「そして」
窓際に立ったニコルはリルルに背を向け、空の向こうを見通すような遠い目を向ける。目に
ニコルは知っている。覚えている。
かつて王都の街並みを底にし、この空に代わって宇宙が広がっていた光景を。
光と影だけで作られた、
自分は戦った。
フィルフィナを守れず、リルルを守ろうとして
今、自分がこの屋敷で
自分の存在と引き替えに、全ての人々の幸せを願ったリルルが起こした、奇跡。
「そう……あの時、聞こえたんだ……」
ニコルは、耳を
屋敷の周辺の
それは、王都の
今、眠るリルルが静かに立てている寝息と等しいものだった。
「世界が再生される瞬間、君が願ったのを。『みんな、幸せになって』って――」
ニコルは振り返る。ひとつの寝室の中で自分とリルル、そして親しい人々のぬいぐるみの列しかいない部屋で少しの距離を置き、愛する少女を見つめた。
「君の願いは届いたんだよ、リルル。……すごいことだよね……」
リルルは眠る。眠り続けている。
「王都に生きる人々、王国に生きる人々、世界に生きる人々は幸せになった……今は、みんなが笑顔で暮らしている。あの
とんでもない力だ、とニコルは思う。いったい、誰にそんなことが可能なのか。そんなとんでもないことを、目の前の少女はたったひとりでやってのけたのだ。
「リルル。僕は君を、心から
僕が、好きなリルル。
僕が、恋するリルル。
僕が、愛するリルル……。
君という女の子と双子のように生まれ、心が通じ合えることが、僕のなによりの
ニコルの目が
込み上げて来るものを
「でも……でもね……リルル……」
ニコルの胸を
「実は、君が幸せすることができていない人々も、まだいるんだよ……。君を知る人々、君に
少年の
この二ヶ月の中で、胸に
悲しみは、涙でしか洗い流せない――誰かがそういっていたような気がする。誰だったか……。
「みんな……みんな、君が目覚めないことで寂しいんだ……。そしてフィルも、僕もそうなんだ。君はまだ、みんなを幸せにできていないよ……僕の幸せは、君と共にしかないんだから……。僕には、君が必要なんだよ、リルル…………!」
少年の
「リルル、目を覚まして……起きてほしい……! 僕は、今、君が目覚めてくれて、僕におはようといってくれたら、明日からの命は
ニコルの手が布団を握り、きちんと
「リルル……リルル、リルル……起きて……お願いだよ、リルル、リルル……リルルぅ…………」
少年の祈りを込めた
目覚めない。
世界がその
今日の太陽がいずれは落ち、夜が
――目覚めない。
安らかな眠りの中にあって女神と
「…………」
どれだけの時間を、涙に
外から大きく吹き込み、ふたりの頬を、髪を、心を
「……ごめんね」
ニコルの心は、震えを止めた。
「……ごめんね、リルル。いつもふたりきりになったらこうなってしまうね……。僕がちゃんとしてなくてはいけないのに……。フィルも、サフィーナ様も、ロシュだってつらいのに……
ゆっくりと立ち上がり、時計を見る。ニコルは涙を拭きながら苦笑する――部屋に入ってからどれくらいの時間が
「フィルは……まだお茶の用意ができないのかな……もうそろそろ呼びに来てもいいはずだけれど……」
寝台にすがりついたことで乱れた
「えっ!?」
た、その時だった。
「――リルルっ!?」
ニコルは反射的にリルルの元に顔を寄せる。
が、眠り姫のまま布団に包まれ、目を閉じるリルルは、それ以上の反応は
「リルル……いや、そんなはずないか……気のせいだよね……」
眠り続けるリルルは、息をしている。肺は空気を取り入れ、吐き出すことで膨らみ
だが、その
リルルの顔の上に
「リ……リルル……」
少年の
唇と唇の間のわずかな距離を若い本能が埋めようとし、埋めようとした瞬間に、若い理性がそれを引き
「――ぼ、ぼ、ぼぼ、僕はなにを考えているんだ!」
視野の全てにリルルの顔を
「ダメだ、ダメだ、ダメだ! 眠っている
「――ああ、しようがないなぁ――」
ニコルは、目を見開いた。
「――――え?」
風が吹いた。
薄桃色の風が、そして、微かな青をまとった銀色の風が、
「もう、どうしてそんなに固いかなぁ?」
息をするという
「――――――――ん」
十七秒のキスが、
「よいしょ」
少女がニコルの頭に手を
「ふああ――あぁ……あ」
少年の上体が
生きているのか死んでいるのか見た目では
そして――少女は、少年に顔を向ける。
女神のように優しく、少女の愛らしい微笑みが、リルルの風をまとっていた。
少年のわずかに濃い水色の瞳の中で、少女のアイスブルーの瞳が、リルルの輝きを放っていた。
「――おはよう、ニコル」
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