「十七歳の誕生日」
溶けた雪は街のホコリも一緒に流し、王都の全てが洗われて、朝の光にキラキラと輝いている。
通りという通りを
水がはけた
道行きすれ違う人々はその少年騎士といった
ただ、その若々しく
西の住宅地から大運河に
大鉄橋を渡り切ってからフォーチュネット邸に
「ロシュ、ここで休んでいてね」
真新しい
「リルルの顔を見たら、また出かけるから。
花の色の鮮やかさに眼を引かれたロシュネールが首を
「ロシュ、これは君の食べ物じゃないんだ。食べちゃダメだよ」
まるで首を
屋敷に引きこもっているメイドの気晴らしのためだろうか、庭は
「――まあ、いいや。花を咲かせばわかるからね」
ニコルは自分が持っている花束を
「僕には
「フィル、帰ったよ」
「お帰りなさいませ」
庭に入ってきたロシュネールの気配でニコルの帰宅に気づいていたフィルフィナは、居間の真ん中のテーブルの前で待ち構えていた。両手をお腹の下に当て、
「
「いえいえ、なんかといってもフォーチュネット家のご当主様でいらっしゃいますから」
「フィル、わかってていってるよね。フォーチュネット家のご当主は、ログトの父さんだよ。僕はせいぜいこの屋敷の当主だ」
「ではアーダディス家のご当主、アーダディス騎士王国の国王陛下ということで」
「からかう相手がいないからフィルは
「
フィルフィナは微笑んだ。
「からかうならお嬢様に
「……ニコル様、十七歳のお誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう、フィル。これ、リルルへの贈り物……こんなものしか思いつかなかったんだ」
「まあ、リロットのドレスの色の薔薇ですね」
ニコルから渡された薔薇の花束を胸に抱き、フィルフィナはその花の香りを小さく
「リルルも十七歳の誕生日だからね。お祝いをしてあげないと」
「そうですね……」
二人は奥の扉の向こう、寝室にいる一人の少女の存在を想った。
「……本当にねぼすけのお嬢様です。ご自分の誕生日だというのに起きて来られず……。ああ、ニコル様、ゆっくりしていけるのですか?」
「昼にはゴーダムの父上に
「それはそれは、ニコル様はご
「僕なんかオマケだよ。ゴーダムの父上とコナス様はすごい政治家だ。僕も
「お出かけはお昼、ですか……」
フィルフィナは考えた。ニコルの立場であれば、今、なにをしたいであろうかと。
ニコルが見せるいつもの微笑みの中に、
「では、少しなら余裕がありますね……。フィルは、このお花を
「あ、う、うん」
「それでは、お嬢様のお顔をご覧になってあげてください――ごゆっくり」
「……ニコル様に伝わったでしょうか。ニコル様はお
「どうしてこう思い
◇ ◇ ◇
床の一面、無数の
立ったまま数秒立ち
不思議な緊張に襟についている三枚の
主君の部屋に入るような
「――リルル、お
扉のノブを握り、回す。
向こうにある寝台を
友人知人たちの姿をしたぬいぐるみたちの視線を受けながら、ニコルは
「リルル……」
衝立の裏に回る。
「――リルル、十七歳の誕生日、おめでとう」
リルルの姿をした眠れる女神――いや、眠れる女神そのもののリルルが、寝台の上で寝息を立てていた。
この二ヶ月の間、一度たりとも、一瞬たりとも目覚めなかったリルルは今も、この部屋に運ばれてきた時と変わらぬ表情で眠り続けている。
眠りで世界を支えようとするリルル、彼女の夢そのものがこの世界なのだという理屈はわかるが、それを実感とすることは少年にはできなかった。
本当は、自分こそが夢を見ているのではないかとニコルは
そこでは自分はただの騎士見習いで、リルルは快傑令嬢リロットという日常に戻れる。
「平和な日々だったね……
ニコルは、笑った。
メージェ島に初めて向かう直前まで、自分は
伯爵令嬢のリルルを妻に
この腕の中にその体を
「それが……ははは……リルルが快傑令嬢リロットだったなんて……。僕はすごく間抜けたことをやってたんだ。……リロットを
「でも、楽しかった……。毎日が夢中で、振り返る余裕すらなくて、永遠に続くような時間のはずなのに、振り返ってみたら一瞬とも思える時間……そして、島から帰ってきてからの、
リルルが王城に連れて行かれ、自分はメージェ島の領主としての
リルルと
そこから
「これの全てが、わずか一年の間に起こった。僕が一年前、王都に帰ってきたから……ううん、王都に帰る前から全ては始まっていたんだ」
昨日までの十六歳という、たったの一年間。その中で自分はどれだけの体験をしたのだろうか。その前の十五年間の全てを
「リルル……僕たちの十六歳は、本当にすごかったよ。僕はこの一年間を忘れない。色んな人と出会い、色んな人を失い、そしてまた、取り戻すことができた……。奇跡のような一年間……リルル、君と共に過ごした、過ごすことのできた一年間を、僕は決して忘れたりしないよ……」
「――――」
語りかけられるリルルは、なにも
ニコルはリルルの
「その十六歳も、昨日で終わった。僕たちは一緒に十七歳になった……。リルル、改めて、十七歳の誕生日、おめでとう。
そして、リルル。
僕は、君に伝えたいことがあるんだ。
そのままでいいから、ちゃんと聞いてほしい。――いいね……」
ニコルは振り返り、カーテンが開け放たれた窓に歩み寄り、それを外に開いた。
春の
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