルフィナの
「――お嬢様にニコル様! いくらお屋敷でも
扉の向こうからの声が
「まったく、お嬢様もニコル様もまだ子供ですよ。今日で十七歳になられたというのに、昔とちっとも変わってない。……もう、やはりこのフィルの教育が
一枚を口の中で
「ああ、わたしは世界でいちばん不幸なメイドです。いったい、なんの
「ああもう!
怒りが手に力を余らせる。厚く土で焼かれているはずの大ぶりの湯飲みが、指の圧力によって
「お嬢様もニコル様も、
フィルフィナの心の中で、
「――――――――と…………」
怒りに
考えさせられた。
言葉にすることはできなかったが、ひとつの解答――というより、行き止まりにぶち当たった。
「――――あ」
理解するよりも早く、フィルフィナは弾かれたように立ち上がった。手から零れた湯飲みがテーブルの上にゴトンと落ちて転がり、残っていた緑色の液体を
「あ…………あ、あ、あ、ああ……!?」
十数歩の距離を一気に飛び越すような
支えを失った扉が倒れた
その、寝台越しに。
「――――――――」
抱きついて体を振ることで遠心力をつけてニコルを回し、抱きつかれて体を回され、回転する羽の
「――――お……」
美しいアメジスト色の
そんな彼女の
アイスブルーの美しい目が
「わ、フィルったら扉
「お――――」
大きく見開かれたフィルフィナの目の奥が、熱く
小さな足が床を
「おじょうさまぁぁっ!!」
抱き合っているリルルとニコルに、腕をいっぱいに広げてフィルフィナは飛び込んだ。
そのフィルフィナに、リルルとニコルはそれぞれの片腕を大きく差し伸べ――開かれた空間に小柄なエルフのメイドが、自らの身と心の全てを投げ込んでいた。
「リルル、リルル、リルル――リルル、リルルぅぅ…………!!」
リルルが、ニコルが、フィルフィナが互いを抱き、抱き合った。フィルフィナの両の頬に少女と少年が、これ以上くっつけられないというほどに近く、近く
ふたりの頬に顔を
流す以外のことなど、できなかった。
「あはははっ、フィルったらそんなに泣いちゃって。大感激しちゃったの?」
「な、なな、泣いてなんかいませんっ! わ、わたしは怒っているんです! お嬢様がねぼすけだから! 起こしても起こしても起きて来ないから怒っているんです! もう、お嬢様のねぼすけっ! ねぼすけねぼすけねぼすけ!」
「ごめんごめん! それよりもフィル、私お腹
「あるわけないじゃないですか! もう、お嬢様は朝ごはん抜きです! 一生、死ぬまで朝ごはん抜きです! ずっと起きて来なかったのを、
「よかった……よかったよ、リルル、フィル……!」
「はぁいっ……!」
「あははは……!」
三人は抱き合う。力いっぱいに抱き合う。それが自分たちの幸せの形だというように。
みっつに別れているぬくもりも、心も、なにもかもをひとつにするように。
抱き合い、抱き合って、抱き合う――。
「みんな……みんな、みんな――」
喜びの中で、幸せの中で。
ここに集い合った家族の三人は歌い合う。
――再会の歌を。
「僕たちは」「私たちは」「わたしたちは」
「いつまでも」「いつまでも」「いつまでも」
「ずっと」「いつまでも」「ずっといつまでも」
「「「三人で、みんなで、いっしょだから――――」」」
三つの心を
この寝室から、隣の居間から、あれほど部屋の空間を
その現象に気付き、その意味を理解するのは、もう、あとのことでもいいだろう。
今は、ここにいるたった三人に訪れた幸せの意味の方が、
ずっと、ずっと、ずっと、大事なのだから――。
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